インタビュー・ウィズ・エイリアン<敵性>(前編)

 十万を数える大規模人身売買のリスト化は、まだまだ時間がかかりそうだ。

 地球人たちの改造は日々進んでいる様子で、リティミエレをゾドギアで見かけることも増えてきた。カイトとエモーションもゾドギアを動き回り、内部構造にはそれなりに詳しくなったといえるだろう。

 とはいえ。待たされる時間が長引けば刺激が足りなくなってくるもので。


「……そろそろ何かしたいところだねえ」

「これが退屈という状態なのですね。ストレス値が上昇しています、キャプテン」


 食堂で食事を終えたものの、部屋に戻るのもゾドギア内部を散策するのも気が向かないと、だらだらしている。

 人工天体ゾドギアは人工天体と言うだけあって、かなり大きい。しかし、やはり被造物だけあって区画の見た目には法則性がある。最初のうちこそ地球とは違う意匠を興味深くも思えたものだが、今では慣れてしまって刺激にはならない。

 カイトは端末で古典芸術を楽しむという暇つぶしの方法があるのだが、問題はエモーションだ。アップデートによって文字通りの情動や情緒を獲得したばかりの彼女にとって、この平坦な日常はどうにも苦痛らしい。

 相棒の精神的な成熟を嬉しく思うとともに、カイトはエモーションの暇つぶしになる材料を何か用意しておかないといけないなと感じ始めていた。旅路の中で退屈のストレスが爆発してしまえば、お互いに危険だ。


「それなら、少し手伝ってはいただけませんか」


 声をかけてきたのは、ゾドギア滞在中に仲良くなったスタッフの一人だった。名前は地球人には発音しにくい音域らしく、『ィエルケ』と呼ぶのが最も近いと教えてもらった。

 球体型と呼ばれる種族のひとつで、体が常時浮遊しているのが特徴だ。体内で循環するガスの化学反応で時折体表が発光現象を起こすこともあり、カイトは知り合った当初に何だか人魂みたいだなと思ったものだ。

 さて、ィエルケは代表と一緒にディーヴィン人の尋問に関わっているスタッフらしい。発光パターンを操作することで相手の脳活動に干渉し、思考の誘導を行いやすくすることが出来るそうなのだが。


「ディーヴィン人の尋問ですか? あまり関わり合いになりたくないんですが……」

「ええ、お二人の意向は知っています。ですが、困ったことに尋問に苦心しているのです」

「おや。代表は心が読めるでしょう? ィエルケさんと代表のふたりで、尋問が上手くいかないことがあるのですか」


 専門家がかかって出来ないことが、自分に出来るとはカイトには思えなかった。

 と、ィエルケは困ったように体表をぴかぴかと点滅させる。


「いえ、アースリングについての尋問は終わりました。カイト三位市民エネク・ラギフのお力を借りたいのは、少しばかり別のことなのです」

「?」


***


 代表の読心術は、表層の思考しか読み取ることが出来ない。ィエルケの思考誘導と組み合わせれば、理論上は読み取れない事柄はない。しかし、不思議なことにふたりは望み通りの情報をディーヴィン人たちから引き出すことが出来ていないのだとか。

 尋問対策を行っている様子も、思考制御を行っている形跡もないのに、狙っている思考に導くことが出来ない。


『困ってしまっていてね。恥を忍んで連邦本土に応援を要請しようと思っているのだが、彼らが来るまでに試せることは試しておきたいのだ』

「それで僕たちに尋問に立ち会えと」

「カイト三位市民にはご迷惑をおかけしますが……できれば」

「そうですね。あまり気は進みませんが、お役に立てることがあれば手伝います」


 関わり合いになりたくないのは本音だが、本来は自分が関わる筋の問題であるとも思っている。何しろ、ことは地球人絡みなのだから。

 それに、退屈に飽いている現状、どんなことでも暇をつぶせるならいいかなと思ったのも事実だった。


***


 尋問室は、思ったよりも普通の部屋だった。ディーヴィン人たちは機材に繋がれているわけでもなく、劣悪な扱いを受けているわけでもない様子だ。こういうところを見ると連邦は流石だなと思う。

