初めて降りる未開惑星
トラルタン4の大気圏に突入したカイトは、クインビーが見えにくくなるように超能力で隠蔽をかけた。大型ウナギをも騙しとおした隠蔽だ、余程特異な要素でもない限り、発見されることはないだろう。
墜落、あるいは着陸した二隻の行方を追うに当たり、カイトが気にしたのはどちらを優先すべきか、という点だった。
「エモーション、どっちを優先すべきだと思う?」
『追われていた方を優先すべきだと思います』
「その心は」
『ジャナティレラ社のあの船、乗員の保護にはかなり高い評価を受けています。間違いなく無事ですから、あちこち動き回られる前に確保しておくべきかと』
「そうだね。もう片方については……」
『改造を受けている以上、船が燃え尽きていなければ命は無事でしょう。多少の怪我はあるかもしれませんから、急ぐ必要はあると思いますが』
エモーションの言葉に頷く。カイトとしては、追いかけていた側を早めに救助すべきではないかという思いはある。だが、彼らの安否だけでなく、この星の文化への影響という問題が存在するのだ。
動き回る可能性がある方を先に確保しておくべき。エモーションの提案には理があった。カイトの感情論には、自分が感じた印象しかない。この星に降りたのは、どちらも地球人なのだ。
「オウケイ。それじゃ、先に追われていた方の確保といこう」
カイトの視界に、エモーションが割り出した計算の様子が差し込まれる。
『ここからですと、東の方向に墜落するコースだったはずです。穏当な着陸が出来たとは思えませんので、何かしら痕跡が見えるかと』
「了解」
つくづく頼りになる相棒だ。カイトはクインビーを東に旋回させた。
***
トラルタン4の環境は、資料で見た古い地球の様子と似ていた。違いといえば、植物の色彩が赤を主としていることや、木の幹が緑色をしていることくらいか。厳密な組成などは違うのだろうが、何だか。
「不思議なものだね。遠く違う場所なのに、地球を思い出すよ」
『そうですか。残念ですが大気の構成は随分違います。改造されていなければ五分と保ちませんよ』
「そりゃ確かに残念な話だ」
似ているのは見た目だけ。心に覚える郷愁も、単なる思い込みに過ぎない。いや、自分はそもそも自ら地球を棄てたのだ。郷愁など覚える資格もないか。
自嘲気味に軽く唇を歪めて、カイトは視線を先に向ける。
「あれかな。木がなぎ倒されてる」
『そうですね。痕跡の直線上に船の反応が』
反応があるということは、墜落はしたがやはり船そのものは無事だったらしい。エモーションの言う通り、随分と強靭だ。
船の直上までクインビーを移動させて、下を見る。
「生物の様子は?」
『地球人が二名、船の周囲に。間違いなく船のクルーでしょうね。墜落で逃げ去ったようで、それ以外に生体反応はありません』
「それはいい情報だ。さて、接触しようか。クインビーはここに固定で」
『分かりました。降下はどのように?』
「僕はそのまま降りるよ。エモーションはどうする?」
『そうですね。球体モードで移動して、地上でボディを構築します』
「じゃ、それで」
言うや否や、カイトはクインビーから空中に身を躍らせた。とはいえ自由落下する趣味はないので、超能力で姿勢を制御してゆっくりと降りる。
地上が近づくにつれ、二人の様子が見えてくる。どうやら周辺を警戒しているようで、互いに船に背を預けて視線をあちこちに向けていた。
特に驚かせようという意図はないが、カイトはこの状態だとどうやって声をかけても驚くだろうなと覚悟する。
「こんにちは」
「!?」
反応は劇的だった。
大柄な男の方が、こちらに視線と同時に銃口を向けてくる。右の手首に装着されているその形状に、カイトは奇妙な既視感を覚えた。
「おっと、物騒なものは下ろして欲しい。僕は多分怪しく見えると思うけど、あなた方の敵じゃあないよ」
両手を挙げて、地上に着地。男は油断なく銃口をこちらに向けたまま、じっとこちらを見てくる。その風貌にも、どことなく既視感。何だろう、出会ったのは初めてのはずなのに、どこかで見た覚えがある。
