日頃の行いは良くも悪くも
取り敢えず人工天体のトラルタンに戻ったカイトは、まず代表に詫びを入れた。
「すみません代表。まさか惑星に逃げ込むとは」
「ええ、こちらでも確認していました。時々こういった事故は起こりますので、カイト
「そうですか。そう言ってもらえると助かります」
かつてゾドギアで交流したィエルケと同じく球体型の種族である彼は、名をァムラジオルといった。
滞在中の地球人たちも、最初は随分と驚いたようだ。どうやら連邦は、他の組織と比べても種族のバリエーションが豊富であるらしい。
ァムラジオルからの言葉を信じるならば、こういった事例は時々発生していることになる。考えてみれば当然のことで、未開惑星への接触を禁じているのはあくまで連邦法によるもの。連邦以外に所属する者が、未開惑星に降下するのを止めることは出来ない。
「となると、あとは早期の回収ですか」
「そうなります。まずは議会に報告を上げてからとなりますが」
それでも、降下してしまった者を放置するわけにはいかない。連邦が観察している未開惑星なのだ。ここで無法を許してしまえば、連邦の弱腰と思われる恐れがある。カイトも事情は分かったので、頷いて引くことにした。二隻を惑星に降下させてしまったのは、自分が逡巡したのが遠因であることを自覚しているからだ。
ともあれ、後を追ってすぐに降下しなくて良かった。回収班に同行する形であればあまり強権を使うこともないだろう。
「分かりました。それでは僕も回収に同行できるように議会に要望を出しますね」
「それは……そうですね。カイト三位市民が同行された方が安全でしょうか」
「安全?」
「ええ。我々がトラルタン4を観察している限り、一部地域で原始文明が発生しているのが確認出来ています」
「ほう」
原始文明。
カイトが思い浮かべたのは、地球人類の歴史の最初期だ。河川を中心に各地で発達した、いくつかの文明。
「彼らの文明は現状では極めて不合理で危険です。多くの文明が発生初期にそういった文化を発生させるので、必要なことだと理解はしていますが……」
「不合理で危険……。要するに、自然を神格化して生贄を捧げようとか、そういう感じです?」
「その通りです。よくお分かりですね!」
「地球でも通った道ですからね」
ある意味で最近まで。
カルト宗教なぞが時折やらかしたというニュースは、施された教育の関係で目にする機会も多かった。カルト宗教の生贄と、原始文明の生贄とでは意味合いが随分違うだろうが。
ともあれ、空から降ってきたマレビトなど、原始文明の幼い文化にしてみれば大好物に違いない。
「急ぎましょう。早いうちに救助しないと」
心臓を抉られて祭壇に捧げられました、なんてことになったら大ごとだ。
改造された内容によっては、その心臓まで持ち帰らなくてはならない。
それが更なる神格化を呼んでしまうだろうことも含めて。
***
『なるほど。カイト三位市民、君のトラルタン4への降下を認める』
「ありがとうございます」
『ただし、回収班とは別行動を取ること。アースリングの救助に集中して欲しい』
「僕としてはそちらの方が助かりますが……良いんですか?」
回収班に同行してでもトラルタン4に降下したいというカイトの願いは、思ったよりも気軽に叶えられた。ただし、望んでいたのとは別の形で。
『カイト三位市民は船舶回収の専門ではないだろう? 言い方は悪いが、先進文明の残滓はひとつたりとも残すべきではない。どんな手段を使っても、ね』
「……天変地異、ですか」
『それも選択肢のひとつではある』
文明を破壊する、あるいは接触した者たちを根こそぎ排除する。その際に最も利用しやすいのが天変地異だ。自然に畏怖を抱いているならば特に効果的だし、違和感もないだろう。生き残りが奇妙な言い伝えを残す恐れもない。
総体としての未開種族に不要な知識を与えてしまうくらいであれば、天変地異という形で全て抹消するという考え。最悪、回収は汚れ仕事になる可能性もあるということだ。
地上に降下した地球人が引き起こすかもしれない、大災害。自分のミスによって起きるかもしれない惨事を思い、カイトは知らず下唇を噛んだ。
「分かりました。早急に地球人を救助し、彼らの船を回収。あるいは破壊する必要があるということですね」
『その通りだ。出来れば我々も関係者の記憶操作程度で済ませたいと願っているよ』
つまり、不用意に相手の知性を育ててしまうような接触をさせてはならないということだ。地球人に接触し、文明を下賜したかつてのディーヴィン人のような。
かつてそれによって滅びかけた
「それでは僕は回収班に先行することにします。お手間をかけて申し訳なく」
『そうしてくれ。……カイト三位市民』
「はい?」
『あまり気にしないことだ。よくあるとまでは言わないが、比較的見かける種類の事故だ。我々も対処には慣れている』
それは気遣いか、本心か。まだ連邦での日々が短いカイトには分からないが、気遣いだと思っておくことにする。
軽く頭を下げると、通信が切れた。
さて、上手くやらなくてはならない。地球人ではなく、トラルタン4に住む無関係の知性体たちのために。
地球人に対しては、カイトの心は冷ややかだ。今後は未開惑星に降り立つなんて馬鹿な真似を断じてしないように、きっちりと釘を刺しておく必要がある。
***
クインビーに乗った直後、エモーションが声をかけてくる。
『キャプテン。保護した地球人の皆さんのことですが』
「うん。どうかしたかい」
『キャプテンが議会と会議をしている間に、連邦の船に乗って四名がトラルタンを出発しました。全員が連邦への移住を希望しているようです。違法性の高い業務に従事していた一名は、連邦への移住を拒否しました。トラルタンで用意された船で元の組織に送り届けるとのことです』
「そう。それが自分たちの思い通りの選択なら、それでいいんじゃないかな」
『はい』
連邦への所属を希望しなかったと聞いて、カイトの心には安堵に似た痛みが生じた。彼は、もしもカイトが早くに救助していれば心置きなく連邦に移住しただろうかと思ったからだ。
犯罪に手を染めていたことは、他の四人からきっと連邦内に広がっただろう。たとえそれが本意からのものでなかったとしても、決して連邦での生活が心安らかなものにはならなかったはずだ。本人もそう思ったから元の場所に戻ることを選んだのではないか。いや、単純に悪徳に染まった生活の方が気楽なのかもしれない。
その本心は、カイトには分からない。テラポラパネシオのように心を読めば分かることかもしれないが、そういう力の使い方はカイトの中にはない。
「行こうか」
『はい』
だからカイトは五人のことはそれ以上聞かなかった。それぞれが、それぞれの居場所で生きれば良いからだ。連邦流で言えば、彼らの自由な選択を尊重するということだ。
もちろん、それが他者の自由を踏みにじらない範囲で。
クインビーに力を通す。浮き上がった船が、トラルタンを飛び出した。
トラルタン4に降下するから、外には出ない。ゆったりと座席に背中を預けて、カイトはしかし小さな声で呟いた。
「戦うことにならないといいんだけどね」
『そうですね』
彼は自分の道を選んだ。ならばもう、次に同じことをしていたならば敵だ。
願わくば今回のことで懲りて、同じ地球人を食い物にするようなことをしないで欲しい。カイトはトラルタン4の美しい姿を眺めながら、そう思った。
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