公社の目的地と生物学者
さて。不愉快な再会はあったものの、仕事は果たした。
カイトは、次の目的地である人工天体を目指さなくてはならない。後のことは支社長に任せて船を辞去しようとしたところで、頭上から声がかかる。
「キャプテン・カイト。公社の地球人に確認するまでの間、ここに逗留してはどうかね? 君が彼らに説明する機会を用意しても良い」
「遠慮しておきますよ。確認出来たら連邦のレベッカ・ルティアノか、連邦議会に連絡してもらえれば構わない。連邦に行くも行かないも、彼らの好きにすれば良いと思っているのでね」
「良いのかね? 彼らの誤解を解けば連邦に渡る者は増えると思うが」
「何か勘違いをしているようだけど。僕は連邦内での地球人の地位とか、彼らの発言力の強化とか、そういうものに興味はないんだ。ここで新しい生活を不満なく出来ているのであれば、わざわざ連邦に移る必要もないしね」
支社長はカイトの真意を測りかねているようだった。しきりに唸っている。
こういう時、カイトは自分を拾ってくれたのが連邦で良かったと思うのだ。何かに自由を縛られている者たちは、自分たちの理解できる範囲の中にいつだって理由を求めたがる。
「ならば何故、公社の地球人に声をかけるのだ? これまで君が攻撃してきた連中は知らないが、ここでは地球人に非道な労働を強いてはいないぞ」
「僕は自分が連邦に拾われたのは、単なる幸運だと思っている。連邦の市民権を手にする権利が今を生きる地球人にあるなら、選択する自由くらいは平等に持っているべきだと思うだけさ」
「それだけのことでわざわざ?」
「悪いかい?」
カイトの答えは、支社長にとって完全に納得できる回答ではないようだった。だが否定できる根拠もないようで、それ以上を問いかけてはこなかった。
***
以後、特に引き止めもなかったのでクインビーへと戻る道を歩く。
入ってきた時と違って、スタッフが慌ただしく動き回っている。やはりカイトを警戒して隠れていたようだ。あまり愉快ではないが、カイトの素性がどのように語られていたかを考えれば無理もない。
連邦の中央星団とは違い、種族は比較的特徴が共通している者が多いようだ。機械知性が見当たらないのは、公社では保護している希少種族が働いているからなのだろう。
まだクインビーは見えてこないが、エモーションが何やら反応した。
「キャプテン・カイト。クインビーの近くに人影が。地球人のようです」
「マクドネル検事じゃないだろうね?」
「違います。男性のようですね」
クインビーの船体にはエモーションの手が入っているため、セキュリティ性能は極めて高い。先程のあまり愉快ではない出会いを考えると、良い予感はしない。
角を曲がると、クインビーが見えてくる。カイトの目も、ぼんやりと船を見上げる人影を捉えた。何か細工をしようという雰囲気はない。エモーションも心得たもので、特に触れられてはいないことを教えてくる。
近づいていくと、向こうもこちらに気付いたようだ。顔をこちらに向け、ぺこりと頭を下げてくる。年齢的には三十代程度に見える。ルーシア・マクドネルと違い、見た目の年齢を下げていないのか、下げてその年代なのか。
「カイト・クラウチさんだね。私はサイトー。ゴロウ・サイトーだ」
「サイトーさん? 失礼ですがどこかで会ったことが?」
「いや。私が一方的に存じ上げているだけだよ。ミカ・サイトーをご存知かな」
「ミカ?」
「姉だ。最初の十万人には選ばれなかったので、連邦にいるかと」
「エモーション、分かるかい」
振り返って確認すると、エモーションは少しばかり沈黙してから頷いた。
「はい。ミカ・サイトー氏は連邦に保護された中に含まれています。どうやら持病があったようですね?」
「その通りだ! 生死にはただちに影響はない病気なのだが、何しろ地球があのようになってしまっていたから」
「治療も済んでいますし、身体改造も無事に終わっています。今は連邦での仕事を得るべく学習プログラムを受講していると」
「……良かった」
へなへなと座り込むゴロウ氏。
その目尻に涙が浮かんでいるのを見て、カイトは少しだけ口許を緩めた。
「私が選ばれた時、姉は無理が祟って臥せっていたんだ。辞退すると言ったのだが、自分の分まで宇宙で生きろと。良かった……」
「そうでしたか。いつか再会できると良いですね」
「ああ。感謝する」
涙を拭うゴロウに、右手を差し伸べる。
カイトの手を掴んで立ち上がったゴロウは、照れくさそうに頬を掻いた。
「ミスター・クラウチ……いや、キャプテン・カイトとお呼びしなくてはならないのだな。こちらの船で行動されているのか」
「戦闘艇クインビー。エモーションと同じく、僕の大切な相棒ですよ」
「羨ましい限りだ。公社では個人での船の所有は難しいので憧れる。こういう船があれば、フィールドワークも楽だろうに」
「フィールドワーク?」
「地球にいたころから生物学者をしていてね。そうそう、私に丁寧な言葉遣いは要らないよ。そういうのは無縁のところでやってきたからな」
有名な論文も書けていない二流だったが、と笑うゴロウに、カイトも思わず笑みをこぼす。
本人は謙遜しているが、この巨大な船で仕事をしているということは確かな知識と評価されているはずだ。希少生物保護を主な職務としている公社では尚更。
この出会いは悪いものではない。何となくそんな印象を持った。不愉快な出会いと、悪くない出会い。何とも評価に困る船だなと。
「そうですか? それじゃ遠慮なく」
「キャプテンはこれからどこへ? またどこかの地球人を保護しに行くのかな」
「いや。連邦から仕事の依頼が来ているので近くの人工天体に向かう予定だよ。こちらの船団に来たのも、ちょうど向かっている途中にいたからという次第で」
素直に事情を告げる。
向かっている方向は同じようだが、と告げるとゴロウは少しばかり不安そうな顔を見せた。
「連邦の人工天体かね」
「そう。文明が発達していない生命体が居住している惑星を、観察する目的で設置されている人工天体だと聞いているね」
「戦闘要塞ではなく?」
「おそらく違うと思うけれど……何か聞いているかい、エモーション」
ゴロウの懸念も分からないではない。地球を監視していたゾドギアでさえ、連邦外からは絶対要塞などという不穏な呼ばれ方をしていたのだ。まさか連邦の天体がすべてそんな機能を持つわけでもないだろうが、気にはなるだろう。
聞かれたエモーションは、今度は首を横に振った。
「ゾドギアほどの装備や戦闘艇はないようですね。どちらかというとアバキアに近いようです」
そういえば人工天体の名前も聞いていないことに思い当たるが、今更だ。ゴロウの前で詳しく確認しても恥を晒すだけなので、今は気にしないでおく。
ゴロウはしかし、それを聞いても不安そうな表情を変えなかった。方向が一緒、連邦からの依頼、などとぶつぶつ呟いている。
「何か気になることでも?」
「……うむ。我々が希少生物の保護を行っているのはご存知だね?」
「それはもちろん」
「この船団も、そういった希少生物を保護するために向かっている」
「そうだろうね。それが?」
カイトの問いに、ゴロウは少しだけ言うか迷うそぶりを見せた。
だが、黙っているのも不義理だと思ったらしい。厳しい顔で告げてきた。
「我々が保護しようとしている対象と、連邦が排除しようとしている対象が同じかもしれない」
「何だって?」
「頼みがある、キャプテン。ここからその人工天体に確認を取ってもらうことは出来ないだろうか」
無茶を言っているのは承知だが、と。
ゴロウの真剣な眼差しに、カイトはやむなく頷くのだった。
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