インタビュー・ウィズ・エイリアン<敵性>(後編)

 どうやら最も触れられたくない部分に直撃したらしい。ディーヴィン人が視線を逸らしたのと同時に、ィエルケの発光が随分とサイケデリックなものに変わった。背後からさざ波のような気配が飛んでくるが、これは代表の超能力の波か。

 翼ある者。空から降りてきた神の伝承。各地の古い神話などを紐解けば、ディーヴィン人を指していそうなものは数える必要もないほどだ。

 代表は言った。生命の入れ替えを行われた星への干渉は行われていないと。にも関わらず、あまりにもそれらしい描写が多かったこと。カイトの疑念は、ディーヴィンの存在によって払拭されたと言って良い。あとはそれをぶつけるだけ。思った以上に思ったとおりだった。


「カイト三位市民エネク・ラギフ。まるで知っていたような口ぶりですが」


 ィエルケが驚いたように聞いてくるが、カイトにしてみれば連中がどのようにして連邦に気付かれずにこんなことを出来たのかの方が気になった。


「予測はつきました。地球の古い神話に、翼のある天の遣いだとか、文明を授けてくれた天からの来訪者だとか、まあ色々とありますからね。誰かが地球人と地球の文明に手を入れた。連邦ではないと代表から聞きましたから、そうなるとこいつらだろうなって」

「なるほど、当事者ならではの観点ですね。連邦に戻りたいのに連邦の法を破る、その理由が分からなかったのですが……」


 ィエルケの点滅は止まない。カイトが口にした話題に関する思考を引き出そうとしているのか。

 カイトはカイトで、ディーヴィン人が何を考えているかの想像がついてしまうのが嫌で嫌で仕方ない。


「連中は罪だと思っていないんでしょう。環境の整備だと言い出しているわけですから、むしろ連邦の間違いを正してみせるとでも思っていたのでは?」

「そ……そう、その通りだ! 我々の方法が正しいと立証されれば、我々の追放処分も間違っていたことになる。それに、所詮は定命の下等生物、我々の管理下にあれば、連邦への奉仕だってこれまで以上に」


 ばちん、と。

 そんなことを言い放ったディーヴィン人の顎が跳ね上がった。

 カイトではない。ィエルケの方を見ると、驚いたようで点滅を止めていた。だがその驚きは今起きた現象の方ではないらしく。


「定命の下等生物とはよく言ったものですね。生体情報の登録と復活は、ディーヴィン発祥の技術ではないのに」

「ィエルケさん?」

「ああ、済みませんカイト三位市民。これは外にいる代表の仕業です。気絶していますが、命に別状はありませんから」

「いえ、そうではなくて」

「アースリングを下等と表現することは、あなたのことも下等だと言っていることになります。テラポラパネシオの永遠の友人をそのように言う愚か者は、こうもなるでしょう」


 テラポラパネシオの永遠の友人とは何のことだろうか。いや、確かに強めのテレパシーをもらった覚えはあるけれども。あれってそんなに大ごとなのか。

 ィエルケはそれだけじゃない、とどこからか溜息らしい音を出した。


「それに、私たちは死を選択的権利と出来ただけで、命に限りがないことを誇るべきとも思っていません。その辺りの考えの違いが、ディーヴィンの市民権が低かった原因だというのが未だ分かっていないと見えますね」

「まあ、そういうことで上等だ下等だと言えるから、命の入れ替えなんて暴挙に出られたんだと思いますが。……さて」


 カイトは頭を軽く押さえると、少しだけ次の言葉を吐き出すのを躊躇した。ディーヴィンを慮ってのことではない。それを肯定されてしまうと、その連中と命の根源を共有していることが心底嫌だと感じてしまいそうだったからだ。

