知っていることを共有しよう
宇宙ウナギ(連邦命名)の処遇について、図らずも一任されてしまったカイトはまず連邦がコミュニケーションを取ろうとした手段を調べることにした。
「ストマト代表。宇宙ウナギと連邦の最初の邂逅に関わる資料を全部集めてください」
「最初の資料ですか?」
「あれとコミュニケーションを取ろうとしたのはその時だけなんですよね? 失敗したら戦闘になりかねないんですから、事前準備は入念にしないと」
「わ、分かりました! 今すぐ!」
ストマトが機材にかじりつく。
無数にあるモニターが映しているのは、半分ほどが観察対象の星、そして残りが宇宙ウナギに蹂躙されている星の姿だ。
カイトはそれを睨みつけながら、周囲で悠長に生態観測とやらをしている公社の船団に意識を向けた。彼らが宇宙ウナギの知性について、明確な情報を持っているのか気にかかる。これまでの邂逅でヒントなり確信なりを得ているのであれば、明らかに連邦よりも先に進んでいると言って良い。
「エモーション」
「はい。ゴロウ・サイトーへの通信ですね?」
「頼むよ」
公社内でゴロウが持つ権限がどの程度なのかは分からないが、公社側としても連邦の
「こちら連邦所属、人工天体ラディーア。貴船に乗船している生物学者のゴロウ・サイトー氏に問い合わせがあります。通信を繋いでください」
『こちら公社旅団、旗艦エケレケメネゥ・アスバルカクト・ニジャイアーサ・ポルケトランタル。ゴロウ・サイトー地球知性体は現在惑星級巨大珪素生命体、通称『ホシバミ』の観察業務に従事しています。優先順位の関係上、今はお繋ぎすることが出来ません』
何度聞いても覚えられない長い名前だ。地球知性体、という表現は初めて聞くがどうやら彼の権限はそれほど高いものではないようだ。
エモーションは口の端を不自然に吊り上げた。その上で通信に応じた相手に問いかける。
「無駄に船舶名が長いので、失礼ながら少々省略させていただきます。先程まで貴船『エアニポル』に乗船していた連邦の地球人、カイト三位市民が通話を希望しています。それでもゴロウ・サイトー氏を出さないと仰るのですね?」
『ヒッ!? しょ、少々お待ちください!?』
ヒッ、とか言われた。複雑な表情を浮かべつつゴロウが出てくるのを待つカイトに、エモーションが首だけを反転させる。
「悪名も時には役に立ちますね?」
「ほら、その姿で首だけ反転させない。怖いから」
「それは失礼しました」
あと、その笑顔は多分自分の悪名より怖いと思う。
カイトは自分の過去だけでなく、エモーションの脅しで公社内の評判が更に悪くなるのではないかと不安になった。
いや、むしろ覚悟した。
いくらなんでも、許可もないのに勝手に相手の船の呼び名を省略するのは駄目だろう。たとえ命じたのが自分だとはいえ。
***
『何の用だね、キャプテン・カイト』
「忙しい時に悪いね、ゴロウ・サイトー。聞きたいことと相談したいことがあって連絡させてもらった」
通信に出たゴロウは、極めて不機嫌そうな顔をしていた。先程のやり取りでバツが悪いのと、生物学者としての仕事を邪魔された不愉快と、その辺りの感情が混ざり合った表情と言えば良いか。
『相談だって? 何を言われても
「それは場合によってはこちらも覚悟している。だが、僕たちは別にあの宇宙ウナギをどうしても殺処分したいわけじゃない。反転してここから立ち去ってもらえるのであれば、その後のことは勝手にしてもらって構わないよ」
『それに協力しろと?』
「ああ。先程、僕は今回の宇宙ウナギ対策の責任者を拝命したばかりだ。それに関しては責任者の権限として約束する」
連邦側の都合を伝えると、ゴロウも少し考えるそぶりを見せた。
訝しんでいるのかもしれない。だが、宇宙ウナギとコミュニケーションが取れて、生命の宿った星を食わなくなれば、お互いの目的は敵対しない。カイトの出した条件は連邦にとって特別問題のあるものではないのだ。その辺りを理解してくれれば。
『上に話してみよう。協力する上で必要なものは?』
「そちらがこれまでに、あの宇宙ウナギを保護しようと動いた際に得た情報。こちらからも同じく情報を出す用意がある」
『情報? それだけで良いのか』
「こっちには情報が足りな過ぎてね。出来れば情報を共有したい。連邦側にはデッドラインがあるのは分かっているだろう?」
ゴロウが更に怪訝な顔をした。
