個体識別名を決めようじゃないか(公募)
宇宙ウナギとの友好関係が出来た結果、他の宇宙ウナギとの全面的敵対が決定しました。不思議なことですね。
連邦議会では特に問題なく受理されたらしい。カイトが連邦に受け入れられた時と同様、最初にコンタクトの取れた個体を優先するという方針は宇宙ウナギにも適用されるものなのだとか。
さすがに市民として受け入れるには色々と問題があるので市民権までは付与しないそうだが、さすが種族の自由と権利を守る連邦。理念が太い。
『というわけで、あなたは我々連邦が友好的な存在と認定する、唯一にして無二の宇宙ウナギとなる。あなた以外の宇宙ウナギは積極的に撃滅し、友好の証としてその亡骸をあなたに寄贈することを約束しよう』
――感謝します、小さき方々よ。これからもよろしく。
交渉役として派遣されてきたテラポラパネシオのテレパシーに、宇宙ウナギが応じる。ありがたいことにカイトにも受信できたので、テレパシーでの会話が出来る知性体であれば宇宙ウナギとの会話が出来ること、会話の内容を第三者に保証してもらえることが証明されたと言えるだろう。
その知見が、果たしてどの程度役に立つのかという問題はある。
『ひとつ確認しておきたいのだが。我々はあなたという宇宙ウナギを友人として扱うわけだが、次以降に出会った宇宙ウナギが、他の個体との戦闘を望まないと言った場合はどうしたら良いか』
――それは戦略的な嘘だと考えるべきでしょう。唯一にして完璧な個を目指すという本質を失った個体が存在するのは自由ですが、他の個体はそんな相手の思考を考慮するはずがありませんから。
そもそもそんな個体の存在はありえないと思いますが、と結ぶ。
宇宙ウナギの答えは端的だった。かれらが他の種族との対話を前提としていない生態であることも説得力に拍車をかける。
交渉役のテラポラパネシオも同意見のようだ。船体からカイトと同様に体を露出させ、触腕を伸ばす。
『成程。我々は友人となったあなたの権利と自由を尊重する。あなたの同種の意向によってあなたに危機が及ぶことは望まないので、この場であなた以外の全ての宇宙ウナギを敵とすることをここに宣言する』
――感謝します。我は最初の友人であるカイトと、その友人であるレンポウの小さき生物たちを困らせないように行動すると約束しましょう。
ようやく仕事が終わった。
あとは連邦の偉い人たちに任せてしまえば良い。肩の荷が下りたなと何となく右肩をぐるぐると回す。
宇宙ウナギと宇宙クラゲの歴史的合意に同席したのはおそらく貴重な経験なのだろうが、何だか有難味が薄い。おそらく宇宙ウナギをその名前で公認させてしまったことと無関係ではない。
一仕事を終えた安心はテラポラパネシオの方も同じだったらしい。何やら触腕をくゆらせると、カイトに気安く語りかけてくる。
『我々の次は宇宙ウナギか。カイト
「ええ、本当に」
頼りになる友人ばかりなのだが、それが自分の主観では海産物ばかりなのは何かの暗示なのだろうか。前世は魚介類とかじゃないよなと、割と真剣に悩むカイトだった。
***
さて。連邦による宇宙ウナギとの融和的共存は為された。同時に、他の宇宙ウナギとの永続的敵対が決まったとも言える。
状況が進んだのは、明らかに良いことだ。しかし、状況が進むことによって新たな問題も発生するもので。
『さて、会議の議題は我々の権限で変更させてもらう。まずは宇宙ウナギの識別方法をどうにかしておきたい』
「了解です!」
宇宙ウナギとのコミュニケーションを図るためだった会議は、そのまま宇宙ウナギとの友好関係にまつわる諸問題を話し合う場へとスライドした。
新たに議長に就任した交渉役のテラポラパネシオが、同席しているメンバーに声をかける。最も返事が良いのはストマトだった。もしかして宇宙クラゲのファンなのだろうか。
識別方法。確かにカイトには、宇宙ウナギの見分け方は分からない。
公社側で唯一、会議に参加しているゴロウに声をかける。なお、他の公社のメンバーは拘束されて別の部屋に隔離されている。宇宙ウナギに光を当ててこちらの作戦を妨害しようとしたのが理由だ。
「先生、あれと他との見分け方なんだけど……」
「クラゲ……クラゲ……クラゲが喋っている……。資料では見ていたが、まさか本当に……」
駄目だ、使い物になりそうにない。地球人が突然宇宙クラゲを見るとこうなる場合が多いのか。リティミエレが警戒するはずだ。
