追って追われて未開惑星

 この銀河において、もっとも大きな組織と目されている連邦でさえ、その勢力範囲は銀河の半分に満たない。

 その理由は連邦という組織の限界というより、あくまで連邦に所属する知性体の数が足りていないというものだ。時間をかければかけただけ、連邦の規模は広がり続け、いつかはこの銀河の全てをその版図に納めることも不可能ではない。

 だが、そのいつかはまだ遥か未来の話だ。

 今はまだ、連邦の手が届かない場所はたくさん残っている。そして、その間に文化を発達させた知性体も、また。


***


 鉄壁宇宙船トータス號は、極めて堅牢なジャナティレラ社製の宇宙船だ。

 旋回性能と船体強度は破格だが、代わりに鈍足で武装を設置できる余裕がほぼないのが難点だ。トータス號は武装を積むのではなく、速度を増すためのブースターを取り付けているので船自体の攻撃性能は皆無だ。武装を買えるだけの資金がなかったので、船による戦闘はかなり早くに諦めている。

 その代わりに、ここには船すら撃沈せしめる一撃を放てるクルーがいた。

 そう、(自称)ギャラクシィ・バイパーである。


「ああ、くそ。しつこいな」


 バイパーと相棒のガールは現在、追われている。

 犯罪商社タールマケ。バイパーが元居た組織から売り飛ばされた先の、悪徳商社である。

 商社代表タールマケの趣味は美食。いや、悪食か。かれは今回、銀河じゅうの噂になっているアースリングの味を確かめるべく、バイパーを買い取った形だ。

 元居た組織は食材としてバイパーを売ったわけではない、というのがガールの聞いた話だ。あくまで地球人を引き取りたい、という話に乗ってバイパーを売ったが、後になって食材扱いだったと聞いて慌ててガールの潜入を許可したのだとか。

 ただし、元の組織からは放逐されたという体裁になっている。二人にとって、戻る場所はもうない。


「仕方ないッスよ。悪食のタールマケが何度も失敗を許すとは思えないッスもの。必死なんス」


 追って来る船は三隻。そのうちの一隻には、地球人が乗っている。最初に投降を呼びかけてきた男はカルロスと名乗った。投降しないと言ったら、随分とエキセントリックな罵声を浴びせられた。半狂乱になって事情を喚いていたから、彼らが本気になる理由も分かる。


「俺たちを連れ帰れなければ、自分がタールマケのディナーにされる、だっけか。ぞっとしないね」

「しかも死んだら蘇生出来るから、タールマケの気分次第で何度でもお食事の材料ッス。アタシもそんなの絶対御免ッスよ」


 三隻のうち二隻は、要するにカルロスとトータス號の監視と捕獲役なのだ。

 カルロスに同情がないわけではないが、タールマケの食糧庫に繋がれるのはもっと嫌だ。


「……よし、充填完了だ。どれを狙う?」

「右のやつを頼むッス、旦那」

「了解!」


 トータス號には三ヶ所、出入り口となるハッチが存在する。そのうちのひとつ、天井部分を開けてバイパーは上半身だけを宇宙空間に晒す。

 当たり前だが宇宙空間での活動用のスーツを着て。トレードマークの青い服装が隠れてしまうのだけが難点だが、どうせそれほど長時間ではない。割り切って、右手に装着したサイオニックランチャーを構える。


「そこォ!」


 緑色の光線が、虚空を貫く。バイパーから見て右手に見えた船が、そのど真ん中を串刺しにされて動きを止めた。


「ふぃぃ」


 結果を確認することなく、滑るように中に戻る。

 精神力を光に変えて放つサイオニックランチャーは、バイパーの切り札ではあるが発射には精神力の摩耗を伴う。同時に、装着した右拳は反動で蒸発するので、連発が出来ないという難点もあるのだ。

 威力を抑えれば拳の蒸発は防げるが、今回はそんな余裕はない。


「悪いがガール、右手が治るまではしばらく撃てないぞ」

「はいはい、分かってるッスよ! ついでに気持ちもアゲといてくださいッス!」


 バイパーの体に施された身体改造は、複合型と呼ばれる術式だった。

 超能力を備え、肉体を強化し、再生と言って差し支えないほどの回復力を与える。夢のような改造ではあるが、当然その全てが実用的なレベルに到達する例は、極めて少ない。バイパーはその三つが、それなりに実用的なレベルで成功した稀有な例だった。

