銀河放浪こぼれ話
ゾドギアの食
ディーヴィン人から情報を抜き出すまでの間、クインビーは待機せざるを得ない。
立ち会ってみてはどうか、と言われたがカイトはあまり興味はなかった。どうせ不愉快になると分かっているし、本人たちの口から聞こうが、報告書を読もうが内容が変わるわけではない。
ともあれ、地球人の売り先のリストが完成しない限り、カイトとしても動きようがない。十万人分のリストなのでディーヴィンの船からも情報の押収が始まっているはずだから、大人しく待つ。
と、久々にカイトの腹の虫が鳴った。そういえば改造してからこっち、何も口に入れていない。体感で一週間ほどは何も食べていないことになるが、体が不調を訴えてくることもなかった。そういう意味では、改造によって肉体も強化されたのだなと実感する。
「そういえばエモーションの補給はどうするんだい? 食事するわけじゃないよね」
「ええ。基本的には充電ですね。人間態であれば食事も可能ですが、あまり興味は湧きませんね。味覚という概念がいまいち理解出来ないのです」
「ふむ。その辺りはさすが連邦の技術ってところだね。僕もそろそろ空腹になってきたから、ちょっと実験的に食事してみようか」
「はあ」
「別に僕のサポートだけを生きがいにする必要なんてないんだからさ。味覚を発達させて食事を趣味にするのも、それはそれで面白い経験なんじゃないかと思うよ」
カイトの言葉に少し心を動かされたのか、エモーションはしばらく考えてから頷いた。
「そうですね。キャプテン・カイトが食事をしているのをぼんやり待つだけ、というのも外聞が悪いですか。お付き合いしましょう」
「そう来なくちゃ」
***
ゾドギアに勤めているスタッフは、五千人ほどいるらしい。カイトが出会ったのが代表とリティミエレとディルガナーだけなのであまり意識していなかったが、天体規模の船を運用するのには、それはそれなりに人数が必要になる。
そういう意味で、食事が必要なスタッフ向けの食堂が存在するのも自然な流れと言えた。予想通りというか、テラポラパネシオは食事要らずらしい。
「おや、カイト
「リティミエレさん」
食堂にはかなりの数が詰めていた。当然ながらほぼ全員知らない人物だが、運よくリティミエレが食事をしているところで助かった。注文の仕方も料理の種類も分からないのだ。
リティミエレがいなければ他の誰かに聞くところなのだが、知り合いがいるとこういう時は頼みやすい。
「改造が終わってから食事してなかったので、来てみました」
「そうでしたか! お誘いすれば良かったですね。申し訳ない」
「いえいえ。取り敢えず注文の方法だけでも教えていただければ」
「分かりました。……ああ、すみません。ここにはまだアースリング向けの料理は揃っていなくて」
「地球人には毒になりそうな材料とか使っていますか?」
「そういう料理も中にはありますね。改造を済ませたカイト三位市民なら大丈夫だとは思いますが、アースリングの味覚に合うかどうかは。よろしければアバキアに向かった方が」
「いえ。これから連邦で生活する以上、地球人向けの料理がないところに行くことも増えるでしょう? 慣れておきたいと思います」
カイトは自身の好奇心をむずりと刺激する話なので、是非ここの食堂で食事を楽しみたいと思い始めていた。
思ったよりも前のめりなカイトに若干の困惑を見せながらも、リティミエレが頷く。
「分かりました。エモーションさんもご一緒ですか?」
「はい、リティミエレ
「なるほど。それではご案内しますね」
***
エモーションの味覚は一般的な地球人の基準で調整されているらしい。さすがに初めての食事で毒を食べさせるのも良くないということで、注文の際には地球人の毒になる物質が入っていないものを頼むことになった。
具体的には、リティミエレの種族の郷土料理である。
「カザギイラルケニです。カザギ産のイラをケニしたもので、私たちの種族では祝うことがある時に食べるものなんですよ」
「へえ、それは興味深い」
