第一段階:強い光で興味を惹こう作戦

 宇宙ウナギが視覚に近い感覚を有している、というゴロウの推測から、最初の作戦を立案したのは公社側だった。

 公社の船に搭載されている光学兵器。それの出力を落とし、船を並べて照射することで強い光に束ねる。

 恒星と同様の光を放つ力を持つ生物が存在すると知らせるのが第一の目的。それが失敗に終わったとしても、恒星が近いと誤認させてこの恒星系から遠ざけるのが第二の目的。

 二つとも失敗したとしても、宇宙ウナギの生態の研究には繋がるからと公社側は前向きだ。


『済まない、キャプテン。どうも公社の中には君に対する対抗意識だか反発心だかで失礼な態度を取るものが多い』

「気にすることはないよ、先生。失礼なのはお互い様さ」

『お互い様?』

「そう思っておけば世の中平和ってね。それより、気をつけなよ。光に興奮して襲いかかってくるかもしれない」


 カイトの言葉に、ゴロウも表情を引き締めた。ゴロウを始めとした研究者は、宇宙ウナギの生態を観察するために照射側の船には乗らない。

 公社側の母船、略称『エアニポル』は当然ながら最も多数の光学兵器を搭載しているため、照射側の中心に位置している。ゴロウを始めとした研究者たちは詰めていたエアニポルから他の船に、研究機材などを運ぶ引越の最中だ。

 手伝おうかと打診したが、断られた。どうやら研究機材に何かを仕込むと思われたらしい。こちらはナミビフ6を背中に控えているのだ、そんな馬鹿なことをしている暇はないのだが。


『分かっているよ、キャプテン。上にはその危険を伝えてある』

「返事は?」

『考慮する、とさ。君に会った時、どうやら身内が連邦にいることを聞いていた者がいたらしくてね。私も少々肩身が狭くなっているよ』

「面倒になったら連邦に来るといい。歓迎するよ」

『おっと、こんな場所でヘッドハントは勘弁してくれ。余計肩身が狭くなる』

「そりゃ失礼」


 お互い肩を竦め、通信を終える。

 どうもゴロウが連邦に近い、カイトに近いと讒言する者がいたようだ。そんなことをしても意味がないだろうと思ったところで、意味はあるなと考え直す。自分が多く利益を得たいと思えば、競争相手を蹴落とすことには意味がある。

 世知辛いものだ。ゴロウは明言を避けていたが、興味はありそうだった。学者さんには連邦の空気は居心地が良いことだろう。


「キャプテン。どう思います?」

「あれが上手くいくかどうか?」

「はい」

「うーん」


 エモーションの問いに、カイトとしては明言を避けたいと思った。

 どちらかと言うと、失敗しそうな気がする。あくまで気がするだけで、根拠などはないのだが。

 とはいえ。聞かれた以上、答えないわけにもいかない。興味深いですよと視線を送ってくるラディーアのスタッフたちの関心もあることだし。


「先生の推論は的外れじゃないと思うよ。光を当てたら、宇宙ウナギが公社の船団を生きていると認識してもおかしくない」

「それでは成功すると?」

「公社の船団を『光を放つ生き物』と思ったとしてさ」

「はい」

「船の見た目って、有機生物に見えると思う?」

「……あ」

「金属の塊、あるいは自分と似たような小型生物って認識にならないかな」

「つまり、失敗すると」

「逆に、向こうからコミュニケーションを取ろうとするかもしれないけどね」


 失敗を予見するカイトの言葉に、何やら納得したような安心したような空気が広がる。

 いや、だから宇宙ウナギが立ち去ってくれれば良いのであって、連邦がとか公社がとかを気にする必要などないだろうに。

 まあ、支社長の無礼な態度が気に入らないとか、それなりに別の理由があるのかもしれない。

 だが、それとは別に奇妙な不安を感じるのだ。


***


 モニターの向こう、ナミビフ6とナミビフ10の間に公社の船団が陣形を組んでいる。そこから少し離れた位置に、観察目的の船団。こちらの数は少ないし、船も小さいものが多い。

 照射側の船団の方には、あのマクドネル検事も乗っているようだ。まあ、学者ではないのだからそうなるだろうが。


「ストマト代表。最初のコミュニケーションの時、光によるコミュニケーションは実施されたんですか?」

「はい。光、熱、音、電波など。それぞれで向こうの反応を測っていたようです」

「で、光には反応した」

「ええ。食事を止めてこちらに向かってきたと。熱や音、電波には反応しなかったようですね」

「それで戦闘になった?」

「いえ。光量を変えても動きが変わらなかったため、向かってきたのは本能的な反応だと判断して照射を途中で止めたようです。光を止めたところ、こちらを見失ったのか食事に戻ったと記録にはありますね。……戦闘ですか?」


