銀河放浪ふたり旅～宇宙監獄に収監されている間に地上が滅亡してました

致命的に噛み合わないおふたり

　パルネスブロージァから出た、トゥーナとの対話の希望。

　特に連邦側では断る理由もなかったので、許可を出すことにした。ただし。

「いやあ、お手数をかけますカイト三位市民（エネク・ラギフ）」

「いえいえ」

　パルネスブロージァの超能力の出力では、トゥーナと距離をとっての会話は難しいということで、クインビーでトゥーナの至近距離まで近づく運びとなった。

　準備の間に、テラポラパネシオからトゥーナに事情の説明は行われているので、特に不安はない。クインビーから出て台座に乗ったカイトは、パルネスブロージァの乗っているボディを地上から浮かせて引き寄せ、落とさないよう慎重に抱えた。

「おお、カイト三位市民に抱き締められています」

「ソウデスネ」

　苔類の方に、そんな風に言われましても。

***

――ごきげんよう、カイト。

「こんにちは、トゥーナさん。テラポラパネシオの方から説明があったように、こちらが例のゲストです」

「は、初めましてトゥーナ様。私はパルネスブロージァ。よろしく」

――ええ、初めましてパルネスブロージァ。最近は不思議な出会いが多くて飽きませんね。

　トゥーナは上機嫌に答えている。どうやらパルネスブロージァをひとつの知性体として認知してくれたようだ。これで第一段階はクリアしたと言えるだろう。

　これから行われる会話のことを考えると、カイトとしては正直すぐにでも立ち去りたい。無理だけれど。

――ところでカイト。我の新しい体というのはいつ頃出来るのでしょうね？

「何しろ前例のないことですからね。トゥーナさんの場合、元の体と新しい体を自由に行き来できないとまずいでしょう？　少し時間が欲しいそうです」

――そういう理由でしたら仕方ありません。気長に待つことにします。

　何しろ、トゥーナ以外の宇宙ウナギは連邦の敵になったのだ。連邦の活動領域で別の宇宙ウナギが発生した場合、トゥーナは現場に急行する必要がある。

　カイトやテラポラパネシオが近くにいれば、おそらく短時間で駆除できる。しかし、宇宙ウナギの亡骸だけを提供される生活をトゥーナも望んではいない。しかるべく短時間で元の体に戻れる工夫が必要で、連邦の技術部はそんな無理難題に挑んでいるようだ。

　現時点で研究されているのは、カイトやテラポラパネシオの超能力による転移現象を、本体と新しい体の間で限定的に行えるようにする技術の開発らしい。ラディーアに滞在しているカイトも、そういう名目で何度か取材を受けた。目がぎらついていたから、もしかすると研究員も超能力研究会の一員なのかもしれない。

　さて、現実から目を背けていても仕方ない。

　雑談の間に、パルネスブロージァの準備も出来たらしい。カイトの手から降りたパルネスブロージァは、よたよたとクインビーの舳先に向かって歩く。危ないのでカイトは後ろから少しだけ超能力で体を支えた。

「トゥーナ様。私は希少生物保護公社の社長です。銀河に生きる中で、数の少ない生物を外敵から保護する仕事をしています」

――保護？　保護とはいったいなんですか。

「天敵や災害などから命を守ること。彼らの繁殖を手助けし、絶滅という恐ろしい運命から遠ざけることですね」

――そうですか。それは何というか、素晴らしい仕事をしているのですね。

　そこでふと気付いたらしく、トゥーナは意識をこちらに向けてきた。

――ということは、地球のウナギなども保護してもらえるのですか!?

「うちのウナギをそこまで愛してもらえるのは有難いのですけれども」

　ウナギ、美味しいからね。種族によっては一部の地球人に乱獲されて絶滅の危機にあったとか聞いたら、トゥーナの地球人評が変わりそうで怖い。

　いや、地球環境が宇宙クラゲの手に委ねられているので、多分ウナギもそれなりに元気に増えて、地球の海や川を泳ぐようになるものと思いたいけれど。

「そんなわけで、トゥーナ様。私たち公社はあなたを保護したいのです」

――？

　ああ、やっぱり。

　トゥーナは致命的に理解出来ていないようだった。

　そりゃそうだ。ミジンコが恐竜にあんたを保護しますよと言ったところで理解は出来ないだろう。カイトは、散々公社の支社長と煽り合ったドーナツの粉問題の答えをいま、目の当たりにしている。

――カイト。パルネスブロージァは一体何を言っているのですか？　我にはいまいちよく分からないのですが。

「つまりですね。こちらの方はトゥーナさんを守りたいそうなのですよ。天敵や災害から」

――なるほど？　天敵や災害というのはその……別のカイトとか、我の同種と交渉を行ったテラポラパネシオとか、ですか？

　別のカイトとは一体。

　あと、別の宇宙ウナギと交渉を行ったテラポラパネシオが存在したとしたら、それは連邦のテラポラパネシオとは別個体ということになる。連邦の宇宙クラゲにとっては待望の同族だが、同時にそれは敵ということになる。なんという悲劇だろうか。

