意思持つ苔類

 パルネスブロージァ。公社の社長であり、テラポラパネシオも認める、銀河で最も希少な生物。

 まるで壊れたブリキのおもちゃのような動きには不思議と愛嬌もある。握手のつもりなのだろう、差し出された脚を持ったカイトは、パルネスブロージァのボディに視線を投げる。

 脚が出ているほかは、何もない。攻撃に使えそうな武装もなさそうだ。ボディには何かが入っているようだ。緑色の、何か。


「……植物?」

「ハイ。ワタシハぱるねすぶろーじぁ。あーすりんぐデアルアナタタチノニンシキデイウ、コケルイニチカシイセイブツデス」

「苔類?」

『厳密には他にもいくつかの植物の要素が複合した生物と言うのが正しいのだが、主としてそういうものだ。パルネスブロージァは知性体として思考できる程の知性を持った植物。パルネスブロージァ種の唯一の個体だよ』


 宇宙クラゲの説明に驚いていると、パルネスブロージァから機械音ではなく流暢な言葉が届けられた。


は『私』の中で最も強い感応能力を持った部分です。少しは聞き取りやすくなりましたか?」

「そ、それはもう」

「この身の感応能力はテラポラパネシオの方々と比べれば極めて弱く、こうやって近寄らなければなりませんし、素質のない方には元より伝わりません。ままならないものです」


 どうやらテレパシーの応用によって、機械音から流暢な言葉が聞こえるようにしたものらしい。だが、それは同じく超能力を運用出来る相手でなければならない。

 なるほどと頷いたところで、何故パルネスブロージァが超能力研究会とかいう胡乱な組織の外部役員をしているのかに思い至る。


『気付いたかね、カイト三位市民エネク・ラギフ。パルネスブロージァは知性体ではあるが、植物であるから通常の身体改造が行えない。そのため、旧式の装置で行動を補っているわけだ』

「では、このテレパシーは」

『自前だ。そういう意味では、進化の方向性は違うがパルネスブロージァは我々テラポラパネシオに近しい生物だと言うことができるだろうな』

「テラポラパネシオの方々と比べれば、比較にならないほどに弱い力ですがね」


 銀河は広い。カイトはつくづく思う。

 サイキック宇宙クラゲに出会ったと思ったら、今度はサイキック宇宙植物だ。植物と会話するという貴重な経験に対する好奇心が、厄介ごとへの危機感を上回っていく。


「聞いていただけますか。私がどのようにして連邦に拾われたのか」

「ええ、ぜひ」


***


 パルネスブロージァの故郷である惑星は、簡単に言うと『植物が強い』星であったようだ。動物が発生した最初期に、一部の植物がそれらの動物に胞子を埋め込み、自分の繁殖に利用したことにより順位付けが行われたようだ。

 動物は知性の発達を極端に抑制されたまま進化し、植物が王、動物が奴隷という惑星として発達していったようだ。

 そんな中で、周囲の環境と隔絶した高山地帯の盆地に、パルネスブロージァの元となる苔が繁殖を開始した。

 外敵も、奴隷の干渉もない、完全な隔絶地。極めて永い時間をかけて成長を続けた苔は、時折飛んでくる他の植物の種や胞子を捕食しながら植物の層のように積み上がっていく。


『その間に、どうやら知性的に思考出来る部位を獲得したようだ。とはいえ、他者との接触もないパルネスブロージァの知性は生存以外に目的を持たなかった』


 生存と拡大に極めて有利、かつ孤独な環境であったことが、パルネスブロージァの進化を無垢なものにした。とはいえ、そのまま彼らが進化を続ければ、いつかは自力での移動を可能にするような進化を果たしたかもしれない。

 パルネスブロージァが単独の種となった原因は、彼ら自身にもまったく関係のない理由だという。


『連邦がパルネスブロージァの住んでいた星を発見したのは、未開惑星への入植がまだ合法だった時代だ。元々は移住のために、連邦はその星の観測を始めた』

「……では、それで滅亡を?」

「いえ。そうではありません」


 また連邦の罪が関わるのかと、カイトが恐る恐る宇宙クラゲに質問すると、それを否定したのは当のパルネスブロージァだった。


「天体の衝突による、大量絶滅。それが私の星が滅んだ原因です」

「衝突……隕石ですか?」

『ああ。地球でも小惑星の衝突による大量絶滅があったはずだな? あれよりも遥かに巨大な小惑星が、衝突するという計算結果が出た』

「それは」


 どうにかして破壊したり軌道を逸らすという方法を取ろうと考えなかったのか。疑問を口にする前に答えたのは、宇宙クラゲの方。


『無論、その天体を破壊することも考慮された。だが、連邦もまだ未成熟な組織だった頃だ。入植前だったこともあり、その提案は却下された。当時の連邦はまだ、他の天体への救助などに前向きではなかったのだ』