 ストマトの問いに、カイトは不安を隠さず頷いた。

 何かが引っかかっているのだ。光がどうとかではなく、もっと根本的な何か。

 記録されていた内容を頭の中で駆け巡らせて、思うさま口にする。引っかかりを具体的なものにするために。


「岩を飛ばす、空気を放出して振動を起こす。……ストマト代表、宇宙ウナギがここまで見せた行動によって、公社の船団が壊滅することはあり得ますか」

「壊滅? いえ、そんなことは。空気振動は至近距離だと脅威でしょうが、船団を壊滅させるほどの範囲はないはず」

「ですよね。でも、公社の船団は一度壊滅している。壊滅した原因を公社側は掴んでいない。つまり、それほど瞬間的に戦闘は始まり、終了した――」

「まさか。公社の船団は連邦の船団と戦力的には遜色ないんですよ。それを……」


 不安が形を取ってきた。

 カイトは背後を見る。ナミビフ6とラディーア、公社の照射船団と宇宙ウナギの位置取りを脳裏に思い浮かべ、ストマトに鋭い視線を向ける。


「ストマト代表。宇宙ウナギと船団を直線でつないだ軌道から外れるよう、ラディーアを動かしてください。エモーション、照射までの時間は?」

「あと地球時間で十五分程度かと」

「ナミビフ6の公転速度と位置から算出。公社の照射船団を壊滅せしめるほどの光学兵器が使用されたとして、ナミビフ6に影響は」

「規模によってはあるかと」

「クインビーで出る!」


 カイトは躊躇しなかった。有無を言わせずストマトに指示を出すと、エモーションを連れてクインビーに転移する。

 クインビーを起動させるとすぐに、ストマトから通信。


『カイト三位市民エネク・ラギフ!? 一体どういうことですか!』

「連邦の船団が宇宙ウナギを討伐しに向かった時、公社の船団は壊滅していたことがあった。そうでしたね?」

『はい。それが何か』

「公社にも連邦と同じシステムがある。つまり、宇宙ウナギに破壊された船に乗っていた船員は、宇宙ウナギの攻撃を視認したはず」

『記録にはありませんでしたね。というか、連邦が公社の船団を不意打ちしたと言いがかりをつけてきたと……まさか』


 ここでストマトもカイトの言葉が意味するところを察したらしい。

 カイトも頷いて続ける。


「公社はあれを保護しようとした。保護ということは、ある程度あれの動きを制御しようとしたはず。連邦の記録を見たならば、光に反応すると知っていた」

『光を照射して、動きを制御しようとした。だが、船団は攻撃方法を記録する暇もなく壊滅した……?』


 ストマトの声が震える。急いでラディーアを動かせと指示が飛ぶ。

 カイトは船をラディーアの外へ転移させると、力を集中させた。全身に紫電をまといながら船外に出る。船体前面の台座に立ち、照射船団の背後までクインビーを移動させた。


『キャプテン。エアニポルから通信。背後で何をしているのかと』

「ナミビフ6側に障壁を張るだけだと返答しておいてくれ。働きバチワーカーズ、展開」


 取り合うことなく、鋼板を展開する。鋼板同士を不可視の力で接続し、障壁を生成する。ナミビフ6とラディーアに影響のない方向へ逃がすよう、角度もつけて。

 間に合った。カイトは一息つくと、エモーションに指示を出す。


「エモーション。ゴロウ先生に連絡。光量によっては宇宙ウナギが攻撃行動をとるかもしれない。観察船団を今より離しておけと」

『了解』


 観察船団のごく一部が、少しだけ背後に動くのが見えた。全部ではない。無理もないか。


『照射、始まります』

「ああ」


 公社側も背後が気になっていたようだが、障壁を張っただけなのを確認してか、定刻通りに照射が始まる。

 船団が邪魔でよく見えないが、宇宙ウナギが反応したのが感じ取れる。

 刹那。

 目に見えない巨大な圧力が、クインビーの張った障壁に直撃した。


「やっぱり来たか!」


 光ではない。目を焼くような明るさはない。だが、確かにその圧力は障壁にぶつかっている。つまり、公社の船団を圧力は通過しているということ。


「エモーション、解析ッ!」

『熱です。圧力を伴う熱波が宇宙ウナギよりこちらに照射されました』

「熱波だって!?」


 その言葉を裏付けるように、公社の船団が溶けてひしゃげていく。所々から爆発が起き、徐々に向こう側がクリアに見えるようになってきた。

 中央のエアニポルは、まだ無事だ。さすがの巨体だと思った瞬間。


『ッ⁉』


 エモーションが驚いたような反応。無理もない。カイトも驚いているのだ。

 目の前で、エアニポルが文字通りのだから。

 四つに開いた宇宙ウナギの口。それがエアニポルに驚くほどの速さで接近し、閉じられる。

 口の中で爆発が起きたのだろう。宇宙ウナギは驚いたように口を開くと、食事中の星の中へと逃げていく。


「エモーション」

『はい』

「ナミビフ6への影響は?」

『皆無です』

「……それは良かった」


 ちらりと視線をずらす。文字通り壊滅した照射船団と比べれば、観察船団は無事といえるようだった。

 熱波のせいで何隻かは被害を受けたようだが、撃沈した船はない。


「あれの修理費も連邦に請求されるのかな」

『さあ、どうでしょう?』


 少しばかりの現実逃避。

 いけ好かない支社長も、カイトに怯えていた事務方も、敵意をこれでもかと表していたマクドネル検事も。

 あの一瞬で宇宙の藻屑だ。どう見ても生きてはいないだろう。彼らがどれくらいで復活するのかは分からないが、場所は公社の本拠地になるはずだ。今回の件にはもう立ち会えない。

 取り敢えず公社の作戦は失敗した。今分かるのは、それくらいだ。

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