宇宙クラゲリアリティショックを受けているゴロウが現実に復帰してくるのを待ちつつ(放置ともいう)、カイトは見分け方以前の問題についてふと気になったことを聞く。
「ところで、宇宙ウナギの食事対象の恒星系って、連邦から座標を指定して勝手に向かわせるんです? それとも、誰かが案内するんです?」
『む。カイト三位市民、そちらの課題を優先すべきだと思うか?』
「誰かがずっと同行して案内するなら、見分ける必要はないじゃないですか。食事場所を提示して勝手に向かわせるなら、一瞬でも目を離すわけですから、見分ける必要があると思いますけど」
『うむ。それは非常に良い着眼点だ』
そう言って、交渉役のテラポラパネシオは暫く言葉を止めた。おそらく連邦議会にいる議員にこの議題を投げているのだろう。やり取りが終わったらしいところで、何故か空中を理由なく泳いだ。
『議会からの返答を伝えよう。現時点では同行を考えているようだ。座標の伝達が上手くいくとも限らないし、宇宙ウナギが行き先を間違えて生命の住む恒星系に向かってしまった場合、責任問題になる』
「確かに」
『カイト三位市民の意見を採り、識別方法については後回しにしようと思う。異議のある者は?』
特に異論のある者はいないようだった。
というか、ラディーアのスタッフたちからの尊敬の視線が痛い。落ち着いて欲しい。識別方法は、どちらにしろ後で決めなくてはならないのだ。こちら側にしても、宇宙ウナギ側にしても。
『では次の議題だ。カイト三位市民、何か優先して決めることはあると思うかね?』
「え」
何故ここでそんなことを聞いてくるのか。いや、さっきの発言が理由なのは分かるけれども。
カイトは頭を抱えた。無茶ぶりが過ぎる。取り敢えずしばらく考えて、大して急ぎでもないが案をひねり出す。
「宇宙ウナギの個体識別方法は後でいいとして、個体識別名だけ決めませんか?」
「個体識別名、ですか」
「ええ。このままだと敵も味方も『宇宙ウナギ』ですから。援護なのか撃破なのか分からなくなるのは良くないのではないかと」
『ほう』
宇宙クラゲが再度停止。
いや、議会に通すほどの話題でもないんじゃないかな。
『では正式に、友好宇宙ウナギの呼称を決めることにしよう。カイト三位市民、良い名前はあるかね?』
「いやその、僕は宇宙ウナギという呼び方を決めてしまったわけですし。別の誰かの意見も公に募集した方が良いのでは」
『カイト三位市民は謙虚なのだな。ではこれは広く公募することにしよう』
公募。
こんなことを連邦全体から募集するのか。いかん、要らないことを言うとテラポラパネシオは際限なく話を大ごとにしかねない。彼らの永遠の友人という立場が、いささか不穏当なものに感じられてきた。
「こ、公募するなら後で決めましょう! まだまだ確認することありますよね?」
『そうだな。他に上がっている議題としては、宇宙ウナギの拠点をどうするかについて、超能力を使えない者でも宇宙ウナギと意思の疎通を図るための機材の開発についてのふたつが優先度が高いかな』
どう考えてもそちらの方が優先順位は高いです。
カイトは内心で深く深く溜息をついた。
***
現実に復帰してきたゴロウは、友好宇宙ウナギの個体名を決める公募に非常な熱意とやる気を見せた。
「私はやるぞ、キャプテン! どうにかあれの個体名を
「頑張ってね、先生。ところで」
「何かな、キャプテン」
「その呼び方、当の宇宙ウナギからは不評だからね」
カイトの発言に、ゴロウの動きが止まる。
錆びた機械のようにカイトの方を向くさまは、何だかちょっとばかり怖い。
「……何だって?」
「ええとね。『君たちは自分の食性を呼び名にされて嬉しいのか?』だってさ」
要するに、野菜食い、肉食いと呼ばれて嬉しいかという話だ。
カイトにしても非常に納得できる話だったので、一応ゴロウには伝えておこうと思った次第だ。
「先生は自分を『サプリメントイーター』って呼ばれたらどうなのさ」
「ぜ」
「?」
「全面的に考え直すことにするっ!」
蒼白になって自室に駆け込むゴロウを、カイトは生暖かい目で見守るのだった。
願わくば、彼の考え付いた名前が採用されますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます