希少生物保護公社
地球出身の生物学者
聞こえても無視しておきたい轟きもあってさ
無限だか有限だか知らないが、人の想像などを遥かに超えて広がっている大宇宙。
カイト・クラウチはとある事情から銀河に散らばってしまった地球人たちを保護しつつ、地球で暮らしていた頃には考えもしなかった銀河の旅を続けている。
だが、時間が経てば散らばってしまった地球人もまた、それぞれの場所で居場所を得るものらしい。
『聞こえるか? 聞こえるだろうキャプテン・カイト!』
「聞こえてるよ! 聞きたくもないけど!」
ほぼ真空であるはずの宇宙空間を、揺るがすような震動が轟く。それは不思議と重低音を伴って。
カイトが駆る戦闘艇クインビーと、併走するように宇宙を翔ける船団の目的地は同じだ。名もなき恒星系。カイトが所属する『連邦』が監視を行っている、数多くの星のうちのひとつ。
併走している船団は、連邦に所属しているわけではない。だからといって、連邦と敵対しているわけでもない。
「もう一度聞くぞゴロウ・サイトー! 君たちは本気なのか!?」
『ああ、本気だぞ、本気だとも! 君も協力してくれキャプテン・カイト!』
希少生物保護公社。
絶滅の可能性がある、あらゆる生物を可能な限り保護・救済することを目的とした企業体。一時期連邦に所属していたこともあるというが、今は離別して独自の活動をしている。
カイトと通信をしているゴロウ・サイトーは公社が派遣した船団の所属で、れっきとした地球人だ。地球にいた頃は生物学者をしていたそうで、その経歴を買われて任用されたという。
「あれを保護、保護だって!? 冗談じゃないぞ、あの向こうになにがあるのか、君たちだって分かっているはずだ」
『……それは分かっている! だから協力を要請しているんじゃないか』
再びの震動。小惑星帯を潜り抜け、巨大な惑星の環に視線を向ける。
土星の環のような美しいものではない。小惑星のような、岩の破片が無数に惑星の周囲を舞っているのだ。
『君だって
「……何も殺そうと言っているわけじゃない。行く先を変えてもらえればそれで十分なんだよ」
ずるりと、星の地表を割り開いて何かが出てくる。
惑星の大きさからみても不釣り合いなほど、巨大なヒモのような何か。岩が動いているようにも、蛇かミミズのようにも見える。
鯨が潮を吹くように、その背面から岩が空中に吐き出された。先に軌道上を飛んでいた岩に衝突し、互いに破砕される。
珪素生命体『星喰』。惑星の核を主食とし、宇宙空間を遊泳して暮らす巨大生物。
連邦政府の記録によると、何度か意思の疎通が試みられたが全て失敗。
知性体が暮らす惑星への捕食活動が開始されたことをもって、連邦は彼の生物との融和的共存を諦めた経緯がある。
「あの向こうには、生命の発生した惑星があるんだ。あの蛇がそちらに向かうことになったら、僕はあれを止めなきゃならない」
『私たちは、あらゆる希少生物の存続を企図している。星喰がそれを望むのであればあの星の生命体をすべてどこかに避難させる方法だってあるはずだ!』
「星から星へすべての生物を移住させるなんてこと、簡単に言ってほしくないものだね!」
『星喰の生態は、まだほとんど分かっていないんだぞ! 方向転換をすることで彼らの生命活動に重大な支障が起きたらどうするんだ!』
クインビーと公社の船団が急いでいるのは、互いが互いの目的を邪魔する側だから、でもある。戦端が開かれていないのは、どちらにも理屈があるのが分かっているから。
「そもそも、放し飼いにしていることを保護とか言うんじゃない! 億兆の命が吹き飛ぶかもしれないんだぞ」
『星喰の生態を研究すれば、ちゃんとした保護だって可能になる! そのための多少の犠牲は』
「……あんた、同じことを地球で死んだ何十億って連中に言えるのか」
ゴロウの言葉に、カイトの口からぞっとするほど冷たい声が口から漏れた。
ゴロウも頭が冷えたとみえ、返答もせず黙り込む。
カイトは通信を切り上げると、星喰が食事中の星を横切って通り過ぎた。この星から恒星に向かって四つ目の星が、連邦が観察を行っている惑星だ。多少離れた位置にゾドギア同様、惑星の発達を見守るための人工天体が設置されている。
速めに合流して、方針を決めなくてはいけない。
「あの頭でっかちめ!」
カイトならびに連邦の目的は、星喰の方向転換。不可能であれば排除。
ゴロウならびに公社の目的は、星喰の保護。ついでに生態の研究。
星喰が恒星の方向に向かってくる限り、互いの目的が釣り合うことはない。
『キャプテン。公社の船団が惑星軌道周囲に展開しました』
「だろうね。あの船団に地球人の生体反応はいくつある?」
『サイトー博士を含めて二十三名があの船団に勤務しているようです』
「了解。保護する人数が減ったことを喜べばいいのか、面倒に巻き込まれたことを悲しめばいいのか……」
最近の習い性になった溜息をつきながら、カイトはこんなややこしい状況に巻き込まれる羽目になったきっかけに思いを馳せるのだった。
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