星を喰う蛇
人工天体はラディーアというらしい。
クインビーに搭乗したカイトは、さっそくラディーアとの通信を繋ぐ。
当たり前だが、ゴロウには外で待ってもらっている。
『こちら人工天体ラディーア。連邦からの応援か』
「こちら戦闘艇クインビー、キャプテン・カイトです」
『カイト
映像が表示されるが、ラコフリルの姿はない。
小人なのか透明なのかと訝しんでいると、隣にいたエモーションが教えてくれる。
「キャプテン。ラコフリル六位市民は機械知性です。おそらくラディーアに接続した状態で応答しているから姿が見えないものと」
『その通りだ、エモーション六位市民。私は現在、ラディーアの探査機能と直結して活動している。姿を見せられないのはアースリングには無礼かもしれないが、緊急時なので許してもらいたい』
「それは構いませんが。やはり緊急なのですか」
『ああ。カイト三位市民は今どの辺りだろうか。まだ猶予はあるが、出来れば急いで合流して欲しい』
「私用で希少生物保護公社の船に立ち寄っています」
居場所を告げると、ラコフリルは何故だか黙り込んだ。
何か問題でもあるのかと聞こうとしたところで、再びラコフリルの声。少しだけ声のトーンが落ちている。
『こちらには来られないか?』
「いえ、これから向かう予定ですが。乗り合わせた地球人が、目的が相反する可能性があるから確認して欲しいと」
『やはりか。……何かと理由をつけて引き留めようとしてはいないか』
ラコフリルには心当たりがあるようだった。確かに支社長はしばらくここに居てはどうかなどと言っていたが。
「そのような誘いは受けましたが、何か」
『現在、ラディーアが停泊している恒星系に、巨大な珪素生命体が接近している』
「珪素生命体」
古典SF好きの血が騒ぐ単語が出てきた。
だが、それだけならラディーアでも対応できそうな気がする。ところが。
『生態は研究が進んでいないから不明。恒星間を何らかの手段で高速移動し、惑星を捕食することだけは分かっている』
「惑星を……捕食?」
『そうだ。惑星の核を好んで捕食し、次の惑星へと移る。恒星系に所属する惑星を軒並み食い荒らしたあと、次の恒星系へと飛び去るのだ』
思っていたサイズ感ではない。星を食う?
『カイト三位市民。ラディーアが観測している惑星には、まだ宇宙の存在を理解できるほど知性の発達した生命は生まれていない。つまり、連邦の規則では干渉が許可されないのだ。彼らを連邦含め、別の星系に移動させることは出来ない』
「分かります」
『連邦は過去、同種とのコミュニケーションに失敗している。進行を止められず、生命体の存在する惑星を捕食し始めたことから、我々は融和的共存は不可能だと結論づけた』
「なるほど」
『今回を除いてこれまでに四回、我々はあれと遭遇、撃破している』
聞いている限りでは、生物というより災害のような印象だ。
ここまで聞いて、カイトは何となく状況を把握した。ラディーアはその生物を撃破するための戦力を求めている。
だが、同時に理解できないこともあった。
「それで……その。希少生物保護公社はあれを保護しようとしていると?」
『ああ。四回のうち二度、彼らとは同じ現場に遭遇している。そのうち一度は、彼らが失敗した後に到着したようだがね』
少なくとも、これが三度目。
明確に失敗したこともあるのに、犠牲を払ってもまだやろうとしている。
「可能だと思っているのでしょうか」
『分からない。諦めるべきだとは思うが、彼らの希少生物保護への執着は普通じゃないからな。今回は何かしら成算があるのかもしれない』
「了解です。それでは出来るだけ急いで合流します」
怪獣映画か古典SFか。
まさに過去の先人が創作した作品の登場人物になったような気分だが、残念ながら高揚はない。ラディーアの後ろには、今まさに生命を育んでいる惑星があるのだ。遊び気分で挑んでいい現場ではないからだ。
しかし。カイトは通信が終わった後も、モニターを見据えて動かなかった。焦れたのか、隣にいたエモーションが聞いてくる。
「どうしますか、キャプテン」
「どうもこうもないさ。サイトー氏から出来るだけ情報をもらってから判断するよ」
おそらく、議員の考えはそこにある。
ラコフリルの要望どおりにしろというのであれば、最初から巨大生物の撃破に力を貸せと言ったはずだ。カイト自身、断る理由はない。
だが、議員は先入観を持たせたくないと言った。つまり宇宙クラゲたちは、まだ巨大生物の撃破を最終結論にしたくないと思っている?
