第二段階:虫刺されって痒いよね作戦

 公社の観察船団は、一旦ラディーアに受け入れることになった。

 宇宙ウナギの熱波がどのように放射されたのか、もっともよく見える位置にいたのは彼らだ。いち早くラディーアに戻っていたカイトは、公社の船の収容が終わったところでゴロウに会いに行った。


「災難だったな、先生」

「ああ、キャプテン。……今はこちらに来ない方が良いと思うが」


 ゴロウは流石に憔悴しているようだ。

 周囲の視線が厳しいのも関係しているのだろうが、カイトにしてみればそれどころではない。向けられる敵意には構わず、ゴロウに見解を聞く。


「そんなことを言っている場合でもないからね。あれが前に公社の船団を壊滅させた攻撃だと思うかい」

「……おそらくね。透過素材で出来ていた前面スクリーンは熱波によって瞬く間に溶解、ブリッジにいたクルーは一瞬で即死したようだ。あの攻撃が何であるかを把握できた者がいなかったのも納得できる」


 爆発を起こした船は捨て置かれて、エアニポルは食われた。それは大きさの所為だったのか、あるいは別の要因があったのか。

 そこについては分からないというのがゴロウの正直な見解だそうだ。周囲でこちらを睨んでいる生物学者たちも意見は同じらしく、推論をかぶせてくることはなかった。

 と、そのうちの一人がカイトに詰め寄りながら聞いてくる。


「知っていたのか?」

「何を?」

「あの攻撃が来ることをだ! 支社長たちを見殺しにした!」


 何を言うかと思えば。

 カイトは小さく溜息をつきつつ、首を横に振った。


「冗談ってことにしておくよ。あれは過去のデータからの推測に過ぎない。攻撃されるという確証はなかったし、僕が後ろで障壁を張ったのは万が一にもナミビフ6に影響が出ないように、念の為にしたことさ。それに、僕が可能性に気付いたのは君たちが陣形を展開した後だ。記録くらいは残っていると思うが、提出させようか?」

「気付いたなら、こちらに連絡出来たはずだ。そうすれば中止だって――」

「したと思うかい、そちらの支社長が」


 カイトの反問に、返事はなかった。いささか言いがかりじみていると思ったのだろう、視線を逸らして黙り込む。

 ひとまず、光による刺激が相手の攻撃性を助長するということは分かった。分かった内容に対して被害が大きすぎるような気もするが、やむを得ないと割り切るしかないのだ。

 だが、公社側では割り切れないものがあまりに大きいようで。今度は別の研究員が口を開く。


「障壁を、我らの船団の前で展開するという方法もあった!」

「それで僕に食われろってかい。それはあまりに無理筋じゃないかね」

「だが、あんたは無償で蘇生できるじゃあないか。こっちは有償なんだぞ、これまでに稼いだ分の半分が吹っ飛ぶんだ!」

「それで? 僕が食われればあの宇宙ウナギは満足して君らの仲間を生かしてくれたと思うのかい。で、僕が食われたことに関してはお見舞いの言葉でお終いか? 随分とこちらを安く見積もってくれた話だな、それは」


 睨みつけると、怯えたような表情を見せた。怖がるのであれば言わなければいいものを。

 だが、確かにこんな状態では建設的な話など出来るものではなさそうだ。ゴロウの言い分は正しかった。

 カイトは頭を掻きつつ、ゴロウの方に顔を向ける。


「先生、確かに今は近づかない方が良かったようだ。そちらで捉えた宇宙ウナギの映像などがあったら、落ち着いたらで良いからラディーアのスタッフに提供しておいてくれると助かる」

「あ、ああ。分かった」


 立ち去ろうとすると、背中に憎しみのこもった声が飛ぶ。


「公社と連邦の間で問題になるぞ、キャプテン・カイト。本部に報告させてもらうからな!」

「この件が終わった後なら、お好きにどうぞ」


 カイトは振り返らなかった。

 喧嘩を売ってくるというのであれば、存分に買って差し上げるだけのことだ。有償で蘇生した支社長も含めて、丁寧にすり潰して差し上げよう。


***


 さて、公社の邪魔が入らなくなった以上、宇宙ウナギの駆除も含めてやりやすくなったのは確かだ。

 公社側が次の船団を送りつけてくる可能性もあったが、その時はその時だ。


「さて、次は連邦うちの番だけど」

「何かアイデアはありますか? キャプテン」

「特にこれといったものはないんだよね、これが」


 何しろ、考える間もなく宇宙ウナギによって公社の船団が吹き飛んでしまった。宇宙ウナギはまだナミビフ10での食事を続けている。ナミビフ6までには残り三つの惑星があるが、公転周期の関係で恒星ナミビフを挟んで向こう側にある星もあるため、間にあるのは二つだと考えた方が良いだろう。

