当事者の周りで事態は着々と進む
宇宙ウナギにまつわる諸問題は、連邦の新たな産業となったらしい。
宇宙ウナギの名前の公募に始まり、宇宙ウナギと意思の疎通が出来るツールの開発、宇宙ウナギの巨体を収容できる拠点の開発まで。
なんと連邦には、言語による意思の疎通が出来ない種族と会話するためのツールが既に存在するのだとか。宇宙ウナギに装着出来れば楽なのだろうが、何しろあの巨体だ。宇宙ウナギ用のものを新たに開発するより、連邦の船に今あるツールを改造した方が早いという結論が出たようだ。
ラディーアでことの推移を見守っているカイトの元には、何故だか地球人たちから『宇宙ウナギの個体識別名の案』が次々と送られてくる。どうやら推薦してくれという意図らしいが。
「コンスタント・ワンにグレートワン、スリザリオにグーレトシリコニー。マトロートにビッグカツ、トクジョー!? 何で一定割合で食べ物の名前が来るんだ? あとはOTSH? ……古代の伝説的なスポーツ選手ぅ? 何の共通点があってこんな名前をつけようって」
どちらにしても推薦するつもりはない。応援しなきゃならないだろう人物は、あれから自室に籠ってずっと唸っているからだ。
端末を閉じて、カイトは自分の部屋を出た。毎日のご機嫌伺いである。
「様子はどうですか」
――ああ、カイト。体内で同種の吸収が進んでいて、非常に心地よいです。
「それは良かった」
宇宙ウナギはラディーアの近くで体を休めている。
ラディーアの展望デッキからテレパシーを届ければ、何とも上機嫌な反応が返ってきた。
ストレスがないようなら何よりだ。カイトは同じく宇宙ウナギを見上げていた交渉役のテラポラパネシオに振り返る。
「進捗は思わしくないようですね?」
『うん。やはり向こうも個体の識別が難しいようだ。我々やカイト
「このままにはしておけませんね。連邦以外の勢力が現れた時に、見分けがつかないと困ります」
『うむ。唯一の個を目指す種族という存在の本質がこういうものだとはな』
ここで最大の問題として立ちはだかったのが、互いの識別方法だ。
テレパシーでやり取りを出来る個体のことは判別できるようだが、それ以外は全て同じようにしか見えないというのだ。かれの眼球は急所でもあるらしく、常時出しておくとかなりのストレスであるらしい。普段体内に収納しているのはそのせいだという。色や温度、光などはその状態でもぼんやりと分かるようだが、個体の判別までは難しいと。
連邦としても、判別の為だけに急所を毎度さらけ出せというのも良くないとして、どうにか他の方法を模索している。
「とはいえ、何も身に着けられないというのであれば何か工夫を考えないと」
『自分以外は全て敵、という考えならばあの生態は合理的なのだが。ううむ』
宇宙ウナギ側にも問題があった。かれ専用の意思疎通ツールを開発しないことになった理由にも通じるのだが、宇宙ウナギは体表に付着した異物を消化吸収する生態があるらしい。クインビーの働きバチを吸収したのもそういう性質が原因だったようで、かれ自身を判別できるようなものを装着させることが出来ない。
このままでは、宇宙ウナギにカイトかテラポラパネシオが常に同行しなくてはならないことになる。それは避けたい。
「何か方法があると良いのですがね」
『一応、完全休眠状態の時には吸収しないそうだ。手近な惑星に潜り込んで、巣のようにして休むのだと』
「まさに巣穴ですねえ……規模がとんでもないですけど」
惑星そのものを巣穴にする生物。とはいえ、休眠状態なら消化はしない。
その辺りを上手くやれれば可能性も生まれると思うが、どうすれば良いかピンとこないのも確かだ。
カイトはすぐ後ろに佇んでいる相棒に、何かヒントでも出してもらえないかと声をかけた。
「何かアイデアはあるかい、エモーション」
「宇宙ウナギの生態に関しては専門外ですので、何も。ですが、あちらからこちらを識別する方法については多少のアイデアが」
『ほう』
テラポラパネシオも興味を持ったようだ。
続きを促すと、エモーションは何故か右手の人差し指を立てた。
「個体識別が難しいのは、互いの生物としての規模が違い過ぎることに一因があると考えます」
『うむ、その観点は我々も持っている』
「では、私のように別のボディを用意し、そちらに意識を移植するというのはどうでしょうか」
「ふむふむ……うん?」
何か聞き捨てならない言葉を聞いた。意識の移植とは。
首を傾げてエモーションを見る。エモーションも何が分からないのかと、眉根を寄せて首を傾げた。
「いや、エモーションさん。意識の移植とか簡単に言うけれども」