「とはいえ、連邦に所属してからはわざわざイラを狩猟することはなくなりました。連邦の技術であれば、イラと完全に同じ形質の食材をゼロから作り出すことが出来ますから」
「なるほど。つまり実際にはカザギイラルケニ風の料理と」
「そういうことです。特に味も栄養価も変わりませんし、無駄に命を消費する必要もないだろうと」
リティミエレとの会話で、取り敢えずどんな食材かの当たりをつける。
狩猟、つまりイラとは動く生き物。ケニ、つまり何らかの加工。カザギ、産地。
地球でいう肉料理だと納得して、渡されたナイフとフォークを使う。
口に運ぶ。爽やかな香りが鼻に抜けて、噛み締めるたびにじゅわりと味が口の中に広がる。
「……キャプテン・カイト」
「何だい?」
「私は味覚というものを知覚した初の食事です。この味わいを何と表現すれば良いのか分からないのですが」
「苦みとえぐ味、かな」
「そうですね。この香り成分は……」
「地球の基準でいうとペパーミントの近縁かと思う」
「この食感は」
「ねっとり、という表現が最も近い」
つまり、地球人の味覚からすると激マズである。
エモーションの口を動かす速度が、徐々に遅くなっている。せめて飲み込んでしまえばその苦行も終わるのだが、リティミエレの手前言い出しにくい。
カイトはリティミエレがエモーションに意識を向けないよう、そういえばと話しかけた。
「リティミエレさん、アバキアのお仕事は終わったんです?」
「いえ、まだです。地球の食事は私にはどうにも口に合いませんので、こっそり戻って来ちゃいました」
「そうなんですね。ここの食事で地球の味に似たものってあるんですか?」
「ありますよ。ただ、ちょっと元素的に毒性のある材料を使っているので今回は外しました」
「成程。次はそちらも食べてみようかな」
平然と食べ進めながらリティミエレとにこやかに会話するカイトを、エモーションが信じられないものを見る目で見てくる。
リティミエレもカイトが普通に食事しているので、どうやら口に合わなかったかと心配はしていないようだ。
程なく食事を終えたリティミエレは、食器の片付け先をカイトに教えて、アバキアへと戻って行くのだった。
***
「いやあ、独特な味だった」
「……極めて不愉快な刺激でした。私はこれまでで一番、キャプテン・カイトを尊敬したかもしれません」
自室に戻るまでの道を、カイトは普通に、エモーションが前かがみになって歩く。
毒性の有無ではなく、味覚の方向性で選ぶべきだったかもしれないと反省する。エモーションはじっとりとした視線をカイトに向けてきた。
「それにしても、よくもあの刺激で表情を変えませんでしたね」
「うん? まあ、マズかったけど顔色が変わるほどじゃなかったよ」
「はあ」
「追放刑の監獄で出てきた食事。あれに慣れると味覚とかどうでもよくなるよね」
「え」
「あれも刑罰の一種なのかね? 追放刑の食事を苦にして世を儚んだ受刑者とかいなかったのかな」
「そ、それは確かに統計的にはそれなりに……え?」
下水と泥を煮詰めたようなあのペースト。それを常飲していた三年間。
それと比べれば、味に文句をつけることなどありえない。
「ま、エモーションも最初がアレじゃなくて良かったと思うよ。あれが最初だったら永久に食事なんて要らないって思うんじゃないかな」
「で、ですがキャプテンはあれを飲んでも最初から顔色なんて変えてなかったじゃないですか!?」
「いいかい、エモーション」
カイトはエモーションの方に振り返り、足を止めた。
真剣な顔で言う。
「人間はね、下の下を知っていれば、それ以上のものは気にならなくなるものなんだよ」
「ま、まさかそれ以下の味を……!?」
その疑問に答えることなく、カイトは穏やかに笑みを浮かべた。
「取り敢えず次は、地球人の味覚に近い味付けのものを食べるとしよう。僕だって美味いものの方が嬉しい」
「そ、そうですね」
余談ではあるが、この後。
エモーションが地球人向けの味付けの料理を食べて、(機械の体なのに)感動の涙を流したことが記録に残っている。
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