　ともあれ、トゥーナにとって生命を脅かすものとは、自分を殺害できるものなのだろう。あるいは、自分よりも成長した宇宙ウナギか。

「はい。そういった危険から、あなた方宇宙ウナギを保護するのが我々の願いです。同意していただけますか？」

「あ」

　カイトは思わず頭を抱えた。この苔類、やっぱり理解していなかった。ゴロウを通じて公社に連絡なりレポートなりが届いているはずなのだが。

　トゥーナはすぐには反応しなかった。言っていることの意味が理解出来なかったのだろう。しばらく無言でいたのは、言葉の意味を取り違えないよう、じっくりと考えていたからに違いない。

　それでもトゥーナは直接の明言を避けた。パルネスブロージァにではなく、まずはカイトに聞いてくる。

――カイト。我の勘違いであれば指摘して欲しいのですが、こちらはその……。我と我の同種を両方生かしておきたい、と言っているのですか？

「そう、なりますね。驚くべきことに」

「はい！　そしてゆくゆくは繁殖して、希少ではない、たくさんの宇宙ウナギに泳いで欲しいと思います！」

　言ってしまった。一番駄目な答えを。

　そもそもそんなにたくさんの宇宙ウナギが一か所に発生したら、周辺の惑星は大体食い散らされてしまうのだが。

――カイト？

「ええ」

――こんな愚かな話をさせるために、あなたはこれを連れてきたのですか？

　一気にこれ呼ばわりになった。無理もない。カイトもちょっと、援護の方法が思いつかない。

　パルネスブロージァもトゥーナの機嫌が急降下したのは察したらしく、慌てた様子でこちらに意識を向けてくる。

「この前、あなたが吹き飛ばしてしまった船団の主人がこちらなんですよ。こちらの目的は一貫して、あなたを保護したいという話でしてね」

――ええと、あのぴかぴかと光をこちらに向けてきた？

「そうそう」

――はあ。我を保護……？　なるほど。

　一応、本人が反省していた事件を盾に、クールダウンを図る。

　どうやらトゥーナも思い出したらしく、一旦落ち着いてくれた。だが、これ以上はパルネスブロージァと話すつもりはないようで、剣呑な言葉を一言だけ。

――吹き飛ばして正解だったかもしれませんね。

「まあまあ」

***

「唯一の完璧な個体となるために、同種同士で殺し合う……？」

「ええ。ゴロウ・サイトー先生からレポートが届いていると思いましたが」

　交渉が決裂に終わって、クインビーでラディーアに戻る途中。

　カイトはあまりにも事情を分かっていなかったパルネスブロージァに、事情の確認を行っていた。

　実際、記事では宇宙ウナギの同種同士で殺し合う生態については触れていなかったと記憶している。理解しにくい感性だと判断されたからだ。一方で、ゴロウはラディーアに乗っていることもあって、その辺りの説明は一通り済ませている。彼は彼でそういう生態では種族規模での保護は無理だと結論を出して、詳細なレポートを送ったと聞いた。

　それでもなお保護と言い張るあたり、パルネスブロージァは本当に頑固なのだなと思っていたカイトなのだが。

「ゴロウ・サイトー研究員のレポートですか。観察船団からのレポートは何通か来ていましたし、目を通したはずですが、彼のレポートを読んだ覚えがありません」

「観察船団からのレポートですか？」

「ええ。光に反応して攻撃してくる生態などから、個体としてはあまり賢くない可能性が高いと。一方で連邦はその攻撃性を抑制させることに成功したから、感応によって多少の意思の疎通は可能なのかもしれないと書かれていました」

「ふうむ」

　少々偏りがある書き方だな、と感じる。

　連邦が対話に成功したことを無視して、テレパシーで制御下に置いたならその書き方でも間違っていないが。

　そこまで考えて、ふと気づく。

　公社側では、超能力による対話が出来るスタッフがいなかった。あまつさえ、その前のやらかしが原因で対話の間は隔離されていたのだ。

　なるほど、連邦が秘密裏に行った実験で宇宙ウナギを支配下に置いたと思い込んだのか。陰謀論思考、宇宙にもあったのだなあとちょっとばかり感慨深い。

「提出は済んでいるはずなので、探してもらった方が」

「ええ、本体がいま指示を出しています。……ああ、来ました。どうやら意図的に後回しにされていたようですね。ええと」

　どうやら本体とは離れていても情報の共有を行えるようだ。この辺り、テラポラパネシオとパルネスブロージァの共通点を感じる。

　ラディーアの港湾部に着陸する寸前。

「何ですかこれはーっ！」

　パルネスブロージァの怒りの感情が、カイトの脳をほんの小さく揺らした。