イカロスより近く

 ディーヴィン人の戦闘行動が止む。だが、一隻だけ状況を把握していない船があった。ギルベルトだ。


『何故止まる! 戦え、戦えよ! このままじゃ俺たちは!』

「後はお前だけだ、ギルベルト・ジェイン」

『この化け物がぁぁーッ!』


 宇宙空間に生身で立って、平然と行動している。そりゃ化け物扱いも仕方ないかなと思いながら、カイトはクインビーを反転させた。

 明確に生身のカイトを狙う光弾を弾きながら、船首をぶつける勢いで加速。交錯の瞬間、鋼板――すなわち働きバチワーカーを数枚撃ち込むが、ギルベルトの乗る攻撃艇は気にする様子もなく飛び回る。

 大型船と比べると明らかに速い。働きバチが正面衝突すれば一撃で撃沈させられるだろうと思うが、向こうもそれを分かっているようでジグザグと動き回っている。働きバチの多くは避けられてしまい、上手く当たっても軽く刺さった程度で痛撃には至っていないようだ。

 中からエモーションが早く戻って来いと警告を発しているが、今のところそのつもりはない。戦闘経験は積んでおいた方がいいからだ。いつか星の海に旅立つ時に備えて。

 ギルベルトの方も、光弾以上の攻撃手段はないと見える。とにかく狙いを絞らせないように動き回りながら、無意味さを噛み締めながら光弾をばら撒いている。


『畜生、ちくしょうこの化け物ぉぉーッ!』

「ギルベルト・ジェイン。お前は蜂の生態には詳しいかな?」


 働きバチを撃ち込みながら、数回の交錯。クインビーは無傷、ギルベルトの攻撃艇は複数着弾してこそいるが、致命傷には程遠い。

 目も随分と慣れてきた。そろそろ終わりにすべきだろう。リティミエレを始めとした、連邦の人たちを待たせるのも良くない。


「展開」


 台座を組んでいる以外の、全ての働きバチをクインビーから剥がす。

 ギルベルトの攻撃艇に刺さっている鋼板をマーカーとして、四方から追尾させる。


『何だ!?』


 全周囲を同時に確認できる目でもない限り、全てを避け切ることは不可能だ。無茶苦茶に動く攻撃艇だが、船体に刺さる働きバチが増えてくると、徐々に動きが鈍ってくる。

 程なく、働きバチの群れが攻撃艇を覆い隠したところで、動きが止まった。


「さて、と」

『ひっ』


 あと一撃。それで仕留めることが出来る。


「ギルベルト・ジェイン。少なくともあんたは連邦に加入していい地球人じゃない」

『ま、待て! 待ってくれ。分かった。俺が悪いことをしていたのは確かだ。連邦とやらの一員になるつもりはない。このまま追放してくれればいい』


 ギルベルトの言葉。敗北を目前にして、生き延びるために打てる手を打ち始めたと見える。

 躊躇なく命乞いをしてくる辺り、生き汚いというかしぶといというか。


「いいだろう。あんたをここから追放する。……行け」

『ありがたい。感謝するよ。……なんだ?』


 だが、カイトはギルベルトをこの場から生かして解放するつもりなどない。働きバチに包囲させたまま、この宙域から離脱させる。目的地は既に定めてあった。

 おそらく攻撃艇にも転移にまつわる装置は搭載されていると見ている。そうでなければ、自分を追放しろなどと言い出すはずがないからだ。追放されたと見せかけて転移で地球に戻る、そんなところだろう。そんなことは許さない。


「さて、終わりだ。エモーション、リティミエレさんに連絡を頼むよ」

『その前に、さっさと船内に戻ってください!』


 色々限界なのだろう、エモーションの怒鳴り声が足元から響いてきた。


***


 武装を解除されたディーヴィンの船は、一旦地球に戻されることになった。

 船から降ろされた地球人と、取り残された形となっていた地球人たちに向けて、リティミエレが説明を行っている。


「連邦から、人工天体アバキアをこちらに運んできています。アースリングの皆さんはそちらに収容され、しかるべき処置をそれぞれ行った後に連邦へとお送りすることになります」


 ディーヴィン人ほどではないが、リティミエレの外見は地球人にとっても馴染みやすい。隣にレベッカが立っているのも、人々を落ち着かせるのに役立っている。

 今回人質にされた地球人も、取り残された者たちも、ディーヴィン人が自分たちを売り飛ばそうとしていたことを知らない。

 知らないままに地上に降ろされたことで、皆不安がっているのだ。

 ここでディーヴィン人の悪事を伝えたところで、彼らが信じなければ意味はない。レベッカがリティミエレを紹介することで、第二陣以降は連邦が地球人を保護するというストーリーに落ち着いた。売り飛ばされたであろう地球人たちを助けることで、徐々にでも事情が伝われば良いと思っている。

