オペレーション:一寸の虫にも五分の魂
問題は単純だからこそ簡単ではなくて
「あれに知性があると言うのですか」
「知性のない生物などいないでしょう。問題はあれとコミュニケーションを取るために必要なものです」
ストマトの問いに、カイトは頭を掻いた。知性のない生物などない。自分の種を増やすに十分な生存戦略が取れているのであれば、知性を発達させる必要などないと言ったのはテラポラパネシオだったか。知性を発達させなければ生き延びるに必要十分ではない生物が幸せだとは思えない、とも。
星喰は、議論の余地がないほどに明確な頂点捕食者だ。なにしろあれが食うのは惑星の核。連邦に住む者も、公社に所属する者も、そもそものルーツは全て惑星の上にあったのだから。
「一度、聞いてみないといけないかな」
カイトは自分の推論が間違っていないことを確認するために、通信機能を使うことを求めた。特に反対は出なかったので、思い浮かぶ中で最も親しい個体に声をかけることにする。
「お忙しい時間に済みませんね、代表」
『いや、君からの連絡であればいつでも歓迎するとも。カイト
地球の再生作業の陣頭指揮を執っている、人工天体ゾドギアの代表は、前に通信で顔を合わせた時より心なしか艶めいているように見えた。あれか。こっそり地球に降りて地球クラゲと交歓しているなこれは。
しかも地球クラゲとの交歓で個性らしきものが出てきた彼らは、時々個体間の繋がりを薄くして隠しごともしているようだ。それが地球クラゲとの交歓の経験である辺りが何とも微笑ましいが。
「ご存知かとは思いますが、今ラディーアにいます。宇宙ウナギが近づいてきたので応援にと」
『知っているよ。そうか、合流したのだな』
「ええ。議員が宇宙ウナギのことについて説明しなかったことが、ちょっと引っかかっていまして」
宇宙ウナギ、という表現に関して代表は何も言ってこなかった。それでも話が通じるのであれば問題ない。代表のことだから、地球の環境再生に際して生物の情報も仕入れているのだろう。
『あれに知性が存在することについて、聞きたいということで良いのかな』
「やはりそうでしたか」
「何ですって!?」
悲鳴を上げたのは、横で聞いていたストマトだった。他のスタッフもそれを聞いてざわめいている。
カイトとしては推論に対する答えを得られたわけだが、問題はそれを何故こちらに投げてきたのかの方だ。そもそもこれは、宇宙に出て日も浅い地球人類が解決できる内容ではないような気がする。
後ろでスタッフたちがざわめく中、カイトは代表に質問を続ける。
「僕が近かった、公社の地球人との接触。それらも本当でしょうが、何故僕にあれの対応を任せたのかを教えてもらえますか」
『我々があれに知性があることを知ったのは、二度目の撃破の時だ。最初は我々がコミュニケーションを試みたが、まったく反応がなかった。そのために撃破したのだが、次の時には連邦の現有戦力で撃破するという目的で船団が組まれた』
連邦が船団を組んだ理由は何となく分かる。テラポラパネシオでないと対応出来ない宇宙災害が存在する、というのは良くない。最初はともかく、時が過ぎることで連邦という組織の根幹に関わっていく。
二度目の宇宙ウナギ掃討作戦時、現有戦力での撃破が失敗した時のために、テラポラパネシオは後方からついていったのだという。
そして、戦闘中に気付いたのだ。
『最初の時は気づかなかった。おそらく一撃で仕留めたことと、我々が戦闘に集中したことが原因ではないかと思っている。二度目の撃破の際は、連邦の船団の攻撃によってじわじわと弱らせられていたこと、我々が戦闘に参加しなかったことでようやく気付けた。あの巨体が持つ、巨大すぎる感情の波に』
「巨大すぎる?」
『我々とかれとでは、生命としての大きさ、形が違い過ぎることも理由としてはあるのだろう。我々は気付くのが遅れた』
テラポラパネシオは気付くのが遅れた、と言った。
ここで疑問が増える。カイトは素直に首を傾げた。
「なぜ、気付いた時点で対応しなかったのです?」
『我々は連邦議会に、既に『あの生物との融和的共存は不可能である』との結論を提出してしまっていた。議会もその結論を元に撃退法を作った。我々が後になってから『やはりあの生物には知性があるようだ』と言っても、現場を混乱させるだけだと判断したのだ』
「それは分かりますが」
『方針を個体間で議論している間に、希少生命保護公社があれの保護声明を打ち出したのだ。彼らが保護に成功すれば、連邦は無理して撃退しなくてもよくなる。そうなってから改めて議会に議案を提示すれば良いかと思ったのだよ』
だが、通算で三度目となる邂逅では公社は保護に失敗、船団は壊滅した。テラポラパネシオが目論んでいた議会への働きかけは不可能と結論が出た。
前回の四度目は、公社の船団は壊滅しなかったようだが、宇宙ウナギの動きを制御できず、連邦の戦力によって対象を排除されて失敗した。つまり、公社もまた宇宙ウナギの知性に働きかけることは出来なかったことになる。
「それで、僕に対応を任せようとなった理由ですけど」
『理由は単純だ。我々は単独で宇宙に出て、その後に知性を得た。連邦に住む他の種族も、母星から離れて久しい者がほとんどだ。意志疎通の出来ない別種の生物との関わり方を経験として知っている種族など、ほぼいない』
「別に僕も詳しいわけじゃありませんよ?」
精々が、幼い頃に近所の犬と触れ合った程度ではないだろうか。結社で教育を受けていた時には動物の生態などはある程度学んだが、それだけだ。机上の知識だけで満足していた当時を思い、反省しようとしてやめた。流石に当時の自分が今の状況を予見できるわけがない。
カイトが生まれた頃にはもう、人類と野生動物との境界線はかなり明確に引かれてしまっていたのだ。代表たちの期待が重い。
「結局、僕が関わったからってコミュニケーションを取れるとは限らないですよ? 結果としてあれを撃滅するしかないかもしれない」
『それはそれで構わない。優先順位としてはナミビフ恒星系の生態系を守ることが第一優先で、あの生物の生死はその次だと考えている』
それを聞いて、とりあえずは安心する。いや、あの巨体をどうにかする方法もまだ考えついてはいないのだけれど。
代表によれば、宇宙ウナギの発見はこれで五例目。生態のほとんどが不明である上に、発見された場所も連邦の勢力圏のあちらこちらであるらしい。連邦や公社の勢力圏の外で彼らが大量に存在していても不思議ではないし、そもそも同一の銀河で発生した生物だとも限らないのだ。
つまり、希少生物保護公社があれを希少だと規定しているのは、単なるイメージによるもので、特別な根拠があるわけではないのだとか。
「少し気楽になりました。ラディーアのスタッフの皆さんと相談しながら、どうにか方法を考えてみるとしますよ」
『頼む』
ちらりと後ろを見やると、ストマト達がカイトとエモーションを期待に満ちた目で見ていた。あ、これはアイデアとかは出てこないやつだ。
頼りがいのある仲間たちの存在に内心で溜息をついていると、代表が幾分真面目な調子で言ってきた。
『それはそうと、カイト三位市民』
「何です?」
『あれに対する宇宙ウナギというネーミング、中々に見事だと思う。議員の方から今回の顛末を伝える際に、あれの正式名称を『宇宙ウナギ』としてはどうかと上申させるとしよう』
「お、お好きにどうぞ」
危機感がないったら、もう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます