宇宙に出ても世知辛さはそうは変わらず
人身売買で人を買ったからといって、それを行う全ての者が人でなしかというと、どうやらそうでもないらしい。
十万人もの地球人が銀河のあちこちに売り飛ばされてしまって暫く経つ。
キャプテン・カイトとエモーションは、連邦が作成したリストを元に、地球人が売られた先を回っての救助に励んでいた。
数が多いだけに、当然ながら優先順位というものが出来上がってくる。最も救助を急いだのは、地球人を食用目的で買った種族だ。希少種族を珍味として食べるのが趣味という悪質な性根の者やら、知性体にストレスをかけた際にのみ脳内で発生する化合物のみを啜る生態を持つ種族やら。これは連邦も総力を挙げて協力してくれたので、程なく全員を救い出すことが出来た。今は連邦で治療を受けながら、他の地球人との合流を待っている。
続いて、純粋労働力として地球人を購入した種族。こちらは直ちに命に危険がないということで、多少後回しにされた。悪質な種族相手から優先して救助して回っているが、その過程でカイトはその手の種族の間で随分と有名になったようだ。
「ま、面倒が少なくて済むのはいいことだ」
『敵を作り過ぎるのは良いことではありませんよ』
「僕はどちらかと言えば平和主義だよ?」
説得力があるのだかないのだか分からないことを言いながら、保護した地球人たちを見送る。連邦に移送された彼らは、まず健康状態を確認される。違法な身体改造が行われていたならば連邦規格の身体改造を行い、問題がないようであれば地球人の居住区へと合流することになる。
次の目的地へと思ったところに、珍しく通信が入ってきた。連邦からだ。
通信を繋ぐと、画面全体にでかでかとテラポラパネシオの巨体が映る。周囲との構成比からすると、これは連邦議員の個体だろうか。
「お久しぶりです。議員さん。何か御用で?」
『たまには中央星団にも顔を出したまえ、カイト
「それは失礼。出来るだけ早く気兼ねない旅をしたいと思うと、どうにも気が急いてしまいましてね。見たことのない景色に触れるのはやはり楽しいものです」
『それは何よりだ、カイト三位市民。先程、アースリングの保護依頼を確認した。アースリングの保護は完了したかな』
「ええ。それが何か?」
危険人物でも混じっていたのだろうか。
慌ててエモーションに先程保護した連中の素性をもう一度確認するように指示しようとしたが、議員はこちらの言葉を遮るように触腕のひとつを挙げた。
『ああ、済まない。それ自体は問題ではない。君の現在座標のほど近くにある、未開惑星観察用の人工天体のひとつから救援要請が来ているのだ』
「救援要請とは穏やかではありませんね」
『その通り。そして、こちらが本題だ。その座標近くに向かっている連邦外の船団があるのだが』
議員のボディの脇に、航路図が提示される。拡大。
太陽系とは似ているようで違う、恒星系の図だ。恒星から数えて六つ目の惑星の近くに赤い球体。これが人工天体か。
恒星系の外に、クインビーのアイコン。そして別方向から恒星系に向かう、緑色の船団の図。随分と規模が大きい。
『希少生物保護公社アルヴェゲメストナ。宇宙に存在する、希少生物の保護と管理を行っている企業だ』
「希少生物ですか。……もしかして」
『うむ。アースリングを保護対象としている。そして、先日の一件で最も多くのアースリングを購入したのが彼らだ』
丁寧なことに、公社の沿革が示される。
どうやら連邦に所属していた時期もあったようだ。沿革で見る限りは、億年単位で連邦に所属していたが、現在は離れて独自の行動をとっているという。
売買された地球人の約半数にあたる六万人ほどを購入し、保護した。六万という数は特に理由があったわけではなく、予算不足だったらしい。
「予算不足ですか」
『連邦は資源の問題から解き放たれたが、連邦に所属していない者たちはそうではない。生きるために資金が必要なのは、君もよく知っていることと思う』
「それは分かります。僕たちも地球にいたころはそういう社会でしたからね」
『希少生物の売買は、値上がりが発生しやすい。公社も随分と足元を見られたことだろうね』
自分たちが希少生物扱いされるという事態に関しては、正直なところカイトをしても慣れない現実のひとつだ。
それでも、そのお陰で六万人の地球人が保護されることになったと思えば、悪いことばかりではないと思える。
「おっと、話を戻しますね。つまり、公社の船団に接触しつつ、人工天体への救援に向かえば良いということですか」
『その通りだ。頼めるか』
「分かりました。ところで、救援の内容については」
『……うむ。説明するのは簡単なのだが、君に先入観を持たせるべきではないと判断している』
