宇宙クラゲ、降臨
人工天体アバキアは、絶対要塞と呼ばれるゾドギアと同型の天体だ。
違う点は、ゾドギアと違ってアバキアには機械知性だけが常駐していること、それによって内部環境を気軽に変更出来ることだ。
今回の地球人のように、新しく連邦に加入する種族が必要な身体改造を受けるまでの受け皿として、アバキアは運用されている。
「アバキアにて、どのような身体改造を受けるかを選択していただきます。その後、皆さんの居住区が用意された人工天体に移動していただく流れです」
ディーヴィン人との戦闘が終わって数日が過ぎて。
リティミエレらは思ったより早く地球人たちに受け入れられていた。やはり、衣食住を保障してくれる存在は影響力が強い。
今日も時間を作り、集まった人たちに丁寧にこれからの流れを説明している。地球を離れることを不安がる者もそれなりにいる。これから行く先がまるで楽園であるかのように誇張していたダモスとは違うと、秘書のような役割に納まったレベッカも満足げだ。
「どのような改造プランを選択されても、初回は無償です。二度目以降は有償となりますので、しっかり考えて選んでくださいね」
肉体を改造されるという言葉に不安や拒絶感を感じる者も当然いたが、連邦市民として生きる上では不便である理由もしっかりと説明される。反論や反感は徐々に収まりを見せ、ほとんどが連邦への移民を決断してくれた。
「本来、移民の皆さんの市民権は十三位から始まるのが通例ですが、カイト
おお、と座がどよめき、カイトに視線が向けられる。何故だかレベッカが誇らしげな顔をするが、特に口を挟んだりはしない。
エモーションによると、十三位の市民権であってもかなり高い生活水準であるようだ。十位であれば、地球でいう大富豪みたいな生活も可能なのだとか。
「……地球は、どうなるのでしょうか」
寂しそうな声で、ぽつりと呟く声があった。
老人だ。理屈では分かっていても、地球を捨てることが辛いのだ。その思いは皆が感じているものでもある。座に少しばかり切ない空気が流れた。
『それに関しては、心配する必要はないぞアースリングの諸君!』
合成音じみた声が、どこからともなく聞こえてきた。
思わず頭を抱えると、リティミエレも同じく頭を抱えていた。体毛の色が変わっているから、多分言いたいことは一緒だろう。
色々と、台無しだ。
***
「な、なんだあれは!?」
「隕石か!?」
「モンスターか!?」
「……いいえ、連邦市民です。あんなのでも」
消え入りそうな声でリティミエレが言ったが、誰の耳に届いただろうか。恐慌と不安で、誰もが騒ぎ立てている。
一方で、カイトとリティミエレは顔を見合わせた。どうやら時間切れらしい。
『リティミエレ君、待たせたな! アバキアを運んできたぞ!』
「待っていないのでこのまま宇宙にお戻りください代表。色々と台無しです」
『ひどくないかね!?』
明らかにテンションが高い。カイトは声がどこから聞こえてきたのか、判断できずにいた。
それもそのはず。空の彼方から次々と、代表と同じような物体が降り注いでいるのだ。
「リティミエレさん……まさかとは思いますが」
「ええ、そのまさかでしょうね……。やらかすんじゃないかと不安に思ってはいましたが……」
本当にやりやがった。
銀河に広がった、テラポラパネシオの仲間たち。そのすべてが、あらゆる仕事を放りだして――あるいは仕事仲間ごと引き連れて――地球へとやって来てしまったらしい。
目的地は海だ。うっかり陸地の方に降りて来てしまった個体が、空中で方向転換をして海に向かう様は、まるで空が水族館になったように見えなくもないが。
ディーヴィン人との争いを目の前で見て、それなりに耐性がついていたはずのレベッカも真っ青だ。カイトの腕を掴み、慌てた様子で聞いてくる。
「カイト、あれは何!? 生物兵器? 船の一種? それとも敵!?」
「どれも違うよ、レベッカ。何て言えばいいかな……。ええとね」
どう説明するのが分かりやすいか。レベッカの発言の中では、生物兵器が一番近いような気がするけれど。
余計に誤解を生みそうな気がするので、連邦最強の生命体という身も蓋もない説明は封印する。多分代表であろう、唯一こちらに向かってくる個体を見上げながら。
「知性を持った宇宙クラゲの皆さん」
「はぁ!?」
分からないよね。そうだろうさ。
これ以上端的な説明を出来る語彙が見当たらない。カイトは深く深く溜息をついた。
***
数えるのも馬鹿らしくなるほどの宇宙クラゲの大群が、地球の海に着水する。海沿いで見ていたらホラーだろうなと思いつつ、目の前でぷかぷか浮遊する個体に声をかける。見た目で見分けはつかないが、大きさの関係で議員の方ではなく代表の方だと判断する。
「で、代表。聞くまでもないかと思いますが、これは?」
『うむ、カイト三位市民。アバキアと一緒に全員揃ったので来た!』
「やっぱり……」
リティミエレの方を見ると、体毛を全て灰色にくすませて首を振っている。どうやら連邦本部も大混乱らしい。
