最終段階:あとは質量でブン殴ってみるしかないよね作戦
戻る途中で、カイトはクインビーで手頃な大きさの小惑星を捕獲した。曳航してラディーアの外壁に接続する。
戻ってきたカイトを見て、ストマトが駆け寄ってくる。急いでくる割には随分と安心したような顔で。
「やあ、戻りました」
「まさか惑星の中にまで入るとは思っていませんでしたよ。宇宙ウナギが反撃してきたらどうするつもりだったんです?」
「その時はその時ですよ。まあ、熱波も障壁で防げていましたし、クインビーの船体くらいはどうにかなるかなって」
楽観が過ぎる、とはストマトは言わなかった。これまでにもそれなりに無茶を通してきたカイトなのだ。ただの無謀から出た言葉ではないと、連邦のスタッフは皆が分かっている。
さて、問題は宇宙ウナギだ。
撃ち込んだ
「取り敢えず、多少の攻撃では効かないってことが分かっただけ収穫かな」
「こちらもモニターしていましたが、カイト
「あれ、おそらく全身に消化液か何かを纏っているんでしょうね」
「はあ?」
「宇宙空間でもそうなのか、食事中だけなのか。吐き出した空気が重力で留まっている間だけの芸当だと有難いんだけどな」
惑星の中に作られた巣の様子から見て、宇宙ウナギがナミビフ10を飛び出すのはそう遠いことではないだろう。
温度が随分と低かったからだ。宇宙ウナギが食べているのはおそらく、星の核だけではない。
「宇宙ウナギはおそらく、星の熱量も捕食対象にしているんじゃないかと思います」
「熱量、ですか?」
「ええ。あの熱波のエネルギー源でもあるのでしょうね。ナミビフ10から熱を吸収し、体内に貯め込んでいる」
「それを攻撃のために吐き出したと?」
「おそらく」
「――普段は宇宙空間を動くために必要としているはずだ。熱と体内の何かを反応させて空気を発生させ、移動の際の推進力にしていると見る」
ストマトとの会話に参加してきたのは、ゴロウだった。周囲に公社のスタッフの姿はない。視線で問いかけると、ゴロウは苦笑交じりに答える。
「彼らは公社の本部にご注進だよ。君のことが随分と気に入らないらしい。早く応援をと急かしている」
「先生は?」
「私は
「それは失礼」
カイトの謝罪に気を悪くした様子もなく、ゴロウは説明を続ける。
「
「何故エアニポルだけには食いついたんだろう」
「エアニポル? ……ああ。船に乗っている有機生物ではなく、船の形をした金属生物と見ている、というキャプテンの推測は正しいかもしれない」
「と言うと?」
「要するに、星と同じくらい魅力的な餌に見えたんじゃないか、ということさ」
***
推論を元に、作戦を立案する。
宇宙ウナギは巨大な金属、あるいは岩石を餌と見なす性質があると仮定。惑星を捕食していることからも、この推測は確度が高い。
ナミビフ10とナミビフ6を直線状につなぐ位置に、ラディーアを置く。ナミビフ9や7を飛び越えて6が捕食対象にならないようにするという目的のほか、ラディーアの大きさであれば宇宙ウナギが捕食に動く可能性があるからだ。
最初から囮にしておいた方が、守りやすい。これはカイトの意見である。
「近づいてきた宇宙ウナギの鼻面に、あの小惑星を叩きつける」
「攻撃行動と受け取られるのでは?」
「今更でしょ。それに、多少のことじゃそもそも認識すらされないよ、あれじゃ」
「ううむ」
ゴロウはあまり賛成できないようだ。光を当てただけで攻撃してきたことから、宇宙ウナギの獰猛さに不安を感じているらしい。
あるいは岩石を吐き出して迎撃してくるかもしれない。ゴロウの不安はともかく、保険は用意しておくべきかもしれない。
「ラディーアの障壁で、宇宙ウナギの熱波は防げますか」
「エネルギーの充填量の関係で、三度までとなります。最初の二回であれば完全に防ぎきることをお約束しますよ」
「エモーション、防いだ余剰エネルギーがナミビフ6に影響を与える可能性は?」
「先ほどの熱波の減衰効率を見る限りであれば、問題はないかと」
「よし」
どちらにしろ、これが上手くいかなければ手詰まりだ。
まずはこちらに知性体が存在することを認識させなければ、テレパシーを送ってもおそらく意味がない。テラポラパネシオで無理なのだから、カイト一人では特に。
いざとなれば地球の時同様、宇宙クラゲを大量に呼び寄せてみようかと考えて、即座にその思考を放り捨てる。あんな光景、二度も三度も見たくない。
