戦闘艇クインビー量産計画

 カイトがディルガナーから相談を受けたのは、ディーヴィン人との不愉快な対話が終わってしばらくしてからのことだった。


「クインビーのコピー?」

「そうなんだ。ほら、ディーヴィンの連中との戦闘シーン。あれが人気でさ、あのタイプの船を造れないかって相談が色んなところから来てるんだよ」

「ほほう」


 色々と初耳の話だが、特に拒否する理由もない。

 建造作業のほとんどは、エモーションと中央星団にいるハマートゥだけで完結させている。カイトが口出しをしたのはゾドギアでグッバイアース号を鋼板に加工して貼り付けさせたことくらいだ。

 どうやらディルガナーだけでなく、中央星団のハマートゥまで質問攻めにあっているらしく、質問をディルガナーに丸投げしてきたという。ハマートゥはハマートゥでゾドギアでクインビーに何かしらの武装を追加したと思っているらしく、その情報を開示しろと暗に迫ってきてもいるようだ。

 そこでカイトは首を傾げた。


「ディルガナーさん、僕たちがクインビーに鋼板を貼り付けた時に同席してたじゃないですか。それをそのまま説明したら良いのでは?」

「あのな、カイト三位市民エネク・ラギフ。船の特殊武装なんて言ったら、その船の切り札だぞ? たとえ知っていても本人の許可なく外部に漏らせるかよ」

「ハマートゥ五位市民アルト・ロミアはクインビーの建造責任者でしょう? それを盾に開示を求められたら断れないと思いますが」


 エモーションの言葉に、ディルガナーはぷしーっと蒸気を吐き出した。不満の感情表現だが、その不満はこちらに向けたものではないようで。


「まあ、そりゃそうなんだ。そんなわけで、済まないとは思ったがハマートゥには既に伝えてある。……あるんだが」


 なるほど、本人の許可なくというのは、ハマートゥ以外に対してのことか。

 それにしても言い淀む。機械知性というのは、もう少し白黒はっきり言うものだと思っていた。

 カイトの視線と考えに気づいたのか、ディルガナーは頭部ユニットを左右に振ってみせた。


「信用しねえのよ。鋼板をただ貼り付けただけって言っても」


***


 論より証拠、ということで。

 中央星団のハマートゥと通信を繋ぐ。このとてつもない距離を、ほぼ時間的差異なく通信できてしまうという連邦の技術には驚くばかりだが、彼らはそれを特別なことではないと言う。それなりに時間をかければ、誰でもたどり着く答えだからと。

 さて、ハマートゥに船体そのものを見せ、かつエモーションとディルガナーの記憶データを提供する。そこまでしてようやく、ハマートゥは信じられんと呟いた。


『元々のディ・キガイア・ザルモスとほとんど変わらないじゃないか。それどころか射撃武装すらない。……え、本当にあの鋼板だけなのかこの船の武装』

「だからそう言っているだろうが、このガマハデッグ」

『ああ、三位市民の旦那とエモーション氏が言うんだから信じた信じた。お前の言葉が信用されないのは普段の言動のせいだと思いなこのガマハデッグが』


 何やらディルガナーとハマートゥのふたりは折り合いが良くないように見える。エモーションはどちらに味方したものかおろおろしている。この辺り、感情表現の機微に疎い彼女には理解しにくい概念かもしれない。

 カイトには、モニター越しに言い合っている様子は、悪友同士の日常のやり取りにしか見えないからだ。

 取り敢えず、話を進めることにする。


「鋼板を船体に貼りつけて組み換え、それぞれの用途に使おうというのは僕の発案ですね。自分の意志で動くのであれば、使い慣れた自分の手のようなパーツがあると分かりやすいと思って」