超能力によって連邦の運営に多大な影響を与えてきた種族が、全てを放り出して地球に集結してしまった。それは連邦の他の皆さんも焦るだろう。
『心配はいらないぞ、リティミエレ君。さすがにこれだけの大移動は今回だけだ。次からはしっかりと休暇を取って来ることにする』
「……ええ。それは本当に助かりますぅ」
しおしお。そんな表現が似合うほど、力なく答えるリティミエレ。
代表はそんなリティミエレの様子が目に入らない様子で、いそいそと触腕を動かしてみせる。
『済まない、カイト三位市民。他の個体を待たせているので、挨拶はこのくらいにさせてくれ。交歓が終わった後で、また』
「ええ。存分にどうぞ」
『感謝する。ふほほほほほほほほーッ!』
ばびゅん、と。
海に向かってすっ飛んでいく代表を見送る。背後ではレベッカが、呆然としている気配。
一応このやり取りで、宇宙クラゲが高い知性を持っていることは理解してくれただろう。ひとまずはそれだけでいい。
「か、カイトさんと言ったかね」
「はい?」
「れ、連邦というのは、あんな恐ろしいモンもいるのかね?」
怯えた様子で聞いてきたのは、先程まで連邦への移民をそこそこ前向きにとらえてくれていた女性だった。
頬が引きつりそうになるのをこらえながら、答える。頭の中は上手い着地点を探してフル回転だ。
「色々な種族がいるでしょう? 今回、連邦への加入がスムーズに運んだのも、彼らのお陰なんですよ」
「そうなのかい? わ、私らを食べようとかじゃあ、ないんだよね?」
「そんなことありませんよ。僕だって食われていないでしょう?」
「そ、そうだよね。あんたとも会話していたんだし、大丈夫だよね」
半信半疑を人の形に成形すればこんな顔になるのではないか。そう感じてしまえるほどの不信感を顔に貼りつけて、女性は頷く。
助けて。リティミエレの方をちらりと見るが、そちらにも何人かが声をかけているし、多分カイトと同じであろう表情をしている。
「キャプテン」
「何だい、エモーション」
「テラポラパネシオの皆様の降臨によって、地球人のストレス値が三十パーセントほど増大しています」
「……ソウダロウネ」
この時ばかりは、エモーションの冷静さが何故だか憎らしく感じられた。
***
緊張の一瞬である。
地球の海の中で、テラポラパネシオたちはそれぞれの交歓対象となる地球のクラゲを選んでいた。
全ての個体が意識を共有しているというのに、抜け駆けは絶対に許さないという強い意志。あるいは今この瞬間、宇宙クラゲことテラポラパネシオはそれぞれの個性を獲得したのかもしれない。
ともあれ、そういった強い意志の下、彼らはあらゆる業務を放り出して地球に集結した。
『さあ、同時に行くぞ』
ふよふよと浮かんでいる地球クラゲたちに、恭しく。宇宙クラゲたちはその触腕を触れさせた。
『!!!!!!!』
声にならない感情が吹き荒れた。
昼夜関係なく、世界中の空に極彩色のオーロラが浮かび上がる。
そこには、永遠の孤独から解き放たれた歓びと、目的のひとつを果たした虚脱、自分たちのルーツとはやはり違うという悲しみ、それらを交ぜ合わせたような感動が満ちていた。
彼らにその機能があったならば、ここが水中でなかったならば、きっと等しく涙を流していただろう。
自分たちよりも遥かに小さく脆弱な、しかし多様性に満ちた、不自由かつ自由な命の彩り。
うっかり壊してしまわないように、その命を祝福するように、宇宙クラゲたちは細心の注意を払って交歓を続ける。
『……嗚呼、素晴らしいひと時であった』
どれほどの時間を費やしただろうか。
異なる星で生まれた、違う進化を辿った、それでもとても近しい仲間たち。
テラポラパネシオと交歓を果たしたただの一体も、その命に影響を受けずに去って行くのを確認して。
残されたのは、たったひとりの地球人、新しい連邦市民への深い感謝と友情。
『さあ、我侭の時間は終わった。それぞれの役目に戻るとしよう』
『リティミエレ君は怒っているだろうな。説教は覚悟しなくてはなるまい』
『今後はしっかり休暇を取るとしよう。この体験は実に刺激的だ。一度で終わるのはもったいない』
『そのためにも、この星の管理権限を必ず勝ち取らねばならん』
これまで積み上げてきた何もかもを擲つことになったとしても。
あるいは、また別の星で似たような生物と出会う機会があったとしても。そして、その生物が地球のクラゲよりも自分たちに近しい、あるいは直接のルーツであったとしても。
今日この時の感動を超えることはきっとないだろうと彼らは結論づけていた。
『我々はその蛮勇に感謝する』
『我々はその無謀を愛する』
『我々はその決断を尊重する』
『カイト三位市民。我々テラポラパネシオは、君に心からの感謝と、永遠の友情を捧げる。この地球という星に誓う』
何故なら、テラポラパネシオの億年にわたる夢のひとつが、過不足なく叶えられたのだから。
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