「可能では? 私も元のボディから新しいボディに意識を移植したようなものですよ」
「いや、僕が自分の意識をリティミエレさんやゴロウ先生と取り換えるようなものでしょ? 難しいんじゃないかな」
何やらエモーションには一定の成算があっての発言らしい。
だが、カイトにはそんなことが出来るとはとても思えなかった。
ちらりとテラポラパネシオを見ると、ゆらゆらと空中に浮かんで一言も発していない。駄目だ、宇宙クラゲの考えは読めない。
「それが出来そうだという根拠はあるのかい」
「有機生命体の皆さんは難しいかもしれません。ですが、宇宙ウナギは私のような機械知性を、本能的に敵と認識しています」
「そのようだね」
「宇宙ウナギにとっての敵は、同種ですよね。かれらは金属生命や機械知性を、広義の同種と判別しているということになります」
「だから機械知性が出来るようなことは出来る可能性があるって? ちょっと無理筋じゃないかと思うけれど」
とはいえ、カイトも連邦の超技術を全て知っているわけではない。むしろボディを作り変えて今も情報収集を続けているエモーションの方が詳しいだろう。
自分には判断がつかないので、カイトはテラポラパネシオに話題を放り投げることにした。
「どうです? アイデアとしてはちょっと突拍子もないような気がしますが」
『うむ、失敗したら取り返しがつかないのは確かだ。だが、連邦を知ってもらうために小さなスペアボディを用意して、同じ目線で連邦を見てもらうというアイデアは実に合理的で面白い』
研究の価値はあるだろうと結んだテラポラパネシオが、ふよふよと空中を泳ぎ始めた。これは遠くの仲間と思考を共有する時の癖のようなものだと、最近ようやく分かってきた。
しばらくして、カイトたちの目線の位置まで降りてくる。
『やはり研究の価値あり、とのことだ。本体を休眠状態にして、スペアボディに意識を宿らせられればこれらの問題を解決できる可能性があるのではないか、と言っているよ』
やはり現場で実物を見ることは大切だな、と研究所の個体が言っていたぞという宇宙クラゲの褒め言葉に、エモーションも表情には出ていないが嬉しそうだ。
宇宙ウナギの巨体を見上げる。いつかかれを他の宇宙ウナギと見分けられる日が来るのだろうか。
そうしなくては失礼だとは思っているのだが、ちょっと自信がない。
***
さて、部屋に籠っていたゴロウであるが、どうにか締め切り前に名前の案を捻り出したようだった。
あとは、規定の階位以上の市民権を持つ市民が、提出された名前の中で気に入ったものに投票することで決めるのだ。意外とこういうところでも市民権のランクが必要なのだと、カイトは新鮮な驚きを覚えた。
今回は、
「これは確かに、高い市民権が欲しくなるよな」
アイデアを出すのは全市民に権利があるが、それを採用するのは上位層のみの権利ということ。アイデアを採用された者は市民権が上がることもあると言うから、中々よく出来ている。
さて、カイトは食堂で伸びているゴロウを見つけると、茶のような飲み物をテーブルに置いた。
「お疲れ、先生」
「ああ、キャプテン。ありがとう」
「結局どんな名前を提出したのさ」
「うん? 言っても構わないのかね?」
「別にいいんじゃない? 僕が持っているのは所詮一票だしね。決定に深刻な影響はないよ」
「それもそうか」
むくりと体を起こして、茶のような飲み物を一口飲む。レモンティー? と口の中で呟いている。
「トゥーナという名前を提案した」
「トゥーナ?」
「ある部族の神様の名前でね、ウナギの姿を借りて現れるという。神話では首を切られるとか物騒だが、まあこれ以上のアイデアは私からは出ない」
まるでツナのようだ、とはさすがに言わなかった。
「ちなみに原典ではトゥナという。さすがにツナに近すぎるからちょっとアレンジした」
「あらま」
言うまでもなかった。
「了解。じゃ、僕はそれに投票することにする」
「本当か?」
「まあね。宇宙ウナギって名前を連邦に広めてしまったことについては、僕も責任を感じてないわけじゃないんだよ」
苦笑を漏らすと、ゴロウもまた笑みを浮かべた。
「それは本当に責任を感じてくれ」
「すいませんね」
カイトもゴロウも、この時は知らなかった。
特にこだわりのないテラポラパネシオたちが、特に何も考えずにカイトが投票した名前に同じように票を入れることを。
結果として、宇宙ウナギの名前はカイトが投票したものがそのまま決まってしまうことを、この場で笑い合う二人は考えもしなかったのである。
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