買い値が借金となるのは人道的か非人道的か

 支社長の乗っている船はひどく長い名前だった。カイトは元々覚えるつもりもなかったから聞き流したが、物覚えの良いエモーションには苦痛だったろう。取り敢えず略称を適当につけておくように指示を出すと、開いたハッチからクインビーを中に進める。


「こっちを怖がっていた割には大胆なことだね」

「戦うつもりはないのでしょう?」

「そりゃもちろん。戦うことになっても負けるつもりはないけどね」

「キャプテンでなければ、無茶なことは止めておけと申し上げるところですが」


 表示される案内通りにクインビーを停泊させて、船内に降り立つ。

 地球にいた頃に何度か乗った客船のような内装だ。地球人と似たような文明を持つ種族が造ったのかもしれない。


「……こちらに来いと指示が来ています。機械知性わたしがいるからと迎えも出さないのは横着では」

「文句はなしだよ、エモーション。彼らの文化と僕たちの常識が同じわけではないんだからさ」

「そうかもしれませんが。多少なりとも地球人を保護しているなら、それくらいの礼儀は学んでおくべきかと」


 愚痴の止まないエモーションである。もしかすると、エモーションの方が自分より血の気が多いのかもしれない。血液は流れていないはずなのだけれど。

 指示された方向にふたり向かう。大きい船なのに、誰ともすれ違うことはない。彼らの技術であれば少ない人数で船を運用していても不思議ではないが。

 最初の通信の時にも感じたのだが、どうにも怯えられている気がして仕方がないのだ。


「暴れ過ぎたかな」

「仕方ありません。最初期のターゲットは話すら聞かないような連中ばかりだったのですから」


 地球人を食糧として扱う種族や、奴隷扱いする種族。そういう連中は基本的に話にならないので、ほぼ暴れ回ったのは確かだ。連邦では元より随分と高い評価を得ているカイトだが、連邦の外では一体どんな風説が広まっているのやら。


「僕は平和主義者なんだけどなあ」

「平和主義者はクインビーにあんな凶悪な装備をつけないと思います」


 エモーションの身も蓋もないツッコミが耳に痛かった。


***


「お初にお目にかかる、カイト・クラウチ殿。私はネザスリウェ・ネケレス・アーザヴォイド・エケレケメネゥ。公社の支社長を務めている」

「どうも。キャプテン・カイトだ」


 自分への呼び方に、カイトは片眉を上げて答えた。

 カイトは自分の本名を、連邦ではほぼ公表していない。カイト三位市民エネク・ラギフかキャプテン・カイトと呼ばれている。クラウチというファミリーネームを知っているということは、つまり。


「どうやら、僕の地球での素性を知っている人物が近くにいるようだね」

「うむ。思想犯罪者として投獄されたことも聞いている」


 額から生えている角、四本足。顔かたちは馬とは似ていないが、大別するならばユニコーンが一番近いだろうか。カイトを見下ろすほどの巨体から、支社長は甲高い声を上げる。


「心配することはない。私は連邦をよく知っている。君が三位市民の地位を得ている以上、君が連邦に地球と地球人を売ったとは思っていない」

「なるほど。連邦の外では僕はそういう人間だと思われているようだ」

「気を悪くしたかね?」

「それはもう」


 カイトは連邦を背負っているわけではないので、公社と仲良くする必要性を感じていない。不愉快なことは不愉快だと言う自由はあると思っているし、少なくとも支社長の態度は明らかにこちらを見下している。

 ふん、と支社長が鼻息を漏らした。


「それは失礼した。それでは今後は君のことをキャプテン・カイトと呼ばせてもらうことにしよう」

「そうですか。お好きなように」

「ふむ……。マクドネル、彼は随分と理性的なようだぞ。君の言うような悪い人物には見えないが」


 声をかけた相手はカイトではない。支社長が自身の背後に顔を向けると、その巨体に隠れていた人物が出てくる。


「彼の言葉を信じてはいけません、支社長。……それとも、三年の追放刑で人格も丸くなったのかしら?」

「ルーシア・マクドネル検事。なるほど、あんたが居たなら公社が僕の過去を知っているのも頷ける話だ」


 年の頃は三十代前半だろうか、厳しい顔立ちの女性だ。鋭い視線を向けてくる女性に、カイトもまた敵意を持って返す。


「生きていたとはね。売り飛ばされたということは、ギルベルト・ジェインと行動を共にしていたのか。あんたはあの男の顔を知っていたはずだよな」

「……何のことかしらね。私は新天地を求めて宇宙に来ただけよ」


 嘘だ。視線を逸らしている。カイトを追放刑に処した時の裁判で検事を務めたこの女性は、自分を宇宙に売り飛ばした男の顔を知っていたはずだ。ギルベルト・ジェインの裁判とカイトの裁判は同じ場所で行われたからだ。直接裁判に関わっていないとしても、教科書に載るほどの悪事を起こした人物だ。検事をしていて知らないはずがない。

