一方、蚊帳の外に置かれていた公社は
順調に連邦がトゥーナとの親睦を深めていた頃。ラディーアの一室に拘留されていた公社の研究者たちは公社との連絡を取っていた。拘留と言っても外出を禁止されているだけで、公社本部との通信は遮られていなかったためである。
その中で最も地位の高い研究部の部長が、通信を終えて顔に喜色を浮かべた。
「良かった。本部が動いてくれるらしい」
「本当か!」
「ああ。ホシバミを保護に向かっていた船団の壊滅について、あちらも疑問を持っていたようだ。もしかすると社長まで来られるかもしれないと仰っていた」
「社長が!?」
「それだけ今回の連邦の横暴が、重大な事案だと感じていたのだろうな。どうにかしてホシバミの管理権をこちらのものにしたいところだが……」
不穏な会話を続ける彼らも、壁がずれる気配に一斉に口を閉じる。
現れたゴロウは突然静まり返った部屋に怪訝な顔を見せたが、特に追求することなく部長に声をかけた。
「ホキオヅ部長。皆さんの拘留が解除されることになりました。しばらくしたら船の返却と部屋の用意が完了するそうですよ」
「ほう? 本部が動いてくれると聞いたが、こんなに早かったのか。流石だな」
「本部?」
「君が気にすることではない。用件はそれだけかね?」
「ええ。研究機材を取りにきたついでですので」
「そうか。ご苦労だった。もう行っていいぞ」
「はあ。それでは失礼」
特に感慨もない様子で部屋を後にするゴロウ。壁が両者を隔てた瞬間、部長――ホキオヅは憎々しげに表情を歪める。
カイトや連邦に協力するゴロウは、彼らの中で裏切り者であるかのように扱われていた。
「アースリングはアースリングとつるむのだな。連邦にすり寄りおって」
「いえ、部長。公社の大半のアースリングは連邦を信じておりませんよ。あのカイトというアースリング、元の星では随分な犯罪者だったようで」
「ふん、そのような者を重用するのが連邦か。銀河に名高いと言っても、品性はその程度なのだな」
ホキオヅを始めとしたスタッフはすべて、公社に拾われた希少種族である。特に、かのディーヴィン人の手によって滅びた惑星の出身者は地球人以外にもそれなりの数がいた。彼らはディーヴィン人によって滅びゆく母星から脱出した後、マーケットで非合法に売買された人身売買の被害者でもある。
公社で施された教育によって、自分たちがディーヴィン人の掌の上で良いように転がされていたことを知るわけだが、不思議とあまりディーヴィン人に恨みを持つものは多くない。何しろ、自分たちの歴史に干渉されたという事実よりも、自分たちがディーヴィン人たちによって滅びる星から逃がしてもらった事実の方が直接的なのだ。中にはディーヴィン人たちが過去の無法を悔い、滅びかけた自分たちを救うことで贖罪を行ったのだと解釈する者もいる。
そんな彼らにとって、ディーヴィン人を正面から打ち破ったカイトは、自分たちが出来なかったことをやり遂げた憎らしい人物なのだ。
カイトを悪しざまに吹聴するマクドネルの言葉があっという間に広まったのも、こういった要素が公社内部に蔓延していることも大きかった。後に暴露されたディーヴィン人たちの身勝手な考えすらも、連邦が自分たちを正当化したいがために脚色したのだと思っている者も多い。
とかく、宇宙に出ても人の多くは自分が信じたいことだけを信じたいように信じるものであるらしい。
***
「馬鹿な、ホシバミと既に意思の疎通が出来ているだと……!?」
拘留が解かれ、用意された部屋で情報収集を行っていたホキオヅが愕然とした顔で端末にかじりつく。
連邦本部が銀河に発布した『宇宙ウナギとの意思疎通に成功、新たな友人との対話を経て、連邦議会は新たな時代の到来に期待する』という記事。