 今のカイトの役割は、船から引き離されたディーヴィン人たちの監視だ。ディーヴィン人たちをひとつの建物に押し込め、カイト自身は窓から外の様子を見ている。

 ピクラシカアと名乗ったディーヴィン人が、こちらを上目遣いに見ながら聞いてきた。


「我々は、どうなるのだ」

「さあ? 僕も連邦の法律にはまだ明るくなくてね」

「連邦市民を不当に略取し、連邦以外の文明に売ろうとしたということですから。まあ、それなりの罪には問われるでしょう」

「そんな……! 地球の連邦加入前であれば、免除されるはずだ」


 代わりに答えたエモーションの言葉に、ピクラシカアが顔色を変える。

 勝手な言い分だと思うが、その辺りの判断はカイトではなく連邦の法律に明るい誰かを待つべきだろう。

 とはいえ、先に連れ去られた地球人たちを諦めるという選択肢はない。法の下に救出出来れば良いが、無理ならクインビーで海賊稼業かなと考える。


「おい、何とか言ったらどうなんだ!」

「その判断をしてくれる人がそろそろ来るぞ。……ほら」


 先程から聞こえてきていた足音が止まり、扉が開く。地球人たちへの説明を終えたリティミエレが、レベッカを伴って入ってきた。


「カイト三位市民エネク・ラギフ。お疲れ様でした」


 三位市民、とディーヴィン人たちがざわつく。

 どうやらディーヴィン人が連邦に加入していた頃であっても、三位市民の地位を得た者はいなかったようだ。視線の質が目に見えて変わった。


「ありがとうございます、リティミエレさん」

「礼は不要です。地球人が連邦に加入した時点で、皆さんは私たちの同胞です。それを助けるのは私たちの責任でもありますから」


 もちろん、先に連れ去られた皆さんもです。

 そう続けたリティミエレの体毛が赤く染まったのを見て、ディーヴィン人は一人残らずがっくりと項垂れるのだった。


***


 ギルベルトは焦っていた。

 どの機材に触れても、何も反応しない。鋼板に船体を完全に包囲されて、どこを飛んでいるのか、何も見えない。

 攻撃艇に転移装置があるのは確認してあった。あとは追放された後、ほとぼりが冷めたところで地球に戻ろうと画策していたのだが。


「くそっ!」


 甘かった。レベッカと同年代の若造だと軽く見ていたか。

 自分の命が段々と危険になっていく実感を背筋に感じながら、どうにか生き残る方法を模索しようと機材をめちゃくちゃに操作する。


「一体どこに向かっているんだ!」


 飛んでいるのは分かる。一直線だ。だが、方向感覚も時間感覚も喪失したギルベルトには、今自分がどの辺りを、どれだけの時間飛んでいるのかも把握出来なかった。

 自爆覚悟で光弾の発射を試みたが、反応はなし。このまま餓死するまで飛び続けるのだろうか。


「誰かいるのか!?」


 ぐい、と。誰かに船体を引っ張られたような動き。

 助けが来たかと期待するが、引っ張る動きが加速するだけ。

 もしかするとディーヴィン人のような異星人に、船ごと略奪されようとしているのか。異星人の奴隷にされるのであれば、いつも通りの口八丁でどうにか無事を確保しようと決意する。

 大丈夫だ、生きてさえいれば成り上がれる。自分はこれまでにもそうしてきたのだから、と自身を鼓舞する。


「なあおい! 俺はギルベルトっていうんだ。あんたは?」


 反応はない。しかし、船体にかかる力は増えている。言葉でコミュニケーションを取らないタイプなのだろうか。


「えっ」


 突如、目の前の鋼板が剥がれた。モニターの向こうが見える。

 視線を巡らせたが、船を掴んでいるアームのようなものはなかった。異星人ではないのか? 一方で、次々に鋼板が剥がれていくのが見える。

 どうやらあの男の力が届かない場所まで来たようだ。勇んで計器に触れてみるが、やはり反応はない。おかしい。

 ふと、剥がれた鋼板が離れていかないことに気付いた。船と一定の距離を保ったまま、モニタの向こうに浮いている。


「何だ、何が――」


 続く言葉は出なかった。逆側のモニターが復活した瞬間、視界に飛び込んできたのは過剰なまでの赤。


「ぐあっ!?」


 すぐに光量が調整されたようだが、目の痛みは強い。涙を流しながら目を瞬かせる。引き込む力が更に強くなった。目をこすりながら、モニターを見る。


「太……陽……?」


 写真か何かで見たことがある。灼熱の光球。太陽系の中心。恒星。

 太陽が、ぐんぐんと近づいてきている。


「ひぃっ! まさか、まさか」


 加速。このままでは飲み込まれる。

 いや、その前に潰れるか、溶け落ちるか。

 嫌だという声が、声になる前に。

 ギルベルトの棺桶は太陽の内部へと飲み込まれて行った。


***


「い、生きてる?」


 死んだ、潰れたと思った。

 だが、どうやらまだ生きている。外を見ると、何かの膜のようなものが船体を包んでいるように見えた。

 鋼板が光っている。鋼板同士を緑色の細い光が繋いで、太陽の何かがこちらに影響を与えないように頑張っているのだ。障壁というやつか。あの男は、こちらを殺すつもりまではなかったのだろうか。


「あ、ああ……生きてる」


 安堵。五歳も十歳も年を取ってしまったような疲れを感じて、床にへたり込む。

 どちらを見ても、赤、赤、赤。炎と光が支配する中でたった独り。

 計器に触れた。いまだ反応はなし。


「どうやって出ればいいんだ? ……いや、?」


 障壁はいつまで保つのだろうか。自分がここで餓死するのが早いか、障壁が圧力に負けて崩壊するのが早いか。助けなど来るまい。ここは恒星の中なのだ。

 ふと閃くものがあった。あの男は、最初からこうするつもりだったのではないのか。障壁がいつまで保つか分からない。その恐怖と、何も出来ない絶望の中で、いつやって来るか分からない最期を待てと。


「いやだ」


 知性が抜け落ちた声が、ギルベルトの口から漏れた。


「いやだ、たすけてくれ! こんなのはいやだ、たのむだれか!」


 鋼板から煙が出ているような気がする。いや、緑色の光が薄くなったような。

 改めて機材を無茶苦茶に操作する。血が出るほどの力で叩くが、異星の文明の船はぴくりともしない。


「あ、ああっ! だめだ、まだもえつきるな!」


 モニターにすがりつき、心から懇願する。居るかどうかも分からない神に祈りながら。

 そんな中で、ギルベルト・ジェインの命がもうすぐ尽きることだけは、何よりも確かな事実だった。

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