トゥーナ氏、惑星に興味を持つ

 いささか非合法な気がしないでもない経過を経て、宇宙ウナギは正式にトゥーナと呼ばれることが決定した。連邦の運営や未来に関わらない決め事だと、宇宙クラゲはカイトの意向を優先する傾向が生まれてしまったらしい。今後はあまり大事ではない投票については棄権しようと心に決めたカイトである。

 さて、新たな名前を伝える役割はカイトに委ねられた。ここまでの経緯を考えると、ぐうの音も出ないほど妥当な人選である。


――やあ、カイト。何かありましたか。

「ええ。ちょっとご相談が。あなたのこれからの呼び方をトゥーナとさせていただきたいのですが」

――トゥーナ、ですか。

「ええ。連邦の公募という選出方法で決まりました。連邦市民たちが出した意見に対し、どれが良いかと選ぶ方法ですね」

――ふむ。

「トゥーナというのは僕の故郷……地球という星で偉大なる存在があなたに似た姿を取った言い伝えにあった名前です」

――言い伝え、というのはよく分かりませんが、偉大な存在が我に似た姿を取ったというのは良いですね。


 思ったより好感触だ。

 神という概念を理解出来るか分からなかったので、偉大なる存在と言い換えたのが良かったか。


――分かりました。今後、君達の間で我を呼ぶ時はトゥーナと呼んでもらって結構です。

「助かります」


 良かった。嫌がられなかった。

 ほっと息をついたところで、宇宙ウナギ改めトゥーナが問いかけてくる。


――ところで、カイト。君の故郷には我に似た姿の生物が存在するのですか。

「え? ええ」


 宇宙クラゲの時にも思ったが、宇宙生物は何故こうも似たような姿の生物に興味を持つのだろうか。

 ともあれ、トゥーナは随分と興味を搔き立てられたらしい。


――君の故郷ということは、我と比べても随分と小さいのでしょうね?

「それはもう。だいたいこれくらいですよ」


 三十センチくらいの幅を作ってみると、トゥーナは思わずといった風情で顔を近づけてきた。近い近い。ラディーアにぶつかる。


――そんなに小さい!? ゆ、有機生物なのですよね。

「有機生物ですよ。僕は食べたこともあります」

――た、食べる! お、おお……なんという。野蛮ですよカイト。


 同種と殺し合って共食いをする種族がそれを言うか。

 多少呆れながらも野蛮と言われたことをスルーし、横にいたエモーションにちらりと目を向ける。頷くエモーション。


「画像があると思いますけど、見ます?」

――ぜひ!


 過去一番の規模で眼球を露出させたトゥーナに、地球ウナギの画像を見せる。


――お? おぉ……!?


 電気ウナギからニホンウナギ、ヤツメウナギといった変わり種まで。途中にアナゴが交じっていたような気もするが、まあ宇宙ウナギから見れば大差はないだろう。


――な、何でしょう。この、湧き上がる衝動は。同種には感じたことのない、心が緩むというか。ああ、何といえばいいのか!

「守りたい、ですか?」

――守りたい……? そう、それです! その言葉が最もしっくりきますね!


 まさか宇宙ウナギが地球ウナギに庇護欲を抱くとは。

 珪素生命体同士は殺し合う本能が存在するそうだから、似ている生命に対して温かい感情を抱くことはなかったはずだ。小さく弱い生物への庇護欲など、これまで発生したことなどないのだろう。身もだえするトゥーナにかける声が見つからない。

 それにしても、交歓したがる地球クラゲに庇護したがる地球ウナギ。何だか凄いな地球生物。


――カイト!

「はいはい」


 こういう時に相手が何を言い出そうというのかは、宇宙クラゲで十分に学んだカイトである。

 穏やかに、にこやかに。


――我はぜひこの地球ウナギに会いに行きたいのですが!

