コスプレイヤー『キャプテン・タイト』爆誕

 どうしよう。

 正直なところ、カイトが最初に思ったのはこれだった。

 訂正するか、それとも勘違いさせたままで行くか。そんなことを少しばかり悩んだところで、どうせ男の方は信じないだろうなと思い至る。

 心の中で大きく溜息をついてから、にやりと笑ってみせた。


「分かるかい?」

「分かるさ。そのスーツの意匠、独特だものな」


 カイトが普段着にしているスーツは、追放刑の際に着せられていた囚人服のデザインを元に中央星団で誂えられた特注品だ。囚人服をどういう感性でアレンジしたらこれほどスタイリッシュになるのかはカイトには分からないが、ともあれお気に入りの一品ではある。

 実際、カイトの活躍が広まるにつれて連邦内では同系統のデザインが人気になっているとかいないとか。


「独特かぁ……」

「厳密には連邦の外じゃ着る人がいないって話ッス。不用意にキャプテン・カイトの服装を真似たりしたら、考え無しの連中に襲われるッスよ」

「それは怖いね」


 連邦の外では広まっていない理由に、ちょっとだけ心を癒やされたカイトだ。

 ともあれ、カイトだと思われない以上、名乗りは変えておくべきだろう。


「僕はタイト。タイト・クラークだ」

「俺はジョージ。よろしく頼むよ、キャプテン・タイト」

「ああ」


 握手などどれくらいぶりだろうか。差し出された手を掴むと、思った以上の力で握り返された。


「珍しい。旦那がバイパーじゃなくて本名を名乗るなんて」

「キャプテン・タイトがギャラクシィ・バイパーを知っている以上、その名を名乗っても恥ずかしいだろ?」

「普段から恥ずかしがって欲しいッス……」


 よく分からないが、ジョージの言葉に少女が肩を落とす。


「アタシはリズ・タルミラ。旦那にはガールって呼ばれるので混乱しないで欲しいッス」

「分かったよ、ミズ・タルミラ。よろしくね」


 同じように握手を交わしたところで、リズがエモーションに視線を向ける。


「それで、そちらのお姉さんは……?」

「はい、初めまして。私はエモーションといいます」

「エモーションさん? よろしくッス」

「ええ、ミズ・タルミラ。よろしくお願いします」


 ひとしきり自己紹介が終わったところで、カイトは彼らが追われていた事情を聞くことにした。この二人には、あれほど執拗に追いかけられるほどの理由があるようには見えない。


「それで、君達が追われていたのはどういう事情で?」

「食材ッスよ」

「食材?」


 何か希少な食材でも積んでいたのだろうか。まじまじと船の方を見るが、ジョージが静かに首を振った。


「違う違う。食材を積んでるわけじゃないんだ」

「え」

「地球人を食材にしようってやつに追われてるんだよ、俺たち」


***


 事情を聞いたカイトは、何とも言えない表情になるのを自覚した。

 ディーヴィン人が開いていたマーケットで、地球人を食材として購入した者は決して多くはなかった。だが、少ないとはいえ存在したのだ。連邦とカイトは、それこそ全速力でそういった連中を撃破して地球人を救助したものだが、それが逆にそういった美食家気取りの熱意に火を点けてしまったようだ。

 犯罪商社タールマケという名に覚えはない。タールマケという代表の名前も同じく聞き覚えはなかった。エモーションに視線を向けると、首を横に振る動き。どうやらディーヴィンのマーケットで地球人を買った顧客にはいなかったらしい。


「だけど、おかしいな。君達を追いかけていた船にも地球人の反応があったはず。そこの地球人はタールマケ側なんだろう?」

「カルロスのことか。あいつもタールマケに買われた地球人なんだろうさ。俺は逃げられたけど、あいつは無理だった。そして、俺たちを連れて帰れなければあいつ自身が食材にされちまうって話なんだよ」

