地球人才人説とその反証
「うむ……これは確かに凄い」
連邦の中央星団某所。
ホールのような場所に集まった全員が、大画面に映された映像を憧憬と嫉妬の感情を視線に乗せて眺めている。
集まっているのは、種族も年齢もまちまちだ。少なくとも見た限りで共通点を見出すことは出来ない。
「まさかテラポラパネシオの方々と見紛うほどの出力でディ・キガイア・ザルモスを運用できるとは。しかも彼は訓練は受けていないのだろ?」
「うむ。身体改造が終わって、まだほとんど時間が経っていないそうだ」
軽いざわめき。画面に映っているのは、先ごろの地球で起きたクインビーとディーヴィンの船団との戦闘の様子だ。
彼ら――『外部空間への意志の発出による物理干渉能力研究会』は、その全員がテラポラパネシオの操る力に憧れ、その能力を自分たちの身体改造に選んだ面々である。
その出力は本家テラポラパネシオの足元にも及ばないが、多様な修練によって多少なりとも力の成長を遂げている。当のテラポラパネシオも研究会の努力を高く評価しており、その研究に力を貸しているのだとか。
「何やら、かの星……地球ではテラポラパネシオの方々が使われる力を元々『超能力』と呼んで定義していたらしい」
「なんと。既にその概念を持ち合わせていたのか。種族的に才能を持ち合わせているのやもしれん」
「かの星にはテラポラパネシオの方々が注目する何かがあったとも聞く。全ての個体が集結したとされるあの伝説の光景、私も間近に見たかったよ」
「私もだ」
「同じく」
研究会には地球人が一人も所属していないせいか、奇妙な方向に彼らの推論は転がるばかりだ。宇宙クラゲを崇敬している彼らにとって、多くの地球人の正気を削った宇宙クラゲの集団到来でさえも羨ましいイベントのひとつでしかないようだ。
彼らの勘違いを指摘する者もないまま、地球人が生まれついて超能力の才能を持っているのではないかという推論が、いつの間にか事実であるかのように彼らの会話を侵食していく。
「もし地球人が種族的に才能を持っているのであれば、私はこの肉体を地球人と同じ組成に再改造するのも辞さないのだが……」
「そうだな。常々、可能であればテラポラパネシオの方々の肉体を得たいと思っていたが、種族特性的に難しいと言われてきたのだ。地球人が才能を持つのであれば、今の肉体を棄てることも厭わないとも」
「そうだな。だが、カイト
「ならばどうする。誰かが地球人の組成に再改造してみるか?」
「……駄目だった場合には戻さねばならんのだろう?」
「うむ……」
超能力が連邦市民の身体改造として人気がない最大の理由が、その不安定さだ。そして次の理由が、本家である宇宙クラゲと比べて明確に低下する出力にある。
実際のところ、ディ・キガイア・ザルモスを操れるほどの力を持っていない超能力者などより、普通に微細マシンなどで身体改造を行った市民の方が出来ることは幅広い。
要するに、研究会の面々は労働において連邦内の需要がないため、常に金欠なのである。
資源の問題を完全に解決した連邦では生活に困ることはないのだが、この手の道楽については金がかかりがちだ。
そんな中、これまで話を静かに聞いていた一人がすっと前脚を挙げた。
「まあ待ちたまえ。私に妙案がある」
「妙案だと?」
「そうだ。我々が資産を使わなくても地球人の才能を確認出来る、良い方法が」
「……詳しく聞こうか」
***
人工天体アバキア。
六十万人あまりの地球人が、順番に身体改造を受けている。
一番人気なのはやはり微細マシンの移植による強化だ。次点が全身の機械化。稀に別種族の肉体組成への遺伝子レベルでの変換、などという特殊な改造を希望する者もいる。
当然、カイトが受けた改造を希望する変わり者もいるわけで。
「まあ、待つんだアースリング。この改造は個人の精神状態に強い影響を受ける。端的に言うと、危険なんだ」
「最初の改造は無料だが、二度目以降は有料なんだ。俺たちとしては一度別の改造をしておいて、二回分の改造資金を貯めたところで試してみるのをお勧めするよ」
「後悔してからでは遅いのです。悪いことは言いませんから、これ以外の改造にした方が良いでしょう」
