果たして珪素生命体は有機生命体を知覚するのか
「クジラか」
おそらく背面だろう部分から巨石を空中に吐き出した
食事が終わったのだろう、ずるりと星の中から這い出してくる。その最中にも岩を吐き出し続けているから、近づくのはかなり危険だ。
カイトとクインビーを追いかけていた公社の船団は、クインビーから離れて星喰を包囲している。ゴロウからの反応はない。優先順位がカイトからあちらに移ったのだろう。
「蛇っていうよりウナギかな」
『それ、どこがどう違うんです?』
「ほら、エラみたいなのがある」
『あら』
星喰が全身を震わせると、側面の至るところにエラのような穴が開く。
蛇というよりはウナギ、背面から岩を吐き出す様はクジラ。
「星喰じゃなくて、巨大宇宙ウナギの方がしっくり来るな、うん」
『どちらでもいいです。それにしても、あれは一体何を』
「おそらくはさっきの音の原因じゃないかな」
遠くから観察しているカイトの目にも、エラから放たれる大量の空気が見えた。全身の震えが、エラから吐き出された空気を振動させる。
星喰の近くにある岩塊が粉砕されていく。範囲は徐々に拡大し、船団が慌てて距離を取った。
「成程、あの星の環はああやって作られたのか」
『振動による破壊の範囲はあまり広くないみたいですね』
船団が退避した辺りまで来ると、振動自体は届いても破壊までは発生しないらしい。吐き出した空気に押し出されて、粉々になった砂粒がじわりと拡がる。
どうやらまだ食事は終わっていないようで、周囲がすっきりしたことに満足したらしい星喰は、再び食事の為に地中に体を捻じり込んで行った。
星喰の姿が惑星の中に消えると、船団はゆっくりと星へと近づいて行く。
カイトはクインビーの中で腕組みをしながら、なるほどこれは難物だなあと渋い表情を浮かべるのだった。
***
人工天体ラディーアは、ナミビフと名付けられた恒星系の観測天体だ。
恒星ナミビフの第六惑星に、有機生命体の活動が観測されたことからこの恒星系は連邦の観測の対象になった。緩やかな発達を遂げたこの惑星には、まだ社会を構築するほどの知性体は生まれていないという。
ラディーアに到着したカイトを迎えてくれたのは、顔面に六つの眼球らしい器官を持った種族だった。
「お待ちしていました、カイト
「初めまして、ストマト代表。お会い出来て光栄です」
ストマトが六つの目を閉じ、恭しく頭を下げてくるのでカイトもそれに倣う。
ゆっくり頭を上げると、ストマトから何となく好感の感情が伝わってきた。
「こちらへ。方針の策定をしなければなりません。ラディーアのスタッフが揃っていますので、意見をいただけると助かります」
「分かりました」
ストマトに連れられて、発生した通路を進む。連邦の人工天体の規格はやはりどこも似たようなものらしい。通路などゾドギアやアバキアと瓜二つだ。
行き止まりが開き、くぐるとそこは広い部屋だった。ストマトと同種の種族が多いようだ。機械知性と、それ以外にも見慣れない種族がちらほら。
「カイト三位市民をお連れしました。空いている席にどうぞ。エモーション氏も」
「分かりました」
カイトとエモーションが手近なでっぱりに腰を下ろすと、ストマトは部屋の中央に進んで一同を見回す。
「さて。それでは方針を決めましょう。基本方針は対象の撃滅となります。これは連邦議会の承認も得られていますが、問題は希少生物保護公社への対応です」
驚いた。カイトの予想を裏切り、現場は既に星喰の排除を既定路線にしているようだ。あくまで問題は近くにいる公社への対応であるわけか。
「公社との戦争状態に突入するということですか?」
「戦争にまではいかないでしょう。保護に動いている船団――アーザヴォイド23が戦闘を仕掛けてくるのは避けられない見通しですが、対象の撃滅が完了すれば戦闘も終息する見通しです」
「それは戦争ではないのですか」
「ええ。公社側の船の修理費と死者の蘇生費用を連邦が負担すれば、和解が成立する運びとなりますから。公社では修理も蘇生も有償ですのでね」
「なるほど」
連邦と自分の常識のズレに、カイトは頷くしか出来ない。
公社はともかく、連邦にとってはどちらもリカバリの効く部分なのだ。あるいは、こういった紛争が起きた時の手打ちを円滑にするために連邦は公社に蘇生のシステムを預けているのかもしれない。