『ああ、あれはびっくりした。腕そのものをパーツとして取りつけなかったのは何故だい?』

「故障したらすぐには直せませんからね。皮膚のように一部だけを取り繕って、あとはイメージで補えばあとは僕次第ですから」

『なるほどなあ。それで、鋼板の組成は……? 何だよこれ、ほとんどが地球製の安物じゃないか。え、あれでどうやってディーヴィンの障壁と装甲を破壊出来たんだコレ』


 ハマートゥの質問には答えようがない。カイトにしてみてもやろうと思ったら出来た、程度の認識しかないからだ。


『お。一部の鋼板が連邦規格に近い組成だな。敵船の破壊にはこれを使ったのか』

「それはキャプテンが現地調達した分ですね」

『現地調達ぅ?』


 ますます分からないといった様子。こちらはハマートゥだけでなくディルガナーもだ。


「安物の鋼板ですから、壊れたらそれっきりでしょう。なので、破壊した敵船の破片を調達したってわけです」

『訳が分からんぞ! なら、それを調達したのはどうやったっていうんだ!?』

「それはその、やってみたら出来たとしか」

『納得できるかーっ!』


 多分、ディーヴィン人たちも今のハマートゥたちと同じような感想を持ったのだろうな、と。

 カイトは蒸気を噴き出して叫ぶふたりを見つめながら思った。


***


『もういい。真面目に解析しようとすると頭が痛くなるのだけは分かった』

「はあ」

『取り敢えず、鋼板を船体に張り巡らせるのと、それを用途に応じて組み替えて使うというアイデアは面白い。その方向で作ってみよう』

「そうだな。実はそう思って、鋼板に組み込むシステムの設計は始めている。見てみろ」


 カイトの鋼板は超能力で動かしているものだが、あらかじめ鋼板にプログラムを組み込んでおくことで似せることにしたようだ。

 あとは技術者の領分である。会議を始めたディルガナーとハマートゥを置いて、カイトはクインビーの方に足を向けた。


「不思議です。キャプテン」

「なにが?」

「いえ、あのふたり。最初は仲が悪そうでしたのに、いざ仕事の話になると随分と仲が良いように見えます」

「そういう友達もいるものなんじゃないかな」


 カイトの答えに、エモーションは納得できないらしい。きゅるきゅるきゅる、とどこからか音を立てている。そんなことをされても、カイトだってそれくらいしか言えることはないのだけど。

 クインビーの鋼板にそっと指を這わせ、呟く。


「連邦はディーヴィンを攻めるそうだね」

「はい。その上で、ディーヴィンの影響下にある星々を解放し、連邦に編入すると発表がありました」


 ディーヴィンは明確に連邦の敵となった。あらゆる自由を尊重する連邦が敵を自ら規定するのは珍しいことだという。連邦に戻るために、自分たちの正しさを連邦に証明するために。今なお罪悪感など持たず、多くの命を弄び続けているのだ。連邦にしてみれば、顔に泥を塗られたと言っても良い。


「キャプテンは戦場に出ませんが、クインビーの姿を模した船はきっとディーヴィンを攻めるのにも使われるのでしょう」

「……そうだろうね」


 ディーヴィンは連邦に戻りたかった。だが、明らかに方法を間違えた。それに気づいた時には、もう手遅れだった。それだけのことだ。

 連邦がどこまでやるつもりなのかは、聞いてはいない。聞くつもりもなかった。

 だが、きっと今後ディーヴィン人と出会うことはないのだろうな、という漠然とした確信だけは心の底にどろりと染みついている。


「何だろうね。……連中に今更謝罪して欲しいわけじゃないんだけど、何だか複雑だよ」

「気にしないことですよ。キャプテンも地球人も、被害者なのです。彼らの行く末を気にかける必要などありません」

「ありがとう、エモーション」


 少しだけ気分が持ち直した。あるいはディルガナーたちも、それを見越して声をかけてくれたのかもしれない。

 友人たちの心遣いを感じて、カイトは口許を緩めるのだった。


***


 それにしても。

 ディルガナーとハマートゥ。そういえば前にリティミエレも言っていたっけ。

 ガマハデッグとは、どういう意味なのだろうか。翻訳も利かないから、スラングの一種なのだろうけど。

 わざわざ調べるほどのことでもない分、何だか一段ともやもやするのだ。

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