蜂の一刺し

 さて、参戦することになったとはいえ、カイトとクインビーにとって大型ウナギはあまりにも巨大な相手だ。

 要するに星と喧嘩をするようなものなので、普通にやっていたら埒が明かない。

 そうなると、取れる戦術は限られてくる。ひとつはトゥーナのサポートに徹することだが、今のトゥーナが大型ウナギに勝てる部分はひとつもない。せいぜいが密度で同格程度。これでは勝ち目がない。


「大きいだけならちょっと体の中に入ってもらって、中で暴れてもらうって方法もあったんだけど……」

――それ、低くない確率で我が死ぬ策ではありませんか?

「ま、この戦力差だと無理だね。巻き付いての締め付けが効かないなら、中で暴れるのも現実的じゃないわけで」


 結局のところ、カイトが主としてあの大型ウナギを倒さなくてはならないわけだ。宇宙クラゲがどうやって倒したのか、ちゃんと聞いておけばよかった。

 カイトの超能力も完全無敵というわけではない。自分で想像出来る範囲のことは実現できるが、あまりに荒唐無稽だと力の収束が上手くいかないのだ。

 大型ウナギの急所を超能力で握り潰す、というのが最も簡単な解決方法ではある。しかし、カイトには超能力だけで物体を掴んだり握ったりというのはいまいち想像が出来ない。働きバチワーカーで手の形をイメージすれば出来るようになるので、こればかりは想像力の問題なのだろうと思っている。

 要するに、形の定まらない力をそのまま操作するのが苦手なのだ。

 体内に埋まっている急所だけを器用に握り潰すなんて芸当、とてもとても。


「まあ、どちらにしても方針はひとつしかないね」

――その方針とは?

「どうにかして急所を露出させて一撃を加える。惑星サイズの生物と削り合うなんてこっちが先に疲れるのが目に見えているから」

――なるほど!


 トゥーナへの言葉遣いが気安くなっているのを自覚しつつ、カイトは軽い口調で方針を伝える。トゥーナも気にした様子はないから、このまま行くことにする。そもそも軽々しく命を失いそうなミスをしたのだ、少しくらい扱いがぞんざいになっても、文句は言わせない。

 と、納得した様子のトゥーナとは違い、エモーションは疑問を持ったようだ。下から質問が飛んでくる。


『キャプテン。急所を狙うという方針は支持します。ですが、あの大型の急所が分かるのですか?』

「まあ、色もサイズも違うけど、トゥーナさんと同じ生き物だっていうなら急所も一緒じゃないかと思うよ」

『なるほど』


 エモーションが気がつかないのは仕方はない。何しろ、今の時点までトゥーナとエモーションは互いに意思の疎通が出来ていないのだ。だが、トゥーナの眼球が急所だという話題自体は宇宙クラゲと話しているので、話が繋がれば納得は早い。

 方針は決まった。あとは、大型ウナギが眼球を露出させる状況を生み出すこと。


「では、トゥーナさん」

――何です?

「あなた達の種族が、普段目を使わずにどうやって物を識別しているのか……教えてもらえます?」


 カイトはにやりと口元に笑みを浮かべた。


***


――カイト、カイトォ! 助けて! 逃げ切れないですぅ!


 さて、時間は多少過ぎて。

 トゥーナと大型ウナギは、壮絶な追いかけっこの真っ最中である。

 とにかく逃げて逃げて逃げ回るように、というオーダーを出したカイトは、トゥーナが大型ウナギに食いつかれないよう、食いつかれたらすぐに救助できるように推移を見守っている形だ。

 都合三度、トゥーナは大型ウナギに噛みつかれているが、その都度カイトによって救出されている。

 どうやら互いの間で格付けは済んでしまったようで、トゥーナからは大型ウナギに対しての敵意はもう出されていない。一方で、大型ウナギはトゥーナに大人しく食われろとばかりに食らいついているから、段々と意識がトゥーナに集中していくのが見ていて分かる。


――食べられる! 食べられちゃうっ!


