未開惑星の一日

船の修理と周囲の探索

 カイトの言葉に、エモーションは仕方ないとばかりに肩を竦めた。おそらくカイトが何を言い出すか予想していたのだろう。相棒の頼もしさに感謝するが、エモーションはそこまで甘くなかった。


「ではキャプテン。そこの二人を連れて、カルロス氏の救助に向かってください」

「えっ」

「修理には少々時間を必要とします。作業中の私と一緒にいても退屈なだけですし、人材を無駄に遊ばせることになります」


 それはそうかもしれないが。

 だが、この未開惑星にはまだどんな脅威があるのか分からない。カイトには自分の身を守る術はあるが、二人を護り切れるかと言われると少々自信がない。先程の言葉を信じるならば、二人の命にはまだバックアップがないのだ。

 カイトの不安と同じものを感じたのだろう、ジョージが慌てて口を開く。


「待ってくれ。俺は構わないが、ガール……リズをここに残しておきたい」

「何故です?」

「俺には武器……サイオニックランチャーがある。だが、リズには身を守る武器がひとつもない。危険がある可能性を考えれば、一緒に連れていくのは避けたい」

「旦那……」


 エモーションは答えない。じっとジョージを見るだけだ。

 機械知性が静かに見つめると、結構な威圧感だ。それでも反論を止めないあたり、ジョージは本心からリズを心配しているのだと分かる。


「そ、それにだ。リズには整備の腕もある。きっとあんたの作業に役立てると思うんだ……が」

「……いいでしょう。私もちょっと無茶なことを言いました。ミズ・タルミラ。ここでトータス號の修理を手伝ってください」

「わ、分かったッス」


 リズが不安そうな顔で頷く。危険な場所にいるという自覚が出てきたというよりも、単にエモーションと二人きりなのが嫌なのだろう。

 ジョージをここに残す選択肢は、残念ながらなさそうだ。仕方ないと諦めて、話を次に進めることにする。


「エモーション。船はそのままにしておく。何かあったら無理をせずミズ・タルミラと一緒に離脱するんだ」

「分かりました。キャプテン、修理には船の予備資材を使いますが」

「もちろん構わないよ」

「お気をつけて」

「そっちもね」


 エモーションはそのまま、こちらのことは気にする様子もなくトータス號に向かう。背中がさっさと行けと言っている。そこにカイトを心配するそぶりは一切ない。

 この程度ではどうということもないだろう、という無言の信頼だと分かっているカイトは、苦笑交じりにジョージを促してこの場を離れるのだった。


***


 カイトがいなくなった後。エモーションはトータス號に触れながらリズに声をかけた。


「ミズ・タルミラ。この船……トータス號ですが」

「は、はいっ!」

「非常に丁寧にメンテナンスされていますね。改造コンセプトも良い。良い仕事をしていると評価します」

「あっ、ありがとうございます」


 褒められるとは思わなかったのだろう、驚いた様子で答えてくる。

 エモーションは、自身があまり他者とのコミュニケーションは得意ではないのだとようやく理解した。これまではカイトを挟んでいたからその問題が出てきていなかったのだと。


(私も思ったよりキャプテンに依存していたのですね)


 ここにいないカイトに知らず感謝の念を抱く。今後も、絶対に本人に対して口には出さないだろうけれど。言ってしまえばきっと図に乗るのだから。


「あなたのキャプテンも、随分と無軌道なようですね」

「え、ええ。……エモーションさんのところもですか?」

「浪漫が優先、などといつも言っています。こちらが心配していることなど、全く気にしていない顔で」

「分かります! いつもはそんな態度の癖に、時々こっちがドキっとするようなことを言うんですから。俺が無茶できるのはお前のおかげだよって。毎回そういうのにコロッと騙されちゃうアタシもダメなんですけどね。でもなあ」