 同席しているのはィエルケだけだ。代表は部屋の外でこちらをサーチしているらしい。


「お、お前は……!?」

「おや、お会いしたことがあったかな。済まないね、ディーヴィン人の顔と名前は一致していないんだ」


 声をかけてきたディーヴィン人の顔を、本気でカイトは思い出せなかった。ゾドギアで見た生態情報とは違い、地球人に似た姿のままだから、擬態を解いたわけではないようだが。

 顔立ちは地球人に似ているが、翼の形はそれぞれ異なる。彼らの種族は、その辺りに個性が集中しているのかもしれない。


「……お前が突っ込んできた船に居た」

「ああ、僕を銃撃してきたうちの一人?」

「ぐっ」


 視線で圧をかけると、ディーヴィン人の顔が歪む。カイトの言葉も、視線も、意識を向けるだけでも。今では物理的な圧力として周囲に影響を与え得る力なのだ。

 だが、今は復讐や報復の時間ではない。あくまで代表とィエルケの手伝いだからと圧を減らし、手近な椅子に座る。


「実は尋問の手伝いを頼まれてね」

「お前が……?」

「そうなんだ。まあ、特別そちらに不利になるようなことはしないよ」


 何しろ、こちらは思考を誘導するだけで良いのだ。

 あとはィエルケと代表が上手いことやってくれることになっている。


「ではまず、あんた達の出自について聞いておきたい」

「なに?」

「そりゃそうだろ。僕はそもそも、あんた達が連邦から追放されたという知識くらいしか持ち合わせていないんだ」


 カイトの問いに、ディーヴィン人たちは戸惑ったように顔を見合わせる。

 隣に浮かぶィエルケの体が、奇妙に点滅する。彼らの中でどんな意見の統一があったかは知らないが、一人が重々しく口を開いた。


「我々は、母星を失った種族なのだ」


***


 ディーヴィンが連邦に加入したのは、連邦の歴史からすると新しい方に分類されるようだ。とはいえ、地球の周期で言えば億以上というから、連邦の歴史には感嘆するほかない。

 政治形態は言うなれば王制。王族の血脈は連邦加入当初から連綿と続いており、つまりは億年を超えているということになる。連邦の改造技術で世代交代も随分とゆるやかになっているようだが、だからこそ価値観というのはそうそう変わらないものらしい。


「母星を失った理由は、それほど珍しいものではない。恒星の肥大によって母星が飲み込まれて消えた。よくある話だ」


 ィエルケに視線を向けると、その通りだという返答。連邦の発足自体が、恒星の死に巻き込まれるのを避けたことだと聞いていたから、どうやら宇宙では本当に珍しくないらしい。

 ディーヴィンは母星の消滅を前に恒星系を去った。宇宙の果てに望みを賭けて、厳しく選別した生き残りを宇宙へと逃がした船団。彼らが連邦に拾われたことで、母星に残された人々もまた生き残ることが出来たわけだ。


「我々が生き残ることが出来たのは、連邦の方々のお力添えによるものだ。ディーヴィンの民は誰もが、そのことにずっと感謝している」

「その割には追放されたようだがね?」


 カイトの皮肉に、ディーヴィン人たちは何の痛痒も感じていない様子だった。彼らは心の底から、自分たちを正しいと信じている。それがよく分かる態度だ。


「母星を失った者たちの、願いが何だか分かるか」

「さあ、何だろうな」

「お前にもいつか分かる。……安住の地を取り戻すことだ」


 ディーヴィンは、いくつかの星の生態系を根底から変えようと目論んだ。そして追放された。その理由とは、まさか。


「……そこにあったはずの命の、ことごとくを滅ぼしてでも、か」

「誰だって自分たちが住みやすいように住環境を整えるだろう? それと一緒だ」

「僕たちはその成果だとでも?」


 そこまで言うと、ディーヴィン人たちの怒りと憎しみの視線が突きつけられる。

 嫉妬もあるか。何故お前がその場所にいるのか、と言わんばかりの。


「お前たちは、我々ディーヴィンがいなければ存在することもなかった。我々を崇め敬い、尽くすのが似合いだ。それなのに」

「だから地球の歴史や文明に干渉していたのか?」


 被せるようにぴしゃりと核心を衝くと。

 カイトに向けられていた悪意と視線が、霧散した。

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