トゥーナの熱望
――い、いますぐ連邦に行きましょう!
大型ウナギに寄生していた生物は、それほど時間がかからないうちに掃討された。何しろ一心不乱にトゥーナを目指して飛ぶのだ。撃破は難しくなかった。
最終的にはトゥーナの前面に集結した公社の船団からの一斉射撃ですべての寄生生物は排除されたのである。
「……これはクインビーにくくりつけて、と」
『キャプテン、それは?』
「連邦の研究者へのお土産」
その軽口は、本気半分冗談半分といったところだ。
クインビーよりも小型の寄生生物を、適当に働きバチで撃ち抜いておいたもの。比較的形が綺麗に残っているひとつをクインビーの外壁にくくりつける。
カイトの懸念は、この寄生生物が普遍的に宇宙ウナギに寄生しているかどうかだ。トゥーナの体内に寄生している可能性については、トゥーナ自身も自覚しているようだ。さっさと連邦で調べて欲しいと思っているのはそのためだろう。
問題は、連邦がこれまでに仕留めた宇宙ウナギの体内にこれらが存在していたかどうか。存在していたとすれば、何故発見されなかったのか。そして、今回のように出てこなかったのは何故か。
「まあ、可能性としては近くに宇宙ウナギがいないと出て来ないか、何らかの理由で死滅したか、そもそも寄生していなかったか。そんなところかな」
『それを調べるために、連邦へ持って行くのですか?』
「そ。寄生していたけど見つからなかったのだとしたら、体内で宇宙ウナギの肉体に擬態していた可能性がある」
『いなかったか、死滅したのでは? 現にトゥーナ氏のところに運ばれた亡骸からは発生しなかったではないですか』
「いなかっただけならいいんだけどね。死滅していた場合、餓死なのか窒息死なのか攻撃のショックで死んだのか……」
カイトが懸念しているのは、トゥーナが新しいボディに意識を移した後だ。
新しいボディに意識を移す以上、トゥーナの本来の体は仮死状態になる。この状況下で寄生生物がどのように動くか、カイトには予想もつかない。
「トゥーナさんがいざ元のボディに戻ろうとしたら、本体が寄生生物に半分くらい齧られてました、って話になったら大問題だよ」
『それで、この死骸を使って調べるということですか』
「本当は生きた個体を捕まえておくのが一番良かったんだろうけど、うっかり逃がしちゃったりしてもまずいし、何より……」
視線をヴォヴリモスに向ける。
生きている寄生生物をカイトが確保しているのを見たら、パルネスブロージァの保護欲求が改めて再燃しないとも限らない。
あとは有能極まりない連邦の研究者の皆さんが、この寄生生物をしっかり解析してトゥーナの体内にいないかどうかをはっきり確認してくれることを祈って。
「ほら、トゥーナさん。段取りは決まっていたでしょ。ワガママいわない」
――ですがねカイト。我は今すぐにでも自分の体を調べて欲しくて……カイト、そのフネの不自然な膨らみは……?
「あ、見えなくても分かる? 比較的綺麗に仕留めたやつをちょっと」
――なっ、何でそんなモノをつけてるんですか!? ま、まさか今度はソレと友達に!?