「それは……」


 船体破損で墜落した方の地球人も、同じ立場だったのか。それは捕獲ネットを切り離さないわけだ。食われてしまうくらいなら、生き残る可能性に賭けても不思議ではない。


「食われて死ぬより、大気圏で燃え尽きて死ぬ方が良いと思ったのかな?」

「もっと悪いよ。あんた、連邦にいるってことは蘇生施設は知っているよな」

「もちろん」

「タールマケは個人で蘇生施設を確保している。あいつは希少生物を永く食えるようにって理由で蘇生施設を完備してるんだ」

「何だって!?」


 連邦の外では蘇生技術は一般的ではないと聞いている。

 それなのに蘇生施設を複数所有している。タールマケという組織は思った以上に規模が大きいのかもしれない。


「俺たちと違って、カルロスは蘇生先も押さえられてる。つまり、死んじまったが最後、タールマケの拠点に逆戻りだよ。そうしたら最後、タールマケの気が済むまでランチかディナーにされ続けることになる」

「そりゃ、最悪だね」


 聞いているだけで胸が悪くなる話だ。

 カルロス氏にはまだ出会っていないが、出来れば連邦に救助しておきたい。宇宙人の食材にされるという未来は、あまりに哀れだ。


「君達は、蘇生施設に登録されていないのかい」

「俺たちが所属していたところにはなかったよ。要するに、死んだら終わりってことだな」

「そうか。ではエモーションと一緒にこの星を脱出するんだ。人工天体トラルタンに行けば、連邦までの無事は保証するよ」


 その言葉に、ジョージとリズは顔を見合わせた。


「あんたは?」

「僕はそのカルロス氏を救助しないといけないからね。あっちの船は間違いなく大破してる。身体改造をしている以上、本人も生きてはいるだろうから」

「そうか。それに協力することは可能か?」


 ジョージの問いに、カイトは首を横に振った。


「危険すぎる。君達は蘇生のための身体情報のバックアップを取っていないんだろ? 何かあったら死ぬんだぜ。ただでさえこの星は未開地なんだ、気持ちだけ受け取っておくよ」

「そうか。……なら、俺たちのことは気にしなくていい。はやくカルロスを迎えに行ってやってくれ」


 自分の実力不足を理解しているのだろう。見た目はアレだが、根は善良なのだと思う。自分たちを身代わりにしようというカルロスを見捨てられないところもまた。


「俺たちはトータス號……この船で星を出るさ。人工天体ってのは近いんだろ? あんた達が二手に分かれる必要はないはずだ」

「残念ですが、それはできません」


 口を挟んできたのはエモーションだ。

 いつも通りの冷静な口調で、ジョージの考えを却下する。


「ジャナティレラ社のその船……トータス號でしたか。その船の出力では、この星の重力圏を突破することは出来ないでしょう」

「そ、そんなことないはずッス! 推進力を上げるためにブースターを外付けしてるんスよ!?」

「片方のブースターが墜落の衝撃で破損しています。どうしてもと仰るなら試してみても良いかと思います」


 その船なら墜落しても命の危険はないでしょうから、とあくまで冷静に告げるエモーションに、ジョージとリズが頭をかかえた。


「勘弁してくれ。それじゃアレか? トータス號はこのままこの星に置いていけっていうのかよ!?」

「そうなる……かなあ?」

「いえ。連邦の救助隊が優先するのは人命だけです。トータス號は未開惑星の文明レベルを逸脱しておりますし、故障もしています。わざわざ星の外へ運び出すより、完全に破壊するのではないかと」

「破壊!?」


 エモーションの答えに、ジョージが顔を両手で覆った。

 連邦の救助隊なら、確かにエモーションの言った通りにするだろう。何しろ資源の問題を完全に解決している。船への愛着とかそういったものとは無縁なのだ。

 おそらく破壊したあと、それよりも高性能な船を提供するから心配するなと言うだろう。その辺りは仕方ない。文化が違うのだ。


「それは困る、困るぞキャプテン・タイト! トータス號は俺たちにとって特別な船なんだ。破壊されるのは嫌だ」

「旦那……でも」

「この船はガールの……リズの設計で改造したんだ。俺たちが死ぬ思いで稼いできた金を、少しずつ費やしてどうにか使い物にしたんだ。壊さないで欲しい」


 ギャラクシィ・バイパーのこだわりとして言われたのだったら、どうにかして諦めさせたところだ。

 だが、パートナーへの想いから来た言葉なのであれば、カイトはそれを無碍にするのは憚られた。


「エモーション。その船、修理は可能かい?」


 自分も大概人がいいな。カイトは苦笑まじりにエモーションに問いかけるのだった。

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