トゥーナ三位市民
夢を知った宇宙ウナギ
「うわあああ、出てきた出てきた!」
甲高い声で、白いボディの宇宙ウナギが悲鳴を上げた。
体長はざっと2メートル程度。元々の体と比べたら極小サイズ。連邦の技術の粋を集めて造られたトゥーナの新しい体は、当人には元の体よりも過ごしやすいと好評だ。
仮死状態となった元の体は消化液を皮膚から分泌することもなく、中央星団の近くに新たに建造された人工衛星の内部で保管されることとなった。今はその準備段階である。
「さ、皆さん準備をお願いしますね」
カイトの持ち込んだ寄生生物を研究した結果、生きている宇宙ウナギに寄生している間は擬態を見破る方法はない、という結論が出たらしい。また、低温に弱く、高温には極端に強いことが分かったようだ。
分泌する物質が宇宙ウナギに同種への強い攻撃性を持たせることも確認された。あの異常な状態が本人の本能によるものか、寄生生物の分泌する物質によるものかは分からないが、化学物質の分泌によって攻撃性が連邦の船に向けられるようになっては極めて危険なので、連邦政府は早急な駆除が必要だと結論づけた。
『頼むよキャプテン』
「分かっているよ先生。今後は迂闊な発言はなしにしてくれ」
『反省している』
寄生生物は、低温に弱い。宇宙ウナギが死んだあと、体温が低下することで速やかに死滅すると考えられる。つまり、宇宙ウナギ同士が共食いをすることで次なる宿主に寄生先を変えることを前提にしている。
唯一の個になることを本能とする宇宙ウナギにとっては、どちらも自身の在り方を補強する生態だと言えた。
寄生ではなく、共生なのではないかというのが、研究チームに加入したゴロウの結論である。それをうっかり伝えてしまった為、ゴロウはめっきりトゥーナから嫌われてしまったらしい。
『キャプテン。寄生生物、来ます』
「了解。今回は出し惜しみなしだ、
クインビーから射出された働きバチがきらきらと散らばる。
こちら――背後にあるダミーを目掛けて飛んでくる寄生生物に、働きバチを差し向けた。
寄生生物は低温に弱い。だが、仮死状態のトゥーナの体温では寄生生物の死滅する体温まで下がり切らないのではないか、という懸念があった。そこでゴロウは、大型ウナギの死後、その死体から寄生生物が飛び出してきたという現象に目をつけたのだ。
近くに寄生可能な宇宙ウナギが存在した場合、寄生生物は元の宿主を切り捨てて別の個体に寄生を試みるのではないか。それが先日の大移動だったのではないか、と。
「さすがカイト! いけいけカイト! やったぁ!」
語彙の少ない応援。トゥーナはボディを新しくしてから、随分と知性が幼くなってしまったような気がする。
ともあれ、ゴロウの推測は正しかったようだ。宇宙ウナギと誤認させるためのダミーを近づけるや、トゥーナの体から無数の寄生生物が飛び出してきたのだから。
「……ま、これで全部駆除出来たかどうかは分からないんだけどさ」
身も蓋もない呟きを漏らしつつ、カイトは群がってくる寄生生物を打ち落とし続けるのだった。
***
中央星団の周囲に、衛星がひとつ増えた。本当に中央星団の周囲を回っているが、その内部には丸まって眠るトゥーナの本体があるのだ。
自分たちの造ってきた人工衛星とは規模が違うなあと思いながら、カイトはちょうど中天に浮かんでいる人工惑星トゥーナを見上げる。
今日は新しいボディの慣熟を終えたトゥーナが、小パルネスのガイドで惑星探訪に向かう最初の日だ。カイトは同行しない。断じてだ。
「それじゃ、楽しんでくるといいよトゥーナさん」
「もちろんです、カイト。いやあ、楽しみだなあ」
2メートルの小型宇宙ウナギが、自分の声で答えてくる。通訳が必要ないのがこれほどまでに有難いとは。
空中浮遊能力と発声機能を持っているだけで、トゥーナはご満悦だ。よほど他者とのコミュニケーションが楽しいようだ。
なお、食事も可能だ。エモーションといい、連邦はそういう娯楽への造詣が深くて、芸が細かい。
「それにしても、よろしいのですか。ご一緒いただいて」
『うむ。公社の代表とトゥーナ
何となく嘘くさい答えを返すのは、これまた小型のテラポラパネシオだ。どうやら護衛の名目で両者の旅行に同行するらしい。トゥーナも小型ボディを手に入れた頃に連邦の市民権を求めた。与えられたのはカイトと同じく三位市民。
宇宙クラゲと宇宙ウナギとサイキック苔類。うん、同行は絶対にしないと決意を新たにする。使う船はテラポラパネシオのものだというから、何かあったら宇宙クラゲがどうにかするのだろう。多分。
「私も行きたかった……ッ」
「あんた、市民権のランク上げないと駄目でしょうが」
惑星への立ち入りを許可されるランクの市民権を得ていないゴロウが、悔しげに唇を噛んでいる。正気かと思う発言だが、生物学者としては興味を惹かれる相手が揃っているともいえる。
宇宙クラゲのやらかしに触れる機会の多いカイトは、たとえ仕事でも一緒には行きたくないけれど。
『ゴロウ
「ま、まあ。我の寄生生物を排除した手腕は評価します。準備が出来たら一緒してあげないこともありませんよ」
「それは頑張らないといけませんね!」
トゥーナからの心証も良くなったようだ。
いつかゴロウがこの三者に振り回される未来が来るのを幻視して、カイトは心の中で静かに手を合わせた。知らぬがホトケ。
「では、行ってらっしゃい」
「行ってきます、カイト!」
名残を惜しむのもこれまでだ。カイトのクインビーとは似ても似つかない、宇宙クラゲ仕様の船にそれぞれ乗り込む。
慣性を無視した動きで空の彼方へ消えていく船を見送って、カイトはふと呟く。
「トゥーナさんは、もう元の体に戻らないかもしれないね」
『そうでしょうか?』
「うん」
エモーションの問いに、頷いて返す。
惑星めぐりという、刺激に満ちた経験に埋没してしまえば。唯一の個になることよりも楽しい日々を知ってしまえば。
あの珪素生命体は、誰かと共に生きるという幸せを知ってしまったのだから。
「さて、僕たちも行こうか」
『はい、キャプテン』
クインビーに向かうふたりに、ゴロウが声をかけてくる。
「もう行くのかい?」
「まだ全ての地球人に選択肢を示したわけじゃないからね」
正式な仕事だったとはいえ、随分と時間を使ってしまった。
まったく、腹立たしいことだ。宇宙ウナギたちはカイトより早く、銀河の色々を見て回る旅に出たというのに。
「それじゃ、先生もまた」
『ああ。気をつけて』
クインビーに乗り込んだカイトとエモーションは、次なる地球人の居場所へと飛び立つのだった。
***
なお、余談ではあるが。
連邦はこの後、何度か敵性宇宙ウナギを撃滅することとなる。だが、トゥーナは何だかんだと理由をつけて、一度も宇宙ウナギ狩りに参加することはなかった。
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