「そんな馬鹿な。死体だよ」
――駄目ですよカイト、ソレと友達になったカイトとこれからも友達でいられる自信は我には……
「話を聞きなさいな」
***
すったもんだありつつ、カイトは中央星団に直行することとなった。
さすがに寄生生物をくくりつけたままヴォヴリモスにクインビーを入れるのは良くないと、カイトはトゥーナを公社に任せて連邦に単機で先行したのだ。
事情は公社からも(何故か映像つきで)伝わっていたようで、寄生生物は連邦の研究所にすぐに提供された。
今は公社の船団が到着するのを待っている状態だ。クインビーを中央星団の近くに停止させて、なんとなく行き交う船を眺めている。
『ねえ、カイト。その宇宙ウナギっていうのは、地球のウナギに似ているの?』
「いや、あんまり。エラがあってにょろっとしてたから、蛇よりウナギかなって思っただけだよ」
とある議員秘書に納まっているレベッカが、私的なのか公的なのか分からない通信を飛ばしてくる。
別に忌避する相手でもないので気楽に応じる。どうせしばらくしたら現れるのだ。隠す必要も特にない。
「大体、議員秘書なら映像くらい見られるんじゃないの?」
『新人の秘書にそんな機密映像見せてもらえるわけないでしょ。標本の写真だって私の市民権じゃ閲覧許可が下りないし』
「へえ、意外」
どうやら、宇宙ウナギの存在は連邦でもそれなりに秘密にされているようだ。無理もないか。
惑星を主食とする巨大な生命体が、宇宙にはそれなりに生息しているという話を、宇宙のロマンとして受け入れられる市民はそう多くないだろう。むしろ、積極的に探して討伐しろと世論が動く可能性もある。
特に発見初期は、テラポラパネシオ以外に宇宙ウナギに知性があることを知っている者はいなかったのだから。議員役のテラポラパネシオの苦労を想う。
「ま、もうすぐ来るから楽しみにしてるといいよ」
『そういえばゴロウ・サイトー博士だっけ。ミカ・サイトーさんには連絡つけてあるからね』
「助かる。公社の船団で一緒に来るはずだから、再会の手筈を頼む」
『任せなさい。出来るだけ感動的に演出してみせるわ』
演出と言う言葉に、カイトは眉根を寄せた。そういうの、見世物にするのはどうなのだろうか。
「演出とかいらないんじゃない?」
『何を言ってるのよ。引き裂かれた姉弟の再会なんだから、ドラマチックにしなくてどうするの。何より地球人の皆が喜ぶじゃない』
「それはそうかもしれないけど。もしかして、他に家族が生き別れになっている話があるのかい?」
十万人近くの人間が先行して売り飛ばされたのだ。ゴロウだけでなく離れ離れになった家族もいるだろう。
『ええ。あなたが救助した中に三割、連邦の力で戻ってきた中に二割ってとこね。まだ半分くらい戻っていないかしら』
「後でリストを送ってくれるかい。公社にいるかもしれないから、公社の社長にリストを渡しておくよ」
『分かったわ。また大物と知り合ったのね?』
「知り合いたくて知り合ったわけじゃないんだけどね」
公社の社長が連邦の超能力研究会の外部顧問だと聞いたら、レベッカはどんな顔をするのだろうか。しかもそれがカイトの個人的なファンだと聞いたら。
言っても笑われるだけだなと、苦笑するだけに留めるカイトだった。
***
『うわっ……でっか……』
レベッカの呟きが耳に届いた。
トゥーナ自身はまだ公社の船に囲まれて隠れているから、これは公社の旗艦ヴォヴリモスへの反応だ。確かに大きい。連邦の船が周囲にある状態だと、ことさらその大きさが目立つ。
だが、レベッカよ。驚くにはまだ早い。
『も、モンスタァ……!?』
船団が離れ、その隙間からトゥーナの姿が見えてくる。レベッカの声が一段と高くなった。確かに初めて見たら怖いだろうな、と思う。
――あ、カイト! という事は、ここがレンポウなのですね?
「ええ。ここが連邦の中心、中央星団です。ようこそトゥーナさん」
――良かった! 我の新しいボディの準備は出来ていますか? 寄生生物を調べる準備は!?
「はいはい。どちらもまだですよ。心配しなくてもすぐにどうこうなるものでもないでしょう、落ち着いて」
『え、何? カイト、あなた誰と話してるの?』
通信を切っておけば良かった。
何だか距離を感じるレベッカの問いかけに、どう答えたものか一瞬だけ考えて。
「あー、エモーション。あとの説明はよろしく」
『キャプテン、さては面倒になりましたね?』
「正解」
『カイト!?』
カイトはエモーションに全てを丸投げすると、クインビーの外へと逃げ出すのだった。
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