 それにしても、と思う。顔立ちは一緒なのだが、カイトの裁判の当時から見ても随分と若い。五十を下回ってはいないはずだが。


「まあ、いいさ。で、僕が地球と地球人を連邦に売ったとかは何の話だ」

「連邦で地位を得るために、お前が地球と地球人を連邦に譲り渡した疑いがある、と言っているのよ」

「ふうん」


 バカバカしい話だ。だが、外から見たらそのように感じられるのかもしれない。

 カイトが連邦に拾われなければ、地球人はみなルーシアと同じ境遇を辿ったはずだ。彼女たちは自分たちが他より幸運だったと信じて宇宙に上がっただろうし、事実として今も公社でそれなりの立場を得ているようだ。自分たちが不運だったとは思わないだろうし、思いたくもないだろう。


「僕が連邦で三位市民の地位を得たのは、連邦の内規によることで僕が地球を売り渡したからじゃない。地球人が連邦市民になったのは、どちらかというと連邦の善意という側面が強いよ」

「善意? それも無償で? ありえないわ。私たちは移住の際、公社に有償で引き取られた。だから公社で働きながら、その際の経費を少しずつ返済する契約を行っているのよ。


 無言で視線を支社長に向ける。

 カイトの言いたいことが理解できたのか、支社長はうむと一声唸った。


「済まない、キャプテン・カイト。私たちが保護した一部の地球人は、連邦をあまり評価していないようなのだ。私たちも元々は連邦に所属していたと伝えてはいるのだが……」

「左様で。では、公社から連邦への移住希望者はいない、という認識で良いでしょうかね。全員が公社での生活を希望するのであれば、そのように連邦政府には伝えておきますが」

「私たちまで連邦に連れ去ろうというのかしら!?」

「支社長?」

「済まない。君の素性を知る人物として呼び寄せたのだが、少し君への評価が偏っているようだ。普段は優秀なのだが」


 それはそうだろう。カイトの裁判を担当できた立場の検事だ。あちこちに伝手を持っていて、ほぼ完勝の形で追放刑にしてのけた手腕は優秀としか言いようがない。

 人格的には評価したくないが、能力は間違いない。

 カイトは溜息をつくと、ルーシアに言い放つ。


「連邦は受け入れた地球人に市民権を付与する用意がある。公社に保護された地球人には必要ないかもしれないがね」

「ええ、当然! そんな胡散臭い権利なんて――」

「待ちたまえ、マクドネル。キャプテン・カイト、市民権の順位は」

「十位市民」

「分かった。それでは私の名において、公社に所属する全地球人に君の言葉を伝えることを約束しよう。無論、連邦について詳しく説明をした上で」


 そう言って支社長が頭を下げてくる。

 驚いたようにルーシアがそちらを向くが、奥から現れた何人かのスタッフに有無を言わさず奥へと連れられていく。何かを喚いていたが聞き取れなかった。


「キャプテン・カイト。公社から連邦に移住を希望する地球人がいたとして、公社が負担した購入資金の返済は免除できないが構わないだろうか」

「それは仕方ないでしょう。地球人として、無事に彼らを保護してくださったこと、感謝しています」


 連邦に売却した地球の文化の価格は今も上がり続けている。地球人の共有財産としてレベッカが管理していると聞いているから、買取価格の全額を負担するのは難しいにしても、多少は肩代わりも出来るだろう。

 それにしても。ルーシア・マクドネルが振り撒いたであろうカイトの悪評は、公社の地球人にどれほど広がっているのやら。


「あれがルーシア・マクドネル検事ですか。……キャプテンを有罪にした人物とは聞いていましたが、何とも奇妙なところで再会するものですね」

「まったくだ」


 とかく人生とはままならないものである。

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