彼は連邦を知らないから、カイトが宇宙クラゲから全幅の信頼を寄せられていることも知らないはずだ。だからこそ、こちらが連邦の方針さえ変えられるとは思えないでいる。
『分からんな。連邦は星喰を殺処分するのが法で決まっていると聞いたぞ。何故今更方針を転換する? それが分からないと上は応じないと思うが』
「うちの偉大なテラポラパネシオが、重要な情報を伝えずにいたからだよ。取り敢えずこの一点だけ上に確認してくれればいい。『公社はあの生物がそれなりに高度な知性を所有していることを把握しているか?』」
『何だと!?』
「事実だ。テラポラパネシオはこれまでの掃討で、宇宙ウナギから放たれる膨大な感情の波を観測している。あれは珪素生命体であると同時に、知性体の一種だということだよ」
カイトの説明に、ゴロウは愕然とした顔をした。この反応を見る限り、公社もまた宇宙ウナギの知性を把握していない可能性が高い。ゴロウの権限ではそれを知ることが出来ないだけとも考えられるから、この情報を上に伝えてからの反応待ちということになるが。
『な、何故テラポラパネシオはその情報を秘匿した?』
「コミュニケーションを取ろうとした結果、その全てが通じなかったから、だそうだ。原因も分からずに周囲に伝えれば、被害が増えるばかりだからな」
『それは分からなくもないが……』
「納得しろとは言わないが、急いで欲しい。あんただって、出来れば無駄な死を生み出したくはないだろう?」
『わ、分かった』
通信が切られる。あとは待つだけだ。
気に入らない連中もいるが、利用できるものは何でも利用しなくてはならない。自分たちが背負っているのは、何も知らずに今を生きている無辜の命なのだから。
***
『上からの決定を伝える。我々希少生物保護公社は、連邦からの申し出に賛同し、共同で星喰とのコミュニケーションを取る計画に協力する』
「感謝する」
『上も驚いていた。あれが知性を持っているとは誰も考えていなかったそうだ。キャプテン・カイト。何故あれの知性を推測した?』
ゴロウがこちらを見る視線は、先程よりは随分とましなものになっていた。
最悪の場合は連邦とのドンパチも覚悟していただろうが、その可能性が多少なりとも解消されたのだから気苦労も減るというものだ。
ゴロウの問いに、カイトは特に気負いもなく答える。
「遊んでいただろ?」
『遊んでいた?』
「吐き出した岩を、別の岩に当てていたじゃないか。で、気が済んだら振動で掃き清めていた。ああいう無駄なことをやるってのは、遊びなんじゃないかと思ったわけだよ」
『なるほど……』
知性を持っていなければ、ただの偶然と思うかもしれない。だが、知性を持っているとすれば無駄な行為だと感じる。
推測した理由はそれだけではないが、それはカイトの勝手な印象でしかないのでそちらについては伝えずにおく。
「宇宙ウナギとのコミュニケーションは難しいぞ、何しろ連邦が諦めたんだ。珪素生命体に脳なんてあるか分からないから、思考形式だって同じなんだか別なんだか。分からないことだらけだから、全力で知恵を出してもらうぞ」
『いいだろう。連邦の叡智も借りられるんだろうな?』
「もちろんだ。質については保証できないがね」
何を言う、と笑うゴロウ。いや、中央星団辺りから人を借りられるなら保証のひとつも出来るだろうが、少なくともラディーアにいるスタッフの叡智については保証できそうにない。まあ、会議を始めて一時間もすれば分かるだろう。
苦笑するカイトに、ふと思い出したようにゴロウが聞いてきた。
『そういえば、これはどうでもいいことなのだが。先程から言っている宇宙ウナギというのは何だね?』
「この件が終わったあとの、あの生物の連邦側の正式名称」
『はぁ!?』
いや、実際悪いとは思っている。
カイトとしても、どちらかと言えば星喰という呼び方の方が良い。ただ、分かりやすく伝えるには宇宙ウナギの方が便利かなと使っただけで。
内心でゴロウに手を合わせながら、ストマトの方に意識を向ける。情報の確認もだが、公社との連携の相談もしなくてはならない。
ストマトにしても、星喰の呼び方は中々良いと言っておきながら、今では平然と宇宙ウナギ呼ばわりだ。
星喰(公社命名)とどちらが先々残るのか、こればかりはカイトも保証は出来そうになかった。
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