たったひとつの完璧な個

 宇宙ウナギに過去の同族殺害の件を説明したら、いたく感激されました。

 わけが分からない。


――素晴らしい。カイト達は我の同種を殺害したのですね。

「え、ええ。その何が素晴らしいのか、僕にはちょっと心当たりがないのですが」

――我々は、完璧ならざる個が生み出した、無数の可能性。君達が惑星と呼ぶ岩石球を食べて成長し、いつか真なる完璧な個となるべくこの虚空をさまようもの。


 この訳の分からなさは、宇宙クラゲと出会った時に似ている。そういえば彼らも自分の常識では測れなかった。カイトは自分の頭の中の常識を一旦放棄し、宇宙ウナギの理屈に寄り添うことにする。


「完璧な、個ですか」

――はい。完璧かつ唯一の個になるべく。


 完璧かつ唯一の個。つまり、同種の全てを殺し尽くし、たった一体の宇宙ウナギになることが彼らの行動原理だということか。


「他の同種と出会ったら、あなた方は……」

――持てる全てを尽くして殺し合うでしょう。そして勝ったものが敗れたものの全てを貪り、より完璧に近づくのです。

「はあ。……そういう」


 要するに、宇宙ウナギにとって金属製の外殻を持っていたり、同種は全て敵という認識なのだろう。そりゃ光を当てようが何をしようが攻撃してくるわけだ。

 つまり、カイトは自分がクインビーの外に出て船体を操作していたからこそ、宇宙ウナギから敵ではないと思われたと。分かるかそんなもん。

 そうなると、今度は別の問題が出てくる。カイトは自分の所属している組織について、宇宙ウナギに理解させなくてはならないのだ。


「ええと。僕たちは連邦という集団です。あなたは僕たちと友好的な関係を結んでくれると考えてよろしいですか?」

――もちろんです、カイト。我は君の心の波長を気に入りました。君と行動を一緒にしている集団とは、敵対しないことを約束します。

「僕以外の有機生命体が全て僕と行動を一緒にしているというわけではありません。あと、あなたとあなたの同種を見分ける方法もあった方が良いですよね」

――我と我の同種を見分ける方法ですか。成程、君たちにとっては、我がカイトとカイトの同種を見分けるのと同じくらい難しいということですね?


 おっと、意外と物分かりが良い。宇宙ウナギも、ラディーアから出てきたスタッフとカイトが同じように見えていたのだなと納得する。さて、どうしたものか。


「うん、僕ひとりじゃ手に余るなコレ」


 カイトは善後策を検討すべく、一旦クインビーの中に戻ることにした。

 問題が大きくなった時は、出来るだけ多く巻き込むに限る。


***


「では、この提案も問題ないと?」

『もちろんだ。我々も持て余していたからな。放置するのもまずいと思って回収してあるが、それが友好の証になるのであれば止める理由はない』

「ありがとうございます」

『礼を言うのはこちらの方だよ、カイト三位市民エネク・ラギフ。かつての我々の失敗を帳消しにしてくれたばかりか、宇宙ウナギとの友好まで達成するとは。これでまた連邦議会の評価が高くなるぞ、友人として我々も嬉しい』

「はは、それはお手柔らかに」


 頬が引きつるのを隠すでもなく、議員のテラポラパネシオとの通話を終える。カイトの要望は、完全に全て通ってしまった。宇宙クラゲの信頼が重い。

 ともあれ、宇宙ウナギの扱いについては大筋で決まった。いつまでも待たせていても悪いので、取り敢えずクインビーの外に出る。


「もう少ししたら、僕以外にもコミュニケーションを取れるスタッフがここに現れます。それでですね」

――何でしょう?

「これまでに殺傷したあなたの同種の亡骸ですが、僕の仲間たちが研究のために回収して保管していました。よろしければ提供しましょうか」

――良いのですか!?


 おっと、食いつきは最高だ。

 もちろんと頷きつつも、事前の確認は忘れない。


「一部は研究用に破壊してしまったようですが、大部分は残っているようです。体内にあった高密度の球体については、破壊も干渉も難しいのでひとつを除いてそのまま放置していると。必要でしょう?」

――そう、その通りです! ひとつは破壊したのですか?