 だが、言わねばならない。まだ滅びることなく生き残っている、出会ったこともない同胞たちのために。


「連邦法で禁止されているのに、命の入れ替えを行った。連邦から追放された事の間違いを証明するために、地球に潜んで進化と文明に干渉した。間違いないか」

「あ、ああ」

「そうか。……あんたら、地球以外でも同じことをしているよな?」

「!?」


 ィエルケが悲鳴じみた音を立てた。同時に、尋問室自体がひしゃげるような音を立てた。代表だろう。相当に怒っている。

 返答を待つまでもない。あの(クラゲが関わらなければ)冷静な代表が激発しているのだ。

 溜息をひとつ。続ける。


「つまり、まだ滅びずに頑張っている星にもあんたらの手が入っているわけだ。自然な進化と、その先への支援を信じて見守ってきた連邦の意志を無視して」

「し、知らない! そんな話は知らないぞ! 見守ってきた!? 連邦が……!?」


 部屋の奥にいたディーヴィン人が、悲鳴を上げる。

 命や進化を踏みにじってきたことへの後悔や、罪の意識ではない。連邦の方針を知らず、それに逆らってしまったことへの恐れ。

 この期に及んでこうなのであれば、きっと彼らにはこれから先も地球人への罪悪感を抱くことはない。


「我々は、我々は戻りたかった。戻りたかっただけだ。我らの母星へ」

「……まことに申し訳ありません、カイト三位市民。もう、戻ってもらって構いませんので……」


 ィエルケの言葉。同時に、こちらに向けられる縋るような視線。代表たちを宥めてほしいとでもいうのだろうか。

 よくも言えたものだと唇を噛んだカイトの耳に、とても命乞いとはいえない口調で声が飛んでくる。


「た、頼む。助けてくれ。わ、我々がいなければお前も生まれることはなかったのだぞ!」

「そうだ、我々はお前の創造主なのだ……助ける義務がある!」


 投げかけられた言葉に、頭が瞬間で沸騰した。


「歴史を遡った命の入れ替えで、生まれるはずだった数多の命が滅んだ。いま、僕がここに居るのは、あるいはあんた達のお陰なのかもしれない。だがね……僕はあんた達に何一つ、感謝なんてしたくない!」


 限りない侮蔑を込めて吐き捨てると、カイトは今なお恐れおののくディーヴィン人たちに背を向けた。

 一瞬たりとも、この場にいたいとは思えなかったからだ。


***


 理性がわずかでも残っていて良かった。少しばかり落ち着いたところでカイトはゆるゆると息を吐き出した。あのまま感情のままに力を行使していたら、ィエルケまで巻き込んでしまっていたに違いないからだ。


『済まなかった、カイト三位市民。嫌な思いをさせたな』

「私からも謝罪します。安易に力を借りようとせず、応援を待つべきでした」

「構いませんよ。気になっていたことが分かりましたから。あいにく、誰にも話せませんけどね」


 広場のベンチに直行して休憩を取っていると、しばらくして代表とィエルケがわざわざ顔を出してくれた。

 どちらも心なしかしょんぼりしている様子だ。つくづく、連邦市民は人が好い。

 その後の尋問の結果、ディーヴィンがどうやって連邦の監視をすり抜けたのかも分かったという。

 連邦が星の監視を始めるのは、その星に知性体が発生して文明を築き始めてからとなる。だがディーヴィンは、その前の時間軸に仕込みを済ませていたようだ。

 元々は入植する予定だったから、命の入れ替えを行って死んだという同胞が既に準備を進めていた。その施設を流用していたのだとか。


「それはまた……」

『我々は再び、罪を重ねてしまうこととなった。失われた星々の者たちに、何と言って詫びれば良いか』


 連邦のせいではない、と安易に言える話でもない。だが、彼らの判断はカイト自身も間違っているとは思えないし、責めようとも思わなかった。悪いのはかつて星々に入植しようとしていた連中と、命の入れ替えを行ったディーヴィンなのだ。

 もちろん連邦の中にも入植に加担した者はいただろうが、反省して償おうとし続けているのであれば責める意味もない。責めたとして、少しばかり気が晴れる以外に何が残るというのか。


「キャプテン・カイト。随分な暇つぶしになってしまいましたね」

「本当だよ、エモーション。しばらくは何も考えたくないな。頭を空っぽにして読めそうなタイトル、探しておいてくれるかい」


 重くなりかけた空気を察してか、エモーションが冗談を飛ばす。そこに軽口を返して、カイトは細く長い息を吐いた。


「代表、この件は地球の皆には秘密にしておいていただけると」

『もちろんだ。残った星々に関しても早急に対応するし、ディーヴィンの件も先ほど議会に上げられた。アースリングが連邦での生活に慣れる頃までには全て終わらせていることを約束する』

「……助かります」


 立ち去って行くふたりを見送ってから、カイトはぼんやりと頭上に視線を向ける。

 大きな窓、その向こうにアバキアの一部が見えた。

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