 組織がバイパーを手放したがらなかった最大の理由がこれだ。

 痛みはない。蒸発した右拳が、徐々に形を取り戻していく。


「ふう……。同郷のお仲間を撃つのは気が進まないが」

「なら一緒に逃げるんスか? アタシたちだって行く先もない根無し草ッスよ」

「そうなんだよなあ。とにかくタールマケの手が届かない場所に逃げるのが先決か」

「連邦のキャプテン・カイトが来てくれればいいんスけどね。色々あっと言う間に解決してくれそうッス」


 連邦以外に引き取られた地球人が耳にする、キャプテン・カイトという人物の噂は主にみっつ。

 ひとつは、恐ろしい戦力を持つ破壊の化身。ザニガリゥ大船団との壮絶な戦闘の記録は、裏社会に住む者を震え上がらせた。

 もうひとつは、アースリングだけを救い出す救世主。キャプテン・カイトに目をつけられることを恐れて地球人を放逐する組織も出てきているほどだ。

 最後のひとつは、母星を売って連邦に取り入った詐欺師。裏社会の者たちは、その噂を率先して広めようとしている。

 裏社会にいたバイパーとガールは、ふたつめの噂が真実なのだと知っている。

 だが、銀河に散らばってしまった地球人はそれなりに多い。そんなヒーローが自分たちを都合よく助けてくれるとは思っていない。


「ま、男たるもの。自分のピンチは自分で解決しないとな」

「旦那は男だから自力でやるんスね。アタシは女だから、キャプテン・カイトが来て助けてくれるのを祈ることにするッス」

「つれないねえ。……っと、よし」


 形を取り戻した右手を開閉する。精神力はまだ復調しきってはいないが、そうも言っていられない。段々と敵船が近づいてきている。


「振り切れないか、ガール」

「無理ッスね。じりじりと距離が詰まってるッス。連中、速さ重視のいい船を用意してるスよ」


 残りは二隻。監視役の一隻を沈めれば、カルロスと交渉が出来る道もあるだろうか。右拳にサイオニックランチャーを嵌めて、タラップに左手をかける。

 ハッチを開けたところで視界に入ったのは、黄色く輝く網が放たれて広がる様子だ。


「捕獲ネット!?」

「旦那、撃って!」

「こなくそぉーー!」


 精神力の回復は済んでいないが、右手を突き出す。先程よりも細い光線だが、薙ぎ払うことでネットを斬り裂き、その先にいる敵船までも真っ二つに。

 ずん、とバイパーは自分の心が落ち込むのを自覚した。まずい。

 カルロスへの交渉という単語が脳裏を滑る。当のカルロスの船から、改めて捕獲ネットが発射された。


「旦那! 戻って!」

「ん、ああ」


 ずるりと滑り落ちるように、ハッチを締めて船の中へ。


「済まん、無茶した」

「いいッス! でも、まずいッスよこれ!」


 捕獲ネットに完全に包囲されたトータス號。武装がないので、ネットを破壊することも出来ない。


「旦那、サイオニックランチャーは撃てますか!?」

「すぐには無理だ。拳の再生も遅い」


 バイパーの超能力は、ほかの二つと比べて実用性は高くない。サイオニックランチャーも、半ばロマン優先で、無理して撃っているのだ。

 生き延びたら絶対に武装を積む。バイパーは自分たちの予算を度外視してそんな決意を抱いた。


「どうするッスか。このままだと船の機能をダウンさせられちまうッスよ!?」

「そうだな……」


 モニターが映す周辺の様子を見る。と、その一点に目が留まる。


「ガール。あの星……モニター二つ目の、あれだ」

「生命のいる惑星ッスね。あ、連邦の戦闘要塞が監視しているッスよ!」


 この辺りはまだ連邦の勢力圏外ではあるが、連邦は生命の住む惑星の観察には積極的だ。戦闘要塞が派遣されれば、わざわざ手を出す組織はない。連邦は連邦でよその勢力争いには無関心なので、奇妙な中立地点が出来上がる寸法だ。

 バイパーの思考を読んだのか、ガールがそちらに向けてブースターを全力で吹かし始めた。


「戦闘要塞に向かうのはよせよ。さすがに撃沈される」

「分かってるッスよ。向かうのは惑星の方ッス!」


 大気圏に突入すれば、カルロスの船は拘束を解く可能性が高い。速度重視の船は脆いのが相場だからだ。

 一方で、トータス號の堅牢さなら、大気圏への無理な突入も不可能ではない。ガールの考えに無言で賛同したバイパーは、揺れに備えて体を固定する。


「間に合えぇぇっ!」

「ぐううッ……!」


 引っ張られていた船体が、前方から来る強い力に引き戻される。惑星の重力圏に入ったのだ。

 後ろの様子を見ると、カルロスの船が引きずられるようにこちらに向かっているのが映った。あちらも重力に捕まったらしい。危険だ。


「カルロス! 網を離して戻れ!」

『黙れよクソが! 死んでも離れねえぞ!』

「おい、死ぬぞ――」


 モニターが映す画面が真っ赤に染まる。

 揺れに視界が奪われる寸前。カルロスの船のさらに向こう、もう一隻船が映ったように見えた。

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