「ええ、最初に殺害した個体の持っていた球体だそうです。破損したものでも良ければ提供できますが」

――いえ、完全に破壊したのであれば構いません。愚かな個体の中には、あの燃え盛る球を食らおうとして燃え尽きたものもいるでしょう。全てを食べなくても、岩石球を食べ続ければ問題はないので。

「そうですか。それなら良かった」


 もう突っ込むまい。宇宙ウナギはそういう生物なのだ。自分に言い聞かせる。

 かれらのいう完全とはどういう状態なのか興味もあるが、聞くと時間がかかりそうなので止めておく。

 そういう大事そうな情報を聞くなら、自分以外にも背負う相手がいてもらわないと困る。

 話を逸らす意味も込めて、カイトは自分が会話の中で感じていた素朴な疑問をぶつけてみた。


「ところで、僕たちを食べようとは思わないんですね?」

――ええ、その必要がありませんから。我の同種を殺せる力を持つ生物。同時に、たとえ食べてもそれほど成長に繋がりそうにない小ささ。我に君たちを食べる理由がないのですよ。それに。

「それに?」

――君たちは、我を食べて完全を目指そうとはしないでしょう?

「ええ、それはまったく」

――同じことです。我は異なる命である君たちを食べようとは思いません。ですが、他の同種は違うかもしれません。異なる命だからこそ食べて、我とは別の成長を目指そうとするかも。


 それとなく、他の同種を貶めるのも忘れない。

 どちらにしろ、目の前の宇宙ウナギと友好的な関係を結ぶためには、他の宇宙ウナギとは自然と敵対することになる。

 連邦以外の組織が別の宇宙ウナギと友好関係を結んだ場合、おそらく引きずられて争う羽目になりそうな気がする。いや、宇宙ウナギと友好関係を結ぶというのがおそらく難易度最高級のミッションであるのだけれど。

 うむ、やはり独りで背負うには重すぎる。とっとと来てくれ宇宙クラゲ。


***


 仕事の出来る宇宙クラゲは、自分の船で宇宙ウナギの亡骸を曳航するという、最高の気遣いを見せてくれた。

 対話を始める前に、『取り敢えず召し上がってもらって』と宇宙ウナギにそれを差し出すのも忘れない。目に見えてそわそわとしていた宇宙ウナギを見れば誰でも同じ選択をするのかもしれないが。

 食事の邪魔にならないように少し距離を置く。

 豪快きわまりない食事風景からそっと視線を逸らし、クインビーの中に戻る。


『カイト三位市民』

「ああ、今回は助かりました」

『いやいや、気にしないでくれ。少しラディーアで休息を取ってきてはどうかね? あの量だ、宇宙ウナギの食事もしばらく終わらないだろう』


 確かに。ところどころ破損しているとはいえ、数頭分の宇宙ウナギだ。惑星の捕食にかけていた手間を考えても、ひと眠りする時間ぐらいはありそうだ。


「では、お言葉に甘えます。ちょっと頭を休めたい」

『うむ。我々もラディーアの近くにいることにする。食事が終わりそうになったら声をかけるよ』

「助かります」


 一声宇宙ウナギに声をかけようとして、やめた。一心不乱に食事している姿を見ると、たぶんこちらの声は聞こえそうにない。

 後ろは宇宙クラゲに任せて、ゆっくりとラディーアに戻る。操縦席の背もたれが今は不思議とありがたい。

 しみじみと、ぼやく。


「まさか、クインビーの外で生身を晒すのが意思疎通の第一条件とはね。誰もやらないわけだ」

『それが私にとっては一番びっくりです。いつか止めさせようと思っていたのに』

「浪漫の勝利ってやつかなあ」

『きゅるきゅるきゅるきゅるきゅる……』


 エモーションの不満の音が止まらずに船内に響く。

 カイトがエモーションと出会ってから最も長い不満の表明だった。

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