カイトの時と同じ轍を踏まないように、という意向からか、アバキアのスタッフにテラポラパネシオの姿はない。危険なインターセプトは絶対にさせないという鋼の意志が垣間見える。
その甲斐あってか、ほぼ全ての地球人が超能力の取得以外の改造プランを選んでいる。リティミエレたちの目論見は達成されつつあった。
一か所を除いて。
***
「ちえっ」
ジョージ・ヘクサは唇を尖らせて通路を歩いている。
ディーヴィン人とクインビーが戦った時に、ディーヴィンの船に収容されていた中の一人だ。
船の端、窓側に近い場所に詰め込まれていた彼は、ディーヴィンの船を次々と撃破していく戦闘艇をその目ではっきりと見ていた。
カイト三位市民。地球人でありながら連邦の高位市民権を取得し、更には超能力を駆使して異星人の超文明を蹴散らした。
まるで古いコミックのようだ。ジョージ少年はどうしてもカイトと同じ改造プランを選びたかった。しかし、見たこともない異星人たちが四方から説得という名の圧力をかけてくるのだ。ジョージは自分が希望したプランを押し通すことは出来なかったことが不満で仕方ない。
と、通路の向こうから犬が歩いてきた。犬らしいのは分かるが、見たこともない犬種だ。思わず見つめていると、犬が口を開いた。
「ジョージ・ヘクサ君だね」
「い、犬が喋った!?」
「犬ではない。私はドゥンギーマ。君の願いを叶えようと思ってね」
「願い? 願いって……」
「超能力……試してみたいのだろう?」
喋る犬と出会ったことで混乱している頭の中を、見透かすような言葉が差し込まれる。ジョージは驚いていたことも忘れてドゥンギーマを見返す。
「な、なんで」
「私も微弱ながら超能力を使えるのだよ。同じ願いを持つ者……その心を読むことくらいは出来る」
「お、俺も超能力を使えるようになるのか」
「ああ。気に入らないようであれば、君の再改造の費用は私が負担しよう。君にリスクはない。……どうかね?」
「な、何でそこまで」
喜びと、同時に不安。
ジョージの疑問に、ドゥンギーマは気持ちは分かると頷いてみせた。
「カイト三位市民のことは知っているね」
「も、もちろんだ。俺たち地球人の自慢だよ」
「うむ。彼の超能力は凄まじい。能力の元々の持ち主であるテラポラパネシオにもひけを取らないほどだ。私たちは、その才能が地球人に共通したものであるか、それともカイト三位市民だけの特殊な才能であるかを確認しておきたいのだ」
「だから、俺を……?」
「そうとも。君が才能を持っていれば良し、持っていなければ再改造すれば良し。互いに利害が一致したのだと思ってくれ」
「わ、分かった。……受けるよ、その提案」
ジョージはドゥンギーマから差し出された右前脚を、握手するようにそっと掴んだ。
***
暫くして。
「駄目だ、地球人であっても才能はまったく違うようだ」
「そうか。やはりあれはカイト三位市民の才能ということだな」
残念そうな、嬉しそうな声が行き交う。
ドゥンギーマが椅子に伸びて、しょんぼりと端末を操作している。
表示されているのはジョージの改造後のデータ。
残念ながら、研究会の面々と大差ない出力しか出せないという結果が出た。
「ジョージ君も、最初のうちは喜んで使っていたが、途中で分かったようだ。微細マシンによる再改造を受けたよ」
「……それにしても、よくアバキアに伝手があったな」
「リティミエレ
ドゥンギーマとリティミエレは種族こそ違うが同郷の友人なのだ。リティミエレが地球人の超能力適性に不安を抱いているのを知っていたドゥンギーマは、この機会に確認の必要性を説いたのだ。思ったよりすんなりと話は通り、相手の心を少しばかり読めるドゥンギーマが説得に回ったのである。
「リティミエレ四位市民も安心、我々も知りたいことが知れて満足。良いことばかりだね」
「残念ではあるがな。やはり安易な道に流れてはいかんのだな」
ほう、と誰かが息を吐いた。
見ている映像は相変わらずクインビーとディーヴィンの船団の戦闘シーン。
この日の議題は、研究会の名前を『超能力研究会』に変えるのはどうかというものだった。
今のところ、賛成多数である。
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