生態などの詳しい内容はさすがに書かれていなかったが、記事は喜色に満ちた文面が躍る。写真はラディーアのものだけで、宇宙ウナギなる生物のものはない。
ナミビフ恒星系で惑星観察を行っていた人工天体ラディーアが、恒星系に飛来した宇宙ウナギと初の意思疎通に成功と書かれている。宇宙ウナギという単語が何なのかは分からないが、場所と時期を考えると宇宙ウナギとはホシバミであることは間違いない。
友好関係を結べるほどの高度な知性を保有していることを確認し、連邦議会は近く法改正を実施すると発表した。なお、この一件については、地球より来たカイト
「ふざけるなよ、こんな短時間でどうやってこんな……!」
ホキオヅはディーヴィンの手で生態を操作された惑星の中でも、二番目に滅びた惑星の出身だ。それなりに長期間公社で働いて、知識と経験については自負もある。
公社が自分を買い取った金額の返済は、ほぼ終わっている。返済が完了したら今度は自分のためにお金を貯めて、自身の船団を持ちたいと願っていた。そういう意味でも、今回の船団遠征には並々ならぬ覚悟と決意で臨んでいたのだ。
ホシバミと名付けられたあの個体を観察し、その論文や保護理論の構築で財を稼ごうと皮算用していた、そのすべてが水泡に帰した。
「友好関係を結べるほどの高い知性だって……? 宇宙を泳いで星を食うだけの巨大なグワスラが? 馬鹿げている!」
衝動的に端末を叩き壊しそうになって、慌てて拳を机に落とす。じんわりと伝わる痛みと、心に広がる不快感。
連邦が記事を出した以上、真偽はともかくホシバミを友好的な存在として扱い、あるかないか分からない知性を前面に押し出していくことだろう。
「そうだ。考えてみれば、あれに知性があるという話自体、向こうが持ち込んできた話じゃないか」
連邦は公社に先んじて、ホシバミを制御する方法を発見したのではないか。その実験を秘密裏に行ううえで、公社が邪魔だったから一計を案じて船団を壊滅に追い込んだ。
何の確証もない、ただの推論。いや、妄想とすら言えるその思考は、止める者がいないせいで誰にも止められることなく暴走していく。
ホキオヅは信頼の置ける研究者たちに通信を送った。自分の推論を送り、賛同を得た彼は仲間たちを自室に招く。
「さあ、忙しくなるぞ」
連邦の横暴を止めて、公社に利益を。学者の戦い方を見せてやる。
***
ナミビフ恒星系の外。
並の天体よりも遥かに大きな船が、ナミビフ恒星系を目指して宇宙を翔けていた。
オペレータが声を上げる。
「社長。ナミビフ恒星系が見えてきました。恒星系への影響を考えると、そろそろ停止の必要があります」
「ヨシナニ」
「了解」
テラポラパネシオが放つのとはまた違った、機械的な声。
指示を受けたオペレータたちが船内に指示を送り、ゆるやかに船の速度が減速していく。
ディーヴィンから買い取った高速移動技術は、公社船団の移動の根幹である。
「デハ、コノミモデマス。ツイテキテクレルカタ、ヨシナニ」
「護衛はお任せください。どうぞ我らをお見守りください」
「ハイ。ミナサマモ、ゴブジデ」
公社の社長もまた、極めて希少な生物である。巨体であることもそうだが、自力での移動が難しい生態であるために、交渉ごとなどでは専用の端末を利用する。
社長の端末を護衛する者たちは、社長だけでなく端末に対しても同様の忠誠を抱く対人戦闘のスペシャリストたちだ。
公社総旗艦『ヴォヴリモス』。クルーはすべて自分たちの買い値である借金を完済した後も、進んで公社に尽くしている古参の社員たちである。
「アタラシイデアイハ、イツダッテタノシミデスネ」
人工天体ラディーアを目指して、ヴォヴリモスから幾多の船が出航した。
カイトが三度目の、常識から外れた知性体との邂逅を果たすまで、あとわずか。
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