「さて、宇宙クラゲの目論見は何かねっと」
今頃ゴロウも随分と気を揉んでいることだろう。カイトはエモーションを残して、一旦クインビーから降りることにした。
***
「やはりそうか。連邦は『
「ほしばみ?」
「ああ。私がそう呼び始めたら、公社の中でもその呼び方にな。見た目が蛇みたいなのだよ。なので星を食う蛇で星喰と」
「
「そうそう、それそれ」
自分の文化を思い出したのか、ゴロウが顔をほころばせる。
カイトはその笑顔に妙な胸騒ぎを感じて、問いかけた。
「そちらはその星喰を保護しようとしているようだが、成算はあるのか?」
「確たるものはない。だからまずは、かれを保護しつつ生態を研究するという流れになるな」
悠長な話だ。つまり、この船団は星喰の保護そのものが目的ではなく、星喰を包囲して観察するためのものだということらしい。
ゴロウは地球での生物学者としての経歴を買われたと言った。つまり、星喰の生態を推察するための知識のひとつとして同行しているということ。
「連邦の人工天体があることは知っていたようだが」
「もちろんだ」
「つまり、その向こうに生物の住んでいる惑星があることも?」
「……ああ」
ゴロウが目を逸らした。
カイトは眉根を寄せて、更に問う。
「星喰がその星に向かったら、どうするつもりなんだ。どうにか進路を変えさせると考えて良いのか?」
「……そのように上申はしている」
つまり、却下されているということだ。
惑星の命脈は、星喰の気まぐれ次第。カイトはここで、公社への協力という選択肢を切り捨てた。
「却下されている理由は?」
「き」
「き?」
「……希少性が低いから、と」
「はぁ?」
思わず強い声が漏れた。希少な生物は是が非でも保護するが、そうでなければ保護の対象ではないと。
徹底している。徹底してはいるが、納得は出来ない。
「じゃあ何か。星喰の捕食で生態系が激変するか星が崩壊するかで希少になったら保護すると?」
「……そうなる」
「その間に絶滅する生物だって出るだろう。それを」
「ま、待ってくれキャプテン・カイト。落ち着いて聞いて欲しい」
ゴロウが両手を挙げて、カイトの言葉を制した。
顔色が悪いのはカイトの圧力のせいだろうか、自分でも無理筋だと思っているからだろうか。
それでも震える声で、どうにか言い訳を口にする。
「地球にだって大小様々な災害がある。宇宙にだってあるんだ。星喰は一種の避け得ない災害なんだよ」
「だから見過ごせと?」
「地球でいう、蝗害のようなものだ。星喰以外にも、まったく予期しない災害で大量絶滅が発生することだってある。分かって欲しい」
「馬鹿なことを。防げる可能性があるのに防がないのは、責任の放棄と同じだ」
カイト自身、災害のようだと思ったのは確かだ。
しかし、それを実際に口にされると、湧き上がってくるのは反発だけだった。
「しかし――」
「もういい。あんた達にこれといった方法がないのは分かった」
これ以上、話をする必要はないだろう。
視線だけでエモーションを促すと、彼女も心得たものですぐに船の中へと戻る。
「悪いが協力は出来ない。邪魔をしたね」
「待ってくれ、キャプテン・カイト!」
クインビーに乗り込むカイトをゴロウが制止したが、一歩遅い。
椅子に座る前にとっととクインビーを船の外に転移させたカイトは、船団に先んじて星喰の居場所を目指すことにした。
「特に収穫はなし。あとは実物を見てみるしかないか」
『不可解なミッションですね』
「まったくだ」
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