もしそんな必要が出てきたら、自分は作戦の提案だけして絶対に関わらない。今回はどっぷりと関わってしまっているのだから、次以降の話にしてもらう。
「ま、これで上手く行かなかったら殺処分してしまおう。ラディーアの安全を守るためってことにして」
「……キャプテン。そういうのは思っていても口にしないものだよ」
カイトの楽観的なつぶやきを聞いていたらしく、ゴロウが深く溜息をついた。
***
宇宙ウナギがナミビフ10から這い出してきたのは、それから三日ほど経ってからのことだった。
ラディーアからの小惑星射出などという設備はなかったので、そこはラディーアのスタッフたちが総出で頑張ってくれた。カイトはそちらには手を出せなかったが、自分の準備の方は十全に整えている。
「
『了解、何かあったら頼みますよ、カイト三位市民!』
カイトはラディーアの外で、作戦を見届ける役割だ。何か不測の事態が発生した時には、即座に対応する役でもある。
宇宙ウナギが頭部をあちこちに向ける。次に向かう先を探しているのだろう、とは通信に出ているゴロウの言。
と、ラディーアからチカチカと光が放たれるのが見えた。そんな行動を取る予定はなかったはず。
「光?」
『こ、公社の船が外に! おい、誰が出航許可を出した!?』
『か、カイト三位市民の援護に回ると言っていたので……』
『馬鹿な! これは明確な協定違反だぞ』
宇宙ウナギがぴたりと動きを止めた。頭部をラディーアに向けている。
「至急障壁を展開しろッ!」
『障壁展開!』
ストマトの言葉に、誰も異議を挟まなかった。
宇宙ウナギが十字に分かれた口を開くのと、ラディーアが障壁を展開するのはほぼ同時だった。大丈夫、こちらの反応の方が早い。
光を放った公社の船は、障壁の内側だった。こちらも無事だろう。期せずして宇宙ウナギの注意がラディーアに集中した。向こうにとっては嫌がらせのつもりだったのだろうが、カイトにしてみれば最高のアシストだ。
『!!!』
宇宙ウナギの口蓋から、熱波が放たれる。障壁と接触すると反応して青白い光を撒き散らした。
なるほど、ストマトが豪語するわけだ。熱波を受けても危なげがない。
熱波が途絶え、障壁も消える。ラディーアから小惑星弾が射出された。
宇宙ウナギは警戒ひとつ見せない。飛んできた小惑星を開いたままの口で受け、そのままぐしゃりと嚙み潰した。
『小惑星弾が食われた!?』
ぼりぼりと小惑星を嚙み砕きながら、宇宙ウナギが次の動きを見せる。頭部の表面に、巨大な水晶体らしきものが出てきたのだ。タイミングからみて、ゴロウが予想していた眼球に相当するものだろう。普段は体内に収納しているらしい。
つまり、ラディーアをはっきりと目視している。
「まずいな」
カイトはクインビーの外に飛び出した。台座をしっかりと踏み固め、宇宙ウナギを睨む。再び宇宙ウナギが口を開いた。
念のためにと確保しておいた小惑星を、船体の前面に働きバチで固定する。ラディーアから立て続けに二つの小惑星弾が発射されるが、宇宙ウナギは避けようとも受けようともしなかった。
「行けっ!」
クインビーを翔けさせる。小惑星を前面に押し出した、変型のラム・アタック。
エラから大量の空気を吐き出し、ラディーアに食いつこうとした宇宙ウナギの顔面めがけ、横合いから殴りつけるように小惑星を叩き込んだ。
直撃した小惑星は砕け散り、宇宙ウナギの頭部がズレる。進む軌道も斜めに逸れる。
ラディーアの障壁も間に合ったようだ。熱波は防ぐと言っていたが、宇宙ウナギの本体はどうだろうか。
「うおっと!」
カイトは偶然宇宙ウナギの頭部に引っかかってしまったクインビーを操作し、障壁と宇宙ウナギに挟まれないよう軌道を修正する。
奇妙な捻りを加えられた宇宙ウナギの体が、障壁を滑るように流れていく。
宇宙ウナギが動きを止めた。クインビーが引っかかっているのは、頭部からせり出した水晶体の端。
宇宙ウナギとカイトの目が、合う。
「はろー」
――はろー?
そもそもこのサイズ差でも、目が合ったと言っていいのだろうか。
だが、何となく吐き出した言葉に、返答らしきものがあったのも確かなのだ。
「初めまして、僕はカイト」
頭に届いた微弱な波に、返答しようとする意識でテレパシーを返す。どうやらチューニングはこれで良いらしい。
――やあ、小さな異質なる方。初めまして。
サイズ感や行動の豪快さとは裏腹な、何とも穏やかな声がカイトの脳裏に届けられた。
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