ストマトは確認と言いながらカイトに色々と説明してくれている。この際なので、気になることは全て聞こうと決めた。
「後からの参加で会議を混ぜ返すようで申し訳ない。色々と教えていただきたいことがあるのですが」
「もちろんです。カイト三位市民は連邦に加入されて日も浅いですからね。何でも聞いてください」
「まず、皆さんが応援として僕に期待している役割は何なのでしょうか」
「ああ、それは」
ストマトの口から出てきたのは、
「あの生物を殺処分するための純粋戦闘力です」
予想していた中で二番目に嫌な答えだった。
***
星喰の全長は、個体によって様々だが、今回の相手は平均より少し大きいようだ。
かつて連邦が星喰を撃滅した方法は二つ。テラポラパネシオによる有無を言わせないほどの一撃と、船団による火力集中だ。
クインビーは元を正せばテラポラパネシオが使っている船と同型だから、求められる役割は前者になるわけだ。
「ラディーアの戦力では、おそらく公社の船団を抑えるのが限界です。公社がいなくても対象の破壊が出来るほどの火力は集中できません」
だから公社が来るまで手を出せなかったのだ、というストマトの説明は、なるほど納得できるものだった。この人工天体はあくまで観測用であり、戦闘向きではないらしい。戦闘能力も相当に備えていたゾドギアが特殊なだけだ、というのが隣に座るエモーションの分析だった。
さて、問題は星喰だ。最終的に撃滅するのは構わないが、それは色々と確認してからのことにしたい。連邦――というより宇宙クラゲがカイトに期待しているのは撃滅以外の方法論なのではないかと思わせる節がある。
「ストマト代表。あの宇宙ウナギ……公社の知り合いは『星喰』と呼んでいたのでそう呼びたいのですが。あれと前にコミュニケーションを取ろうとしていた方法というのはどういったものが」
「ホシバミ、ですか。中々良い呼び方ですね。考え付く限りは試してみたようですよ。最終的にはテラポラパネシオの方々による精神への直接介入まで行われたらしいですから」
「精神への直接介入?」
「ええ。言葉というか感情を直接相手の思考野に叩きつける方法だそうで」
「ああ、あれですか……」
地球に大挙して押し寄せてきた宇宙クラゲのテレパシーを思い出す。なるほど、あれでも駄目となると確かに方法はないようにも思える。
とはいえ、珪素生命体に我々のような、脳やそれに類する器官がそのまま存在するのかという疑問もある。思考もせずに本能のまま宇宙をさまよっているのであれば確かに撃滅以外の選択肢はない。
だが、もし彼らに知能が存在するのであれば、殺処分という選択はあまり歓迎出来ない選択肢だ。テラポラパネシオはもしかすると、彼らの知性を確信する何かを得たのではないか。だからカイトにその何かの確認を期待した。考えすぎだろうか。
「エモーション。星喰の全長はどれくらいだっけ」
『推定で地球の直径の倍くらいはあるはずです。預かったデータ通りだとすれば、ですが』
「なるほど。ストマト代表、テラポラパネシオが星喰とコミュニケーションを取ろうとした時の彼らの数は分かりますか」
「数ですか? 確かディ・キガイア・ザルモスが一隻で撃破したはずですから、個体数としては一体だったと思いますが」
「そうですか。じゃあやっぱりアレかな……」
「カイト三位市民?」
『キャプテン?』
何となく原因と事情を察したカイトに対して、取り残されたのはストマトとエモーションだ。
どう説明したものかな、と少しだけ悩んで、ふと地球にいたころの嫌な記憶を引っ張り出す。
「簡単に言うと、ストマト代表だったらどれくらいの大きさの小虫まで、鬱陶しいと思うかって話でしてね」
「小虫、ですか」
「あの巨体相手にとって、ラディーアは食材と同じか半分程度の大きさ。公社の船なんかは大きいものでも食後に吐き出した岩と同じ程度の大きさ。僕らのサイズ感で言うと、小虫だか微生物だかってところでしょう」
つまりは、彼らの知覚する規模として見ると、自分たちは小さすぎるのではないかというのがカイトの推論だった。
「テラポラパネシオの力がいくら強くても、あの大きさ相手に一隻。テレパシーにしても聞こえたかどうか」
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