 星によっては潮汐の関係でナミビフ6の生態系に影響があるかもしれないから、出来るだけ早めに片付けるべきなのも確か。


「煩い連中に煩いことを言われなくなったし、ちょっとやってみようか」

「やってみようか……とは?」

「何、大したことじゃありませんよストマト代表」


 そう。公社の目がない今のうちなら、少々突っついてもあれこれ言われることはない。

 彼我の質量差は圧倒的だ。言ってみれば、象と蚊の争いに近い。エモーションに言わせると恐竜とウイルスくらいの表現になるか。今なら宇宙クラゲとウイルスくらいは言うかもしれない。

 だが、虫刺されは痒いのだ。


「蜂の一刺しが効くかどうか、調べてみようかなって」


***


 クインビーでナミビフ10に近づいていく。

 振動によって粉砕された星の欠片は、それぞれがクインビーよりも小さい。随分と念入りに砕くものだ。


『キャプテン。エアニポルは何故食いつかれたのだと思いますか』

「さあ。美味そうに見えたとか?」

『美味そうとは』

「ほら、宇宙ウナギは星を食べるわけじゃない。そこには金属とか岩とかが含まれているわけで」

『ええ』

「船団の船なんて、要するに金属と素材の塊だよね。それがピカピカ光りながら近くにいるわけだから、美味そうな餌がいるって思ったんじゃない?」


 カイトの答えに、エモーションはきゅるきゅると音を立てた。不満というより、宇宙ウナギの生態そのものに思いを馳せているような反応。

 次に宇宙ウナギが出てくるのは、食べた岩を吐き出す時だろう。そもそもあれは何なのだろうか。ゴロウ達が落ち着いていればその辺りのデータも提供してもらえたかもしれなかったけれど。


「エモーション、浮遊している塵の組成も調べておいてくれるかい」

『分かりました』

「ついでに、ナミビフ10の組成との違いも含めて」

『何を食べているかの確認ですか』

「一応ね」


 とはいえ、それ自体は今の目的にはあまり関係がないのだ。指示だけ出して、カイトは近づいてきたナミビフ10の表面を見る。思ったよりも穴だらけだ。

 さて、ここで決断をしなくてはならない。

 宇宙ウナギが出てくるのを待つか、宇宙ウナギを追ってナミビフ10に侵入するかだ。

 待てばそれなりに安全だろうが、もしもナミビフ10での食事が終わってしまっていたら、出てきた時とは次の星への引越しの時だ。ナミビフ9か7、あるいは一足飛びにナミビフ6が標的になるかもしれない。

 そんな不安を感じてしまった以上、カイトが採るべきは一つしかない。


「さあて、鬼が出るか蛇が出るか」

『宇宙ウナギでは?』

「そりゃそうだ」


 エモーションの冷静な一言に苦笑交じりに返答しつつ、カイトはナミビフ10の大穴へとクインビーを躍らせるのだった。


***


 ナミビフ10の重力は、まだ完全に消失したわけではなさそうだ。宇宙ウナギが吐き出した空気が一時的な大気になっているようで、星そのものを削っている凄まじい音が響いてきた。


「こりゃひどい。エモーション、防音頼むよ」

『了解です』


 音が消えて、クインビーの船体に振動が響くだけになる。音が無くなった分、振動の影響が際立つような。


「見えた」


 ぐねりぐねりと、空洞になりつつある場所で宇宙ウナギの巨体が蠢いている。

 まるで巣穴だ。が、食らいついて吸い上げている熱の元がなくなれば、きっとこの宇宙ウナギは次の餌場をこのようにしてしまうのだ。

 やるのは勝手だが、出来れば有機生命体のいないところでやって欲しい。


「さて、働きバチワーカーズ。仕事だ」


 クインビーの外壁に貼りついていた鋼板が数枚、外壁から剥離する。

 カイトの力を受けて操作されている鋼板――働きバチが、それぞれの軌道で宇宙ウナギの表皮に向かって加速した。

 突き刺さる。

 一瞬、宇宙ウナギの動きが止まった。


「反応したかな?」


 期待を込めて見守るカイトだったが、次の瞬間には失敗を悟る。

 痒みとかで身じろぎをするでもなく、働きバチそのものが宇宙ウナギの表皮にずぶずぶと沈み込む。

 その時には操作も受け付けなくなっており、どうやら宇宙ウナギは口だけではなく皮膚でも食事が出来るという知見を得るだけの結果となった。

 残った働きバチをまとめて撃ち込んだところで、結局同じことだ。彼我の質量差が大きすぎる。それならばラディーアから小惑星でも撃ち込ませた方がいい。


「あ、その手があったか」


 次のアイデアが浮かんだ以上、ここに長居する必要もない。


「撤収」

『……了解』


 それなりに不本意なのだろう、エモーションがきゅるきゅると今度は不満そうな音を立てた。

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