宇宙ウナギの捌き方

 完全に生命活動が停止したのを確認してから、カイトはクインビーに施していた隠蔽を解いた。

 と言っても、クインビーを覆っていた超能力の膜を取り払っただけだが。

 眼球を露出していない宇宙ウナギが、普段周囲を確認する時に使用しているのが温度だというのがトゥーナの答えだった。どのように温度を知覚しているのかまでは本人も分かっていなかったが、温度の変化を認識させないようにする程度は、防壁の応用で可能だったわけだ。

 その分、トゥーナもカイトの存在を知覚できなくなってしまって不安そうだったけれど。


――ああ、カイト。そこにいたのですね。

「お疲れ様。取り敢えず何とかなったよ」

――ええ。……それにしても。


 まったく身じろぎもしなくなった大型ウナギの巨体に、視線を向ける。見える範囲に傷はほぼない。急所らしき場所を念入りにかき回したから、復活も再生もするとは思えない。カイトの意志を受けて、体内で高速移動した鋼板――キラービーを体外へと排出させる。

 ずぶりと、大型ウナギの側面から飛び出してきた鋼板には、何やらてらてらと輝く液体が付着していた。液体はほどなく揮発したが、カイトは何となくその鋼板を支配下から外した。クインビーにそのまま戻すのは、ちょっとばかり嫌だったからだ。


――カイト。君は我にも同じことが出来るのですよね……?

「そりゃあ、まあ。トゥーナさんが連邦と敵対しない限りはそんなことはしないけどね」

――も、もちろんです! 我はカイトに永久不変の友情を感じていますよ!


 怖くなったな。

 少なくとも宇宙空間における頂点捕食者の一種である宇宙ウナギが、他の種族に命の危険を感じることなどこれまでなかったはずだ。自分よりも遥かに小型の有機生命体であればこそ、これまで実感がなかったのだろう。精々が、船団と戦闘になったら命の危険、と思うくらいだろうか。

 だがそれを単独で、実際に見せつけられたならば。カイトという個体に恐れを抱くことも不思議ではないかな、と思うのだ。


「そういえばテラポラパネシオの皆さんにも、僕と同じようなことが出来たはずだよ。トゥーナさんがこの前食べたうちのひとつは、そうだったはず」

――我はレンポウにも永遠不滅の友情を感じていますよ。


 あ、言い直した。

 頂点捕食者殿には、しっかり連邦への警戒心を持っておいてもらいたいところだ。互いを尊重する心は、同格の存在同士でしか育たないとカイトは思っている。トゥーナと同じ大きさの生物を用意できない以上、自分の命に届き得る脅威以外に同格と感じさせる方法はないと判断していた。

 どこかで形にしたいと思っていたが、ここでそういう場面を見せられたのは良かった。しかも、本人以外だ。角も立たない。


「さて、それでは」

――な、何ですか!?


 ちょっと脅かしすぎただろうか。何しろ別の生物だ、塩梅が分からない。

 多少反省しつつ、カイトは目の前の巨大な物体を指し示した。


「これ、どこで食べる?」

――あ。


 何しろ大きすぎる。

 公社も連邦も待たせている形だ。ここで食べていくには、少しばかり時間がかかり過ぎる案件だった。


***


 ヴォヴリモスは、連絡したらすぐに来てくれた。

 大型ウナギの巨体を見たパルネスブロージァが、よく勝てましたねと驚いていたが、勝つだけだったら公社の船団でもそれほど難しくなかっただろう。

 実際に見ていて分かったことだが、宇宙ウナギはその生態として、宇宙ウナギ以外の生物を敵として認識していない。戦術も何もかも、完全に対宇宙ウナギに特化している。

 熱線や突進、噛みつきなどの攻撃は脅威ではあるが、それらに対策さえ出来てしまえばそれほど怖い相手でもない。


「連邦の船団でも出来るんだし、皆さんでも出来ますよ。ちょっと大きかっただけです」

『そうは言われますが』


 とはいえ、惑星と比較する程度の巨大生物だ。亡骸とはいえ、普通に考えると戦おうとは思うまい。まあ、公社はこれを保護しようとしていたのだけれども。

 さて、ともあれ運搬方法だ。

 トゥーナ、カイト、公社すべてが、ここでの捕食は止めておこうという方向で一致した。トゥーナも食欲よりも中央星団への移動を理性的に優先してくれた。生きている同種相手でなければ、あの狂暴性は発生しないのだろうか。


