銀河放浪こぼれ話2
ルーシア・マクドネルはあきらめない
「ふふ。ようやくここまで来たわよ、カイト・クラウチ」
『まったく、僕ひとりを狙うのに大仰なことだよ、マクドネル検事』
視界いっぱいを覆うほどの大船団が、たった一隻を取り囲んでいる。
悪名高き戦闘艇クインビー。連邦という組織をその舌で躍らせ、自分の味方へと引き込んだ地球生まれの悪魔。カイト・クラウチが搭乗する最高峰の戦闘艇だ。
最初は騙されていた連邦の人々も、辛抱強い説得と説明によってようやく何が正しいのかを理解してくれた。味方を徐々に失ったカイト・クラウチはなおも自分を妄信する一部の仲間と糾合して自身の立場を確保しようと暗躍しているが、それももうすぐ終わる。
「お前の生体記録もすべて廃棄されたわ。あとはその船を葬れば、地球が生んだ悪魔がこの世界から永遠に消え去るのよ」
『そうかい』
追い詰められたというのに、カイト・クラウチの態度はいつも通りだ。飄々として人をイラつかせる。
悪党は悪党らしく、無様に命乞いのひとつもすれば良いのに。
「最期に何か言い残すことはある? 特別に残してあげるわ、地球だけでなく、宇宙まで手玉に取った大犯罪者の断末魔としてね」
『別に必要ないよ。生きられる限りを生きて、最期は笑って死ぬだけさ。だから、最後まで抵抗はさせてもらうけど!』
「そう、それが最期の言葉というわけね。総員、攻撃開始!」
号令に応え、取り囲んだ船団が一斉に攻撃を開始する。
宿敵の絶対的な死を確信して、ルーシアは数年ぶりに口許を綻ばせるのだった――
***
『ほれ、いつまで寝てるだ。さっさと起きて仕事せえ、バカタレ』
「――ハッ!?」
ぼごぶ、と口から大量の泡が吐き出された。
目を開くと、緑色と歪んだ景色。
足元に向かって水位が下がっていく。げほと口の中に残った酷い味の溶液を吐き出してから、聞く。
「こ、ここは……」
「蘇生ポッドに決まっとるべが。また死んだがよ、おめえ」
「そんな!?」
見慣れつつある部屋の様子。ここを見慣れてしまうのは絶対にダメだ、と公社の先輩に言われたのが思い出される。蘇生室。ただしここは、最初に蘇生された場所とは違う。旗艦ヴォヴリモスに備え付けられたものだ。
公社の公益に反する行いをした社員が課せられる、懲罰。ヴォヴリモスの外壁を、専用の船で清掃するのだ。
ヴォヴリモスが行動している間は免除になるのだが、基本的に普段ヴォヴリモスは公社の本部に停泊している。仕事の休みがほとんどなく薄給というのが、この懲罰における最大の難点だった。
「今回は小惑星に激突したと聞いとるげ。おめえ、トロいのう」
蘇生室のスタッフであるカエル顔のメテブリンが、見下すような目でそんなことを言ってくる。反論したいが、ルーシアは怒りと屈辱に唇を噛むだけ。
メテブリンは公社きっての武闘派なのだ。多少改造を受けた程度では、挑みかかっても返り討ちに遭うだけ。旗艦が行動している時には社長の護衛として振舞うそうだが、普段は嫌味の多い気に入らない男だ。
何度かの失敗を経て、ルーシアはこのカエル男に逆らうのを止めた。
「船が悪いのよ。粗悪品を使わせて酷使しようって思っているんでしょ? 分かっているのよ、あんたたちの悪辣な考えは!」
「馬鹿こけ。社長がそんな程度の低いことをなさるわけねえげ」
「じゃあ何でこんなに事故が頻発するのよ!?」
「トロいからだげ」
罵倒程度では、この男は手を出してこない。口汚く罵ってはみるが、メテブリンは聞き流すばかり。そもそも公社の社長からして、早々にカイト・クラウチの口車に乗ってしまったのだ。護衛達も同様なのだから話にならない。
早く自由の身になって、カイト・クラウチを討伐するための正義の大船団を組織するのだ。今はそのための雌伏の時期。ルーシアは歯を食いしばって屈辱に耐える。
「それじゃ、仕事の続きよね。私は行くから」
「蘇生費用と船の修理費用は給金から引いとくげよぅ」
「くっ……!」
いつか必ず、この屈辱も含めてあの男にぶつけてやるのだ。
暗い情熱を胸に、ルーシアは船へと向かうのだった。
***
「空回っとるのう」
ルーシアが立ち去った後、メテブリンは長い指で地球人でいう側頭部を掻きながら呟いた。
いちいち不愉快なアースリングだ。護衛の誇りがなければ、もう数回蘇生ポッドを使わせるようにしていたかもしれない。
『どうですか、メテブリン』
「筆頭。……駄目ですわ」
ルーシア・マクドネルが船に向かったのを確認したのだろう、護衛筆頭から通信が入る。
メテブリンは端末を弄りながら、ゆっくりと息を吐き出した。
「蘇生中の睡眠下思考を確認しましたが、今回もキャプテン・カイトを大船団で追い詰める様子でした」
『あれか、戦闘艇クインビーを無数の船で取り囲むとかいう』
「ええ。あれじゃ同士討ちにしかならんと思うのですがねえ」
船や船団での戦闘を経験したことのない者だと、往々にしてそういう光景を夢想するものだ。母星での因縁と、先日のナミビフ恒星系での宇宙ウナギ事件。マクドネルのキャプテン・カイトへの逆恨みは留まるところを知らない。
「それで、どうなさるおつもりで?」
『いや、どうするもこうするもなあ』
「ええ」
あまりに危険思想が改善しないようであれば、秘密裡に生体記録を含めて抹殺することも検討されてはいる。パルネスブロージァ社長が知ったら決して許さないだろうが、公社内部にはそういうことを専門に行うスタッフが存在する。
メテブリンと筆頭はそのスタッフの一員だ。彼らはひとえに社長と公社への忠誠心ゆえに、社長に黙って公社の内部に巣食う敵を排除していた。社長に咎められれば、責任を負ってその命を絶つ覚悟もとうに済ませている。
いや、マクドネルに限っては社長もふたりを許してしまうかもしれないが。
ともあれ、そんな役割を果たすことは多くないが、検討はなされた。
だが、実行は今なおされていない。何故なら。
『あいつ、何もしなくても勝手に死ぬしな』
「本当にこう、船を操る才能がない」
単純にルーシア・マクドネルは船を扱う資質がまったくなかったのだ。
『むしろ船の修理費だけでしばらく給金出ないくらいの状況ぞ、これ』
「ううむ」
『予算が……』
社長に相談して、薄給の別業務に当たらせた方が良いのではないかと頭を抱える二人だった。
***
「くそう、くそおおっ! 許さない、絶対に許さないから!」
作業に当たりながら、ルーシアは怒りを言葉にしてぶちまける。
公社も、連邦も、いつかいつか自分の足元に跪かせてやるのだと。
己の分を超えた願いだなどとは、一切考えていない。
ルーシア・マクドネルはどこまでも諦めないのだ。
「え、うそ。きゃあああああ!」
道のりはまだまだまだまだ、遥かに遠いけれど。
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