宇宙義賊ギャラクシィ・バイパー

悪事光年を翔ける

それはちょっと紛れがありそうなヤツさ

 地球人は、滅びかけた種族だ。連邦との縁が繋がって生き延びることは出来たが、少数民族となってしまったのは確かな事実である。

 住んでいた母星への居住権を失い、代わりに得たのは宇宙での居場所と権利、そしてはるかな寿命。

 失ったのは母星だけではない。連綿と紡いできた歴史や文化もまた、彼らは地球に置いてきてしまった。

 滅びなど想像もされていなかった頃から、歴史の中に埋もれて消えて行ったものもある。だが、人よりも遥かに多くを記憶していたコンピュータはすでに亡く、大切な文化はそれぞれの心の中に寂しく残っているばかり。


「だから俺は感謝しているのさ。そんな希少な文化と、仲間たちの命を救ってくれたあの男に」

「ハッ。それでお前はあれだろ? その前に急いで地球を棄てたせいで、ディーヴィンの連中に売り飛ばされた馬鹿な野郎だ」


 そう、その通りだ。

 地球を襲った滅びの波。国も宗教も思想も経済も、何を使っても覆せなかった滅亡へのカウントダウン。背中に白い翼を生やした天の御使いを信じて、最初の十万人は宇宙へと逃れた。

 そして天使のフリをしていた悪魔たちの手で、方々に売り飛ばされたのだ。

 左腕をがっちりと掴んでいる拘束具を見る。まったく、下手を打ったものだ。


「自分で決めたことさ。それにこの体、俺は結構気に入ってる」

「けっ。有名だぞ、売られた分際でひたすら注文をつけてきたってよ」

「当然の権利さ。権利は使うものだろ?」


 彼が売られたのは、地球で言うとマフィアに近い組織だった。体格が良く、見た目に威圧感があるからとそれなりの値で買い取られた。

 売られた先で、環境に適応できるように施された改造。その結果が、今の体。

 だが、命じられた仕事はどれも極めて悪辣なものばかり。悪なら悪なりの美学があるべきだと考えていた彼は、その全てに反抗。

 結局、持て余した組織からも売り飛ばされて、今は牢獄暮らしだ。


「くだらねえな。組織に従っていれば良かったものを、行きついた先がうちのボスの晩飯か。お前は明日の晩飯だそうだ」

「悪いがあの化け物のディナーになるのだけは勘弁だ。ここで失礼させてもらう」


 もちろん、黙って死ぬつもりはない。時機を待っていたのだ。

 そしてその時機が来た。拘束具が外れて、自由になる。合図だ。


「なっ、お前!」

「俺には頼りになる相棒がいてねッ!」


 驚いて挙動の遅れた相手の鼻面に左拳を叩き込む。意識を失ったのを確認したところで、牢獄のロックが次々に外れる音。

 相棒が手を回してくれているのだろう。実に手際が良い。

 一緒に捕らえられていた見知らぬ連中を解放しつつ、牢獄から出る。


「助かったぜ。俺はクーナン、あんたは?」

「俺かい? 俺の名はバイパー。覚えなくて構わない」

「旦那!」

「ナイスタイミングだ、ガール!」


 廊下の向こうから、ちんまい相棒が駆けてきた。両手に抱えているのは、腕と同じくらいの長さの筒。その後ろには武器を持った宇宙人の群れ。敵だ。

 相棒が抱えていた筒を受け取り、右拳に捻じり込むように装着。特別製の光線銃、サイオニックランチャーを構えて、発射。放たれた光の渦が、宇宙人たちをなぎ倒して壁面に傷を穿つ。


「ふん。俺たちをどうにかするには、今の三倍の人数は必要だぞ」

「何を浸ってるッスか! 旦那、逃げるッス!」

「おいおい、ガール。パイプをふかす時間くらいくれよ」

「いいから早く来るッスよ!」


 焦れた様子の少女に手を引かれて、混乱に満ちた船の中を走る。

 捕らえられた不幸な地球人たちは既に逃げただろうか。


「この船に地球人は旦那とアタシだけッスよ。何を浸ってるんスか」

「言うなよそういうコト。萎えるなあ」


 しょんぼりとテンションを落とすバイパーに、少女は頭を掻きむしった。


「ああもう! あの時うっかり反応するんじゃなかったッスよ」

「おお、あれこそは愛機トータス號。行くぞ、ガール」

「聞いてねえし! ったく、なんでこんなオッサンと組むことにしたんスかねえ、半年前のアタシ。恨むッスよ!」


 きいきいと後ろでここに来るまでの顛末をがなりたてる相棒に、バイパーは苦笑を漏らす。どうやら貿易船団に紛れてここに入り込んだらしい。手を貸してくれた船団の主には後で礼を言わなきゃならない。


「分かった分かった。今回も助かった、いつだって頼りにしてるよ」

「旦那のお礼は嘘くせえんスよ」


 言いながらも、少女もまた笑顔だ。何だかんだ、この不思議な男のことが嫌いではないらしい。

 トータス號に乗り込んだ二人は、慣れた手つきで船の発進シークエンスを進めていく。何よりも防御性能に特化したこの船は、外部からの多少の攻撃であれば跳ね返してしまう。


「よし、出るぞ!」

「アイアイ!」


 船の上部に設置されたハッチから上半身だけを出して、バイパーは右手を構えた。装着された銃身から、緑色の光が迸る。巨大な船の壁面に開いた、船が通れそうなほどの大きい穴。

 船の防御機構が穴をふさぐ前に、トータス號は無事に宇宙空間へと脱出を果たした。


「よっしゃあ! 逃げるっすよ旦那!」

「頼んだガール。俺ぁしばらくダウンだ」

「了解! ほらほらどいたどいたぁ!」


 無茶な身体改造のせいか、テンションの乱高下が激しいのが玉に瑕。

 席にだらしなく横たわっているバイパーには構わず、少女はトータス號を翔けさせる。追いすがる敵船団を芸術的な操縦で振り切ってから、転移機構を起動。

 安心できる状態になったところで、バイパーの方をちらりと見て溜息ひとつ。


「ったく、ジョージのおっさんはこれだから。ギャラクシィ・バイパーに似てるのは見た目だけじゃねえッスか」


***


 宇宙義賊ギャラクシィ・バイパー。

 地球でも古典と呼ばれたSFアニメーションとコミックの表題である。

 バイパー。本名をジョージ・ギリアム。

 地球の古いSFコミックをこよなく愛し、身体改造にかこつけてその主人公になり切ってしまった一般人だ。

 とはいえ、何だかんだ無事に生き残っている辺り。この凸凹コンビ、腕は悪くないようである。

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