「はあ」
要領を得ない議員の発言に、カイトは今度こそ首を傾げた。
説明は出来るが、この場では説明しないということだ。それはカイト以外でもそうなのか、連邦市民となって日の浅いカイトに配慮してのことか。おそらく後者だ。テラポラパネシオは地球人、とりわけカイトに対しては心遣いが随分と手厚い。
問い詰めれば教えてくれるのだろうが、カイトもまた議員の判断を尊重することにした。
***
「あれで船団の一割程度だって?」
『そのようです、キャプテン。船体に表示されているあのマークが公社のシンボルでしょうか』
大型、小型、中型、超大型。無数の船が集団となって一定の方向に進んでいる。
船体には同じ意匠のマークが目立つ。色も大きさも形も異なる船の全てが、あのマークで公社の所属だと示しているわけだ。
地球人を奴隷として買い上げていた悪名高きザニガリゥ大船団。彼らと発生した大規模戦闘はカイトの名を世に知らしめたが、公社の船団は一部であってもザニガリゥ大船団に匹敵する規模だ。
『ザニガリゥ大船団と比べますと、戦闘艇の数は少ないですね。あと、データベースにある中枢母艦は来ていません』
「中枢母艦? あそこにえらいでかい船がいるけど違うのかい」
『はい。公社の中枢母艦はゾドギアの三倍程度の体積を持つ巨大な船です。あの船も巨大ですが、規模が違います』
「そりゃすごい」
船団の中央を走る船は、これまでに見たこともない大きさだ。しかしゾドギア程ではない。そう考えると、中枢母艦というのは果たしてどれほどの大きさなのか想像もつかない。
宇宙を翔ける楽しさを実感する一瞬だ。知っても知っても、次々に自分の想像を超える物事が増えてくる。
「そういう意味じゃ、ゾドギアも天体って名前はついているけど母艦なんだね」
『そうですね。これほどの船団を従える組織力、侮ってはいけませんよキャプテン』
「だから、なんでそう喧嘩を売る前提なんだいエモーション?」
最近、エモーションが妙に武闘派な気がする。自分の行状が悪い影響を与えているのではないかなどとは思いもせずに、カイトは一人他人事の溜息をつく。
とはいえ、これほどの規模の船団だ。穏当に接触するとして、どこに繋げば良いのかという問題はある。
ザニガリゥ大船団の時はこんな事を考える必要もなかった。何しろ、最も大きな船に向けて要求を突きつけるだけで良かったのだから。
だが、攻撃せずに併走しているからといって敵視されないわけでもない。カイトは意を決して、手近な船に通信を繋ぐことにした。
「希少生物保護公社とお見受けする。こちらは戦闘艇クインビー、キャプテン・カイトだ。そちらの責任者と話をしたいのだが」
『キャプテン・カイト!? 待ってくれ、我々は確かにアースリングの身柄を買い取ったが、君たちの言語で言うと極めて人道的に扱っている。そちらと戦闘する意思はない』
「僕にも戦闘の意思はないけど?」
話をしたいと言ったばかりなのに、通信に出た公社のスタッフは怯えた様子で言ってくる。
『日頃の行いですね、キャプテン』
「ちょっと黙っていてくれないか、エモーション」
感情表現が乏しいはずのエモーションの一言が、何故だかより一層心に突き刺さったカイトである。
「最初に言ったが、僕はそちらの責任者と話がしたいだけだ。それとも、君が船団の責任者なのかな?」
『そ、それは済まない。我々の情報網ではキャプテン・カイトといえばアースリングでもかなり獰猛で危険な性質だと聞き及んでいたのだ。情報を修正しておく』
「……それはどうも」
希少生物扱いの次は猛獣扱いとか。
何もかも放り出して攻撃してやろうかと頭の片隅によぎったものの、それだけを理由に公社を敵に回すとなればそれこそ猛獣だ。気持ちを落ち着けて、先方の反応を待つ。
『待たせた。支社長が対応する。差し支えなければお会いして話をしたいそうだ。問題がなければ、中央の船につけて欲しいのだが』
「支社長?」
翻訳のミスだろうか。随分と聞き馴染みのある単語が出てきた。
断る理由はない。カイトは静かに頷くと、通信先の相手に淡々と要望を伝えた。
「了解。航路を提示してくれ」
***
なお。
テラポラパネシオに永遠の友人と呼ばれ、彼らと同程度の出力で超能力を稼働できる。
地球人ではなく、カイト・クラウチという個人。別種の希少生物として取り扱うべきではないかという議論が本人の知らないところで動き出していることについて。
エモーションの口からカイトに伝えられることはおそらくないだろう。
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