『トゥーナ様とこちらの大型ウナギを同時に運搬するのは流石に無理です』

「それはそうですよね」

『近くで活動している、配下の船団をいくつか呼び寄せています。中央星団まではそちらに運ばせましょう』

「助かります」


 公社の船団が近くで活動している。連邦とは別の組織だと分かっているが、活動範囲の広さは素直に驚嘆の一言だ。

 だが、当然ながら一つひとつの規模はヴォヴリモスの船団ほどではないらしい。トゥーナだけでなく、これほどの大型ウナギをそのまま運ぶのも難しいという。巨大な物体の移送は、船団ごとに訓練しているから合同では出来ないという説明にも道理がある。


『なので、解体したいと思います。トゥーナ様、許可を』

――解体、ですか?

『ええ。解体することで運びやすくなりますから』


 それぞれの船団が、解体した部位ごとに運ぶのであれば問題はクリアできる、というわけだ。

 それしか方法がないと言われれば、トゥーナにも特別反対する理由はないようだった。構いませんという返答だったので、早速大型ウナギの解体作業が始まることとなった。


『配下の船団が来ましたら、作業もそちらに割り振って私たちは中央星団への移動を再開します。よろしいですね?』

――もちろんです。その間にちょっとだけ食べたりとかは……

「トゥーナさん?」

――い、いえ! なんでもありません!


 食べるのは勝手だが、トゥーナの場合は食べ始めたら止まらなくなりそうだ。カイトの注意に思うところがあったのか、その意見はすぐに引っ込められた。

 いくつかの船が大型ウナギの亡骸に近づき、ノコギリらしき器具で大型ウナギを斬ろうとした、直後。

 船が大きく後退した。


『何事ですか!』

『内部から小型の生体反応! 露出します!』


 パルネスブロージァの問いと、返答。通信を通してカイトにも届いた。小型の生体反応と聞いて、カイトの脳裏に閃くものがあった。

 脳裏に浮かんだのは、寄生生物か抗体か。あれだけの巨大生物なので、抗体もまた人間とか船とかのサイズでも不思議ではない。

 大型ウナギの体の中から飛び出してきたのは、どちらかというと昆虫じみた物体だった。もちろん、珪素生命体の。


「うわ。こんなのいるんだ」

――え、何ですかコレ。我はこんなの知らないですよ!?


 寄生生物。あるいは抗体のような何か。

 まあ、寄生生物にしたって不思議ではないのだ。

 脆弱な生物にとってもっとも安全なのは、捕食者の体内。それも頂点捕食者であれば最高だ。頂点捕食者自身が直接手を出せないならば、それが最も生き延びるに適しているはずだから。


「さて、寄生生物か抗体か、どっちだろうね」

『抗体だとすると、連邦の記録に存在しないのは不自然かと』

「だね、調査の名目でそれなりに解体したはずだ。だけど記録にない。……ということはやっぱり、寄生生物かあ」


 カイトとエモーションの、危機感のない会話を裏付けるように、小型生物は一斉にこちらに――要するにトゥーナを目掛けて飛んでくる。すぐ近くで大型ウナギの解体にかかろうとしていた船は無視だ。


「ああ、なるほど。近くにいるくせに自分の宿主を食べない宇宙ウナギに、直接寄生しようって考えか。賢い賢い」

――な、何をのんびり言ってるんですかあ! た、助けてくださいよう!


 トゥーナは心底嫌なのか、及び腰だ。熱線で焼き尽くすにも、斜線上には公社の船団がある。あるいは本能的に熱線では殺せないと分かっているのかもしれない。


「パルネスブロージァさん。トゥーナさんからのご依頼です。あの寄生生物、駆逐しますよ」

『わ、分かりました。その、トゥーナ様には触れさせませんので、何匹か生きた個体を捕獲するのは……』

「トゥーナさんにまた嫌われたいのであれば、どうぞお好きに」

『全戦、戦闘態勢! 敵はトゥーナ様に寄生しようと目論む不届きな寄生生物だ! 攻撃、開始ィ!』


 こんなのまで保護しようかと考えるのは、ある意味立派ではある。確かに希少ではあるだろうけれど。

 カイトは苦笑を浮かべながら、働きバチワーカーズを周囲に展開するのだった。


「ほらほら、トゥーナさん。邪魔だから僕の後ろに」

――た、頼もしい!

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