 資源や寿命から、恒久的に解き放たれる前の連邦史。まだ高潔ではなかった頃、とでも考えれば良いのだろうか。

 今の連邦の方針を考えると違和感があるが、こういった出会いや別れを経て今の連邦になったと考えるしかないのかもしれない。


『衝突が間近に迫った頃、我々のいち個体が星の生物をサンプルとして回収すべきか確認すべく飛び回っていた。動物に胞子を打ち込んで奴隷化するような植物だらけの星だったからな、ほとんどはサンプルにもせず放置していた』


 なるほど、当時の連邦が星を見捨てた理由もその辺りにあるのかもしれない。古典SFホラーでそういう題材のやつがあったような気もする。

 だが、テラポラパネシオはパルネスブロージァだけを連れ帰った。その理由に何となく思い当って、カイトは視線をパルネスブロージァに向ける。


『サンプルとして連れ帰る生物はなし。そんな結論を出して星を去ろうと思った時だった。弱々しいが、確かに感応したのだ。植物の声に』

「それが私でした。空の果てから迫ってくる、不穏な死の気配には私も気づいていました。死にたくない、まだ生きたい。そんな思いをただ繰り返していたような気がします」

『その思考を受け取った我々は、山間部に存在するパルネスブロージァを発見し、考えるまでもなく保護した。しばらくして、その星は計算通り小惑星の衝突を受けて全ての生物が絶滅、公転軌道も変わって恒星に飲まれた』

「私は連邦の市民権を得て、植物で唯一の連邦市民として生活を始めたわけですね」


 結果、パルネスブロージァは失われた星唯一の生き残りとなり、同時に唯一の知性ある植物となったわけだ。

 パルネスブロージァと宇宙クラゲの距離が近しい理由も何となく分かった。当時の宇宙クラゲにとって、比較的共通点の多いパルネスブロージァは随分と心の支えになったのだろう。

 そして、パルネスブロージァが公社を作った理由も。


「私はテラポラパネシオの方々から保護されたことで生き永らえました。この喜びと感動は、今でも忘れられず残っています。ですから、私も同じ境遇の命を一つでも多く助けたい。その想いで公社を作ったのです」

「そういうことでしたか」

「はい、カイト三位市民。あなたも希少種族として保護の対象ですが、あなたは公社の保護を希望しますか?」

「いいえ。僕は連邦での生活が性に合っています。お気持ちだけいただいておきますよ」

「そうですか。貨幣経済の社会で過ごしてきた知性体には、連邦よりも公社の方が居心地が良いと仰る方もそれなりに居るのですが……」

「ええ。僕は地球人の中でも特殊な一部ですので」

「いえ、それだけの力を持っているのですから、連邦に馴染むのかもしれませんね。私の提案は忘れてください。ですが、あなたとは出来れば良い友人になりたいと思います」

「ええ、それはぜひ」

「感謝します」


 繋いでいた脚が離れる。

 離れたので機械音に戻るのかと思ったが、パルネスブロージァの声は流暢なままだった。どうやら話をしながらテレパシーの調整を続けていたものらしい。見た目と違って器用なものだ。


「さて、それではカイト三位市民と出会うという第一の目的は果たしました」

『うん?』

「それでは第二の目的です。星喰ほしばみ……、私もあの巨大生物との対話を希望します」

『何だって?』

「仕方ありませんね。感応によってのみ対話が可能だというのですから。公社で感応での対話が可能なのは私だけ。ここに来る必要性が増えてしまいました」


 おっと予想外だ。

 まさか公私混同の公の用件もしっかり用意してきていたとは。

 だが、どことなく嬉しそうなパルネスブロージァの様子に、もしかすると出歩くのが好きなのかなと感じるカイトだった。


「対話、ですか。それはまた何で」

「保護ですよ、保護。連邦と友好関係になるのは自由ですが、保護を受け入れるかどうかはまだ聞いていませんからね!」


 あ、これは思ったより頑固かもしれない。

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