「あ、あんたは誰ッスか」
「あなた方と同じ、地球人」
「はぁ!?」
同じく警戒をあらわにした少女が、素っ頓狂な声を上げる。
船を背にしたまますっと男の方に駆け寄るのは、彼を信用している証拠だろう。
既視感の正体を頭の中で必死に検索しつつ、相手の警戒を解くべく話を展開していく。
「こ、ここは未開惑星ッスよね!? なんで地球人がいるんスか!」
「そうだね、ここは未開惑星だ。同時に、連邦の観察対象でもある。あなた方がこの星……トラルタン4に墜落したのが確認されたので、救助に来たわけだ」
「連邦!? この辺りの宙域はまだ連邦じゃないはずッスよ!」
「連邦の勢力圏にはないけど、空白地帯ってやつだね」
人工惑星の近くを通ったのだから、連邦の勢力下にいるのは知っていてもおかしくない。とぼけているのは、警戒からか騙すつもりからか。
どうしたものか。何をどう説明しても警戒が解ける気がしない。
考えてみれば、ここは連邦じゃないのだ。連邦から来たと言われても戸惑うのも道理である。
と、背後でエモーションがボディを構成する気配。男と少女が驚くのが見えた。
「キャプテン。どうされましたか」
「ちょっと信用出来ないみたい。もしかすると僕が地球人であることも疑われている感じかな、これ」
「はあ」
エモーションが二人を見て、生返事を返す。珍しいことだ。
表情には出さず訝しむカイトを置いて、少女が噛みつくように騒ぎ立てる。
「そ、そうッスよ! こんなところで偶然、連邦所属の地球人が来るなんて! 信じるわけないじゃないッスか!」
「悪いね兄さん、俺も同意見。このまま帰るか、そうじゃないなら地球人だっていう証拠を見せてくれないか」
証拠。証拠と言われても。
ただ名乗るだけでは、たぶん信じないだろうなという確信がある。とはいえ、カイトには自分が地球人だと証明できる物証のたぐいも持ち合わせていない。強いていうなら地球から愛用している端末くらいだが、その程度では信じてもらえないだろう。
困っていると、斜め後ろにいたエモーションがどことなく平坦な口調で耳打ちしてくる。
「キャプテン。あの男性の格好を言い当てれば信用してもらえるのではないですか」
「格好? 確かにどこかで見たことあるような気はするけど……」
「そうでしょうね。端末に映像データとコミックとして保存されていますよ。地球でいう古典SFですから、知っている人間は少ないでしょう」
そう言われて、脳細胞が一気に活性化する感覚を覚える。
そうだ、そういえば見た記憶がある。読んだ記憶も。アニメーションやコミックのあれをリアルに投影すると、なるほどこうなるのか。
「ああ、思い出した! ギャラクシィ・バイパーシリーズ! 右手はサイオニックランチャーだっけ、構えているシーンに見覚えがあるよ」
「!」
二人が目を見開く。
少女はとんでもないものを見るような、男の方は同好の士を見るような目で。
「知っているのか、西暦年間の古典だぞ」
「僕の専攻は古典SFの研究でね。随分と読み漁ったもんさ」
「そうかそうか! 良かった、ガール! こいつは間違いなく地球人だ!」
「……そうでしょうね。まさかアレを知っている地球人が旦那とアタシ以外にまだ残っていたなんて」
驚きと感動と呆れのベクトルがそれぞれ違う。
男は驚きと感動、少女は驚きと呆れ。少女の様子は、何となくエモーションの態度にも通じるような。
「まさかキャプテンの趣味が再び役に立つなんて……」
やっぱり。
ともあれ、警戒は一気に薄れたようだ。お互いに自己紹介もまだなので、先に名乗ろうと口を開く。
「済まない、自己紹介がまだだったね。僕は――」
「ああ、分かるさ。お前さんのそれ、キャプテン・カイトだろう? さすがに地球人を救った英雄だ、もう
男の言葉に、カイトは自分の頬が盛大に引きつるのを自覚した。
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