 集中しろよと思いつつも、行動には移さない。今、カイトは隠れているからだ。二頭の宇宙ウナギの至近距離で、息を潜めてタイミングを待っている。ミスをすれば、一撃で船体ごと吹き飛ばされる位置にいるから、かなり怖い。

 クインビーが破損したら失敗なので、全力で逃げるようにと伝えてはいるが。


「……よし」


 完全に大型ウナギの注意から自分がいなくなったことを実感する。あと少しだ。

 がぱ、と大型ウナギの口が開いた。トゥーナも急いで逃げるが、間に合わない。加速してきた大型ウナギの口が、トゥーナの尾部に食らいつく。


――痛ーっ!


 じたばたと動き回るが、しっかりとトゥーナの尾部に噛みついた口は外れる気配もない。カイト、カイトと悲痛な声が脳裏に響くが、一旦無視する。

 トゥーナの抵抗を止めようと、首を振っていた大型ウナギの動きが止まった。これまでならばカイトが妨害をかけていたのに、それがない。何かを確認するように、ゆっくりと周囲を見回すように頭部を回す。トゥーナを咥えたままで。


――いたたたた! このっ、いい加減に! まだですかカイトーッ!


 逃げたのか。いや、そんなはずはない。暴れている間にやっつけたのか、そうとも思えない。そういえばいつからあれを見失っていたのか。

 そんな警戒感がありありと伝わってくる、大型ウナギの動き。

 何を考えたか、大型ウナギが口を開いた。慌てて逃げようとするトゥーナの、無防備な背面に飛びかかる。


――ぐぇっ


 人で言えば、首筋のあたりか。その辺りに食いついた大型ウナギは、トゥーナに止めを刺すのではなく、その体勢のまま一旦停止した。

 もう一度周囲に注意を向けるような素振りのあと、頭部をもごもごと蠢かせる。

 今だ。


「行けっ!」


 クインビーが働きバチを大量に射出するのと、大型ウナギが巨大な眼球を露出させるのはほぼ同時だった。

 露出した眼球めがけて飛翔した働きバチが、次々に眼球にへばりつく。


「トゥーナさんを咥え直したのは、うっかり露出した目を反撃されないような位置を取るためだってわけか。なるほど、賢い」


 トゥーナに逆転の目があるとすれば、互いの急所である眼球を噛み千切ることくらいだっただろう。そして、それは大型ウナギも警戒していた。当然だ、同種だから行動の予測はつく。

 だが、カイトの行動は読めなかった。何しろまったく別の生き物。何を考えているか、何が出来るのか、何をしてくるのか。結局のところ、向こうには何一つ分からないのだ。


「敵を知り、己を知れば……ってやつだね」


 大型ウナギはトゥーナから口を離し、ぶんぶんと頭部を振る。だが、眼球にまとわりついた働きバチは、剥がれる様子も溶ける様子もない。

 外皮には消化酵素のようなものが発生しているが、眼球にはないと予測していた。内臓器官であることもそうだし、視覚で周囲を確認するのであれば、付着物があると視野も変わるだろう。宇宙空間で長距離を確認するのに、その状態は明らかに不利だ。

 普段から目を体内に隠しているのは、清潔が求められることと防御の方法が乏しいから。そんな分析は、おおむね正しかったらしい。


「そしてあんた達は、眼球についた異物を振り払う部位がない」


 カイトは手許に引き寄せた一枚の鋼板に、全力で力を込める。大型ウナギに止めを刺すための、最高の一撃。

 大型ウナギの正面にクインビーを動かし、付着させた働きバチをその場に固定して、頭を動かせないように押さえつける。

 頭部が動かないことに混乱した大型ウナギは、隙間から視認したカイトを排除すべく、巨大な体を振り回した。


「遅い。刺せ、殺人蜂キラービー


 瞬間、放たれた鋼板――キラービーが眼球に突き刺さり、そのまま内部を貫いていく。力を存分に込めただけあって、速度も普通ではない。周囲の組織を巻き込みながら、あっという間に眼球を貫通する。

 大型ウナギのエラが大きく開かれ、大量の空気が吐き出された。

 爆発的な音に紛れ、大型ウナギの感情らしきものが放射される。

 カイトは委細構わず、自分の管理下にあるキラービーを直進させる。眼球の奥、命の中枢へと。


「悪いね。あんたの言葉を聞くつもりは一切ないんだ」


 徹底的な破壊。キラービーが大型ウナギの巨大な急所を、委細構わず暴れ回る。

 程なく。吐き出される感情の波が、ぷつりと途絶えた。

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