「憎めない、んですよね」

「はい!」


 カイトとジョージは芯の部分でよく似ているのだ、とエモーションは思った。カイトが二人を気にかけたのも、どこかそういう印象を持ったからなのだろう。

 甘いと思うが、その甘さもまたカイトらしさでもある。

 総体としての地球人は信じていないくせに、個人に対しては甘い。そんな矛盾もまた、カイトという地球人らしさなのかもしれない。


「さて、修理のプランですが」

「あ、はい!」

「連邦規格の資材を使いますので、おそらくブースターの性能は両方で同一とはなりません」

「ど、どうしましょう」

「ブースターを二つとも交換します。よろしいですか」


 エモーションの提案に驚いたのはリズだ。

 ひとつならまだしも、ふたつとなっては弁償出来ないと思ったのだろうか。


「あ、アタシは構いませんけど。いいんですか、使う資材だってタダじゃないのに」

「いえ。連邦ではこの程度の資材は無償で手に入ります。ですのでそれは問題ではないのですが」

「が?」

「未開惑星には文明的なものを置いて行けません。このブースターの処遇が問題となります」

「そうですか、それではどうしたら」


 エモーションは少しだけ考え、カイトだったらどうするのかという考えを基準にして提案を口にするのだった。


***


「キャプテン・タイト。あんた、いいのかい? あんな冷淡な相棒で」


 憤懣やるかたなし、といった様子で口を開くジョージに、カイトは苦笑交じりに頷く。


「もちろん。エモーション以上に僕と上手くやれるパートナーはいないさ。君とミズ・タルミラのようにね」

「そ、そうかい?」


 満更でもなさそうだ。

 時間があれば二人の馴れ初めを聞いてみても良いかもしれない。そんな事を考えながら、色彩に違和感を感じる森の中を駆ける。

 もう一隻が墜落したであろう位置は、あらかじめチェックしてある。生物、とりわけこの星に発生した知性体と出会わないように注意を払わなくてはならない。ジョージには事情を伝えはしたが、問題はカルロスたちの方だ。

 カイトが先にジョージたちを押さえておきたいと思ったのは、彼らの方が惑星に悪影響を与えると思っていたからだ。追う側と追われる側という先入観があったとはいえ、これは極めて失礼な思考だったと反省している。

 カルロスと船のクルーは犯罪商社に所属していた側ということになる。未開惑星への干渉も躊躇はないだろうし、最悪のケースも考えておくべきだろう。


「聞いておきたいことがある」

「なんだ?」

「君の知っているタールマケという人物は、連邦と争ってでも地球人を狙おうと思うだろうか」

「いや、そこまでの胆力はないはずだ。ただ……」

「ただ?」

「カルロスを迎えに来るという体で、船団を差し向けてきても驚きはしないよ。上手い言い訳さえ思いついたらやるだろうな。そういう奴だ」


 ジョージの答えは、まさしくカイトが聞きたいことだった。満点の回答だと言えるだろう。なるほど、タールマケというのは余程地球人を食べてみたくて仕方ないらしい。

 となると、このミッションには時間制限があると見るべきだ。

 連邦は、もしもタールマケの船団がトラルタン4に入ろうとしたら間違いなく止める。だが、カルロスを迎えに来たから軌道上で待つと言われれば、手を出すことは出来ない。ここは連邦の勢力圏ではないからだ。

 そして、最低限のスタッフだけをこの星に送り込んでくるはず。カルロスたちと接触する前にスタッフがカルロスを連れて行ってしまえば、少なくともすぐに打てる手はなくなってしまう。


「ちょっと急がないといけないね」


 一番の問題は、カルロスたちが船の墜落地点から動いてしまっていた場合だ。追いかける手段が存在しない。


「いざとなったら頼ってくれ。サイオニックランチャーは船でも撃ち抜ける」

「そんなものを使わなくていい展開が理想だよ」


 ジョージの血の気の多い発言に、カイトは溜息をもって答えるのだった。

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