「トゥーナは大きすぎるから駄目です」


 その申し出を却下するのだった。


***


『どうにかしてくれないか、カイト三位市民エネク・ラギフ


 交渉役のテラポラパネシオから苦情が出たのは、それから三日ほど経ってからのことだった。あれからちょうど十食ほど食べているから、そんなものだろう。

 トゥーナはカイトに却下されて以後、ずっと落ち込んでいるのだ。交渉役として来ている以上、そういう状態の相手と対話をするのは疲れるのだろう。

 しかし、カイトにしても言い分はある。トゥーナが地球に来たがったことが原因である以上、ほかに回答のしようがない。


「そうは言いますがね。あんな巨大生物が宇宙から降りてきたらどうなります? 地球環境が悪い方向に激変しますよ」

『む』

「トゥーナが来たせいで地球のウナギが何種か絶滅した、なんてことになったら今の落ち込みようの比じゃなくなる気がしますが」

『そ、それも一理あるが……』


 珍しい、宇宙クラゲが言い淀んでいる。

 ぷかぷかと空中を遊泳し始めたから、この件に関する同種の意見を求めているのだろう。

 しばらくして、諦めたように降りてきた。


『……確かに他の個体も同意見のようだ。カイト三位市民の意見が正しい。だが、このままでは交渉が進まないぞ』


 どうしたものか、と悩む交渉役。と、横で会話を聞いていたエモーションがポンと手を叩いた。


「ちょうどいいじゃありませんか。この前の提案を伝えてみては?」

「この前の……って、スペアボディの件?」

「ええ。協力に前向きになってもらった方が研究も進めやすいでしょう?」

『頼む。ぜひ聞いてみてほしい。そうすれば色々と捗るのだ!』


 いつも泰然自若としているゾドギア代表や議員と比べると、交渉役は仕事が出来る割に気持ちに余裕が足りないように感じる。

 やっぱり思ったより個性があるな宇宙クラゲ。


***


――やります! ぜひその実験に参加させてください!


 結論。超乗り気でした。

 地球ウナギや惑星の環境に影響を与えないサイズのスペアボディを作って意識を移してはどうか、という突拍子もない提案に、トゥーナは一も二もなく飛びついた。

 それでいいのか宇宙ウナギ。

 軽く頭を抱えながら、本人が良いならいいやと後の話を交渉役に放り投げる。あれこれと滞っていた決め事を高速で決め始めた両者から軽く距離を取り、エモーションに苦笑を向ける。


「上手くいったね。これ以上ないくらい」

「ええ。テラポラパネシオの皆さんのこれまでの様子から、こうなることは予想出来ていました」

「そりゃ凄い。僕はまったくピンとこなかったよ」

「私たちが思っている以上に、宇宙という環境は孤独を生物に強いるのでしょうね」


 誌的な表現だ。

 だからこそ連邦や公社といった枠組みがあって、種族の垣根を超えて社会を構築させているというのであれば、宇宙という寂しい空間にもそうである意味があるのかもしれない。


「これで少しは上手く進んでくれるかな」

「トゥーナ氏は地球のウナギを判別出来ているようでした。共通点があれば記憶することが出来るのかもしれませんね」

「そういえばそうだね。その辺りから有機生物への理解を深めてくれると嬉しいけど」


 そういえば随分ウナギを食べていない。

 久しぶりに食べたいなと思いつつ、ふと別のことが気になったカイトは、何の気なしにエモーションに問いかけた。


「そういえば、地球以外の惑星にもウナギに似た生物っているのかな」

「ええ。不思議とクラゲに似た生物は発見されていないようですが、ウナギや蛇に似た生物であれば、それなりの星で観測されたデータ……が」


 特に意図したものではない、単なる雑談。答えたエモーションが言い淀んだのは、向けられた視線によるものだ。

 だが、これを視線というにはあまりに強い。

 押し潰されるような圧力を向けられて、カイトも思わずそちらに目を向けた。


――何ですって?


 トゥーナの単眼が、ぎらりと恒星の光を反射したような気がした。


『カイト三位市民、今は交渉中なのだが』

「……誠に申し訳ありません」


 テラポラパネシオからの冷たい思考の波は、初めて向けられた気がする。

 なお、トゥーナからの要望に、連邦の管理している惑星を回っての『ウナギ観覧ツアー』が追加されることとなった。


『というか、かつての我々もこうだったのか? もしかして』

「……論評を避けさせていただきます」

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