惑星トラルタン4
カイトがその人工天体に立ち寄ったのは、単純に偶然だった。
恒星系トラルタンの近くで、地球人を保護したからだ。保護船団が来るまでの間を、カーゴシップで待たせるよりも良いのではないかというエモーションの進言を受け入れて立ち寄ることにした。それだけのことだったのだ。
「この辺りは連邦の勢力圏外だと思ったけど……」
「ええ、その通りですカイト
「なるほど、恒星系トラルタンという呼び名も?」
「はい。この辺りは連邦の勢力圏に比較的近いためか、特に支配している組織もありませんでしたので」
連邦との軋轢を避けるためか、連邦の勢力圏の外周部は空白地帯になっていることも多いという。この辺りはそういった中のひとつということだろう。
ともあれ、この恒星系トラルタン。連邦の勢力範囲外なので、保護した地球人への迎えは少々かかりそうとのこと。
仕方ないので、しばらく人工天体トラルタンにしばらく滞在することに決めた。有難かったのは、地球人と見た目のよく似たスタッフがいたことだ。保護した地球の五人は、どこで何を聞いたものか、カイトに随分と怯えを見せた。やむなく対応をそのスタッフたちに任せ、カイトは用意された自室で退屈を囲っている。
「キャプテン。五人からの聞き取りの結果です」
「……なるほど。残った地球人だって善人ばかりじゃないよね」
五人のうち四人。怯えていたのはカイトに対してだけではなかったようだ。
スタッフがそれぞれに聞いた調書によると、カイトが保護した五人のうち一人が非合法な組織の一員になっていたらしい。残りの四人はその組織が拉致した被害者で、元の場所では比較的穏当な扱いを受けていたという。
非合法な組織の一員であるその一人は、随分と口から出まかせを並べ立てたようだ。他の四人が同じことをしゃべっているのに、一人だけ違うから随分と目立ったのだとか。
他の四人は救助されたことはカイトに感謝しているものの、もう一人まで救助したことで不安がっているという。同じ地球人に騙されて拉致されたこともあって、カイトを信じきれないようだ。
彼らの処遇については連邦の判断に任せることになる。非合法な組織にいたからといって、一方的に連邦に受け入れないということはないと思うが、悪だくみをしないように監視は必要だろう。
と。エモーションがふいに変な方向に顔を向けた。
「どうしたんだい、エモーション?」
「付近で戦闘が発生しているようです。地球人の反応が」
「何だって!?」
モニターに外部の様子が映し出される。トラルタンの外部カメラだろう。三隻の船が一隻を追いかけている。
と、追いかけていた船の一隻が轟沈した。光線のたぐいだ。船を貫通したから、かなりの威力だと分かる。
「おかしいですね」
「何がだい?」
「ふたつあります。まず、追われているのはジャナティレラ社製の船です。あの船にはあれほどの威力の光学兵器を搭載出来るスペックはないはず」
「違法改造ってことかい?」
「あるいは見た目がジャナティレラというだけで、中身は別物か……」
追われている方は、かなりの腕だと分かる。背後からの攻撃を巧みに避けて、損傷しないように立ち回っているからだ。一方で、追いかけている方は速度自慢なのだろう、じわじわと距離を詰めているように見える。
「おっと、見ている場合じゃないな。追われている方が地球人ということなら助けないと」
「はい。ところでもうひとつの疑問なのですが」
「そうだったね。何だい?」
「追われている方、追っている方。双方から地球人の生体反応が検出されています」
「両方から!?」
***
トラルタンの代表に話を通して、クインビーを外に向かわせる。転移すれば早いのだろうが、何しろ追うの追われるのでジグザグに飛び回っている。安易に転移すると危険だ。
どうやらトラルタン側でも事態を把握していたようで、これ以上人工天体に近づいてくるようなら撃沈するつもりでいたという。
「すみません、ややこしい話にしてしまって」
『構いませんよ、カイト三位市民。しかし、アースリング同士の戦闘ですか。先程の件といい、アースリングも皆が清廉をいうわけではないようで』
「まあ、地球人なんて僕を含めて大したものじゃありませんよ。テラポラパネシオの皆さんと多少の縁があっただけです」
悪事に染まる地球人がいるだろうということは、カイト自身も覚悟していた現実ではある。連邦の外には公社のような高い志の組織もあれば、非合法な組織だって数多くある。当の連邦にしても、今のようになる前には随分と良くないこともしてきたと聞いている。
だが、カイトの言葉はあまり心に響かなかったようだ。
『カイト三位市民がそういうお人柄だからこそ、私たちはアースリングを素晴らしいと思っているのですがね?』
「それはどうも」
お世辞抜きの言葉だと分かるだけに、どんな表情をすれば良いのか困る。
トラルタンの港湾部から出たところで、船を探す。どうやら移動中にもう一隻も撃沈されたようで、動き回っているのは二隻だけだ。
「エモーション、追っている方の地球人は!?」
『はい、キャプテン。動いている船の中です』
「そうか……」
撃沈されなくて良かったと見るべきか、どちらに味方すべきか分からなくなったと嘆くべきか。
取り敢えず戦闘を止めようとしたところで、追っている方の船がネットを発射するのが見えた。
「捕獲ネット?」
『どうやら追っている方はあくまで捕獲が目的のようですね。追われている方は相手を撃墜していることから見ても、逃げ切るためには相手の生死には頓着していないかと』
「そのようだね。これはどちらに味方すべきかは決まったかな」
と、分析をしている間に事態が急変する。
『キャプテン、まずいです。追われていた方が、惑星トラルタン4に突入する軌道を採りました』
「惑星トラルタン4って……観察対象の!?」
『はい。このままだと双方ともに大気圏に突入します』
「追うよ、エモーション!」
『しかし』
未開惑星への、連邦からの接触は固く禁じられている。カイトの発言は、連邦法違反と取られてもおかしくないものだった。エモーションが躊躇するのも分かる。
だが、カイトにはカイトで譲れない理由があった。同時に、成算も。
「追っている方の船、あのまま大気圏に突入しても大丈夫だと思うかい」
『……無理ですね。あれでは途中で燃え尽きます』
「惑星には介入しないが、あの船が燃え尽きないように超能力で干渉する」
『グレーですね。法に触れるかはギリギリですよ?』
「死なせてしまうよりは良いさ」
墜落か、不時着か。
どちらにしても、生き延びられる可能性を用意してやることくらいはしてもバチは当たらないはずだ。
カイトはクインビーを急進させ、二隻の背後へとつける。
『捕獲ネットを外せば逃げ切れたはずですが、何故しなかったのでしょうね』
「冷静じゃないのかもしれない。取り敢えず、やるよ」
いつも通りに外に出ると、真っ赤に染まった後ろの船体へと手を向ける。
クインビーの外壁に張り付いていた鋼板が数枚、飛び出していく。
「
飛翔した働きバチが防壁を展開し、船体を保護する。
が、少しばかり遅かったようだ。
「駄目か?」
『いえ、摩擦で燃え尽きることはなくなりました。墜落はするかもしれませんが、改造されていれば命は拾えるでしょう』
「そっか。それなら良かった」
『はい。後の交渉は、キャプテンにお任せします』
「うん」
交渉。少しばかり憂鬱になって、カイトは小さく溜息をついた。
地上に降りてしまった彼らを救助するためには、これからトラルタン4への着陸許可を取らなくてはならないからだ。
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