スペースオペラの主役を張るには
飛び散った鋼板は、船体から切り離されてもなおカイトの管理下にある。
立て続けに光弾が撃ち込まれるが、船体には何の影響もない。ギルベルトは楽しんでいるだろうなと苦笑しながら、エモーションの報告を待つ。
鋼板がきらきらと、光弾の光に照らされて幻想的な様子を見せる。そろそろ相手も違和感を感じるだろうかと思ったところで、報告がわりの表示が映し出された。
『キャプテン、お待たせしました。赤く囲んである船からは地球人の反応がありません。青には乗っています。お気をつけて』
「了解。それでは反撃といこう」
ギルベルトが飛び出してきた船は、確かに青い。エモーションのサポートを疑うことはないが、安心して赤く囲まれた船に狙いを定める。
まずは最前方の二隻だ。
「行け、
鋼板に力を通す。速度は、威力だ。下から上へ、間違っても地球人を収容している船に当たらないよう、角度をつけて突っ込ませる。
――それは、弾丸というよりも稲妻を帯びた光線に見えた。
直線状に飛翔する、無数の鋼板。カイトの超能力を帯びた鋼板が、敵船の障壁に激突し、干渉し、最後には突き破る。
障壁に粉砕された鋼板もあるが、それ以上に敵船に殺到する数の方が多い。障壁を乗り越えたものも、単体では装甲に弾かれるが、執拗なまでに突撃する鋼板の群れが瞬く間に外装を削り取っていく。
ひとつ、装甲を貫いたら、後はもう止めようがなかった。無数の『働きバチ』が船体内部を蹂躙し、それぞれに飛び出してくる。
機関部を破壊したのだろう、内部から自壊していく敵船が、爆発で一瞬だけ明るく輝いた。左、次いで右。
「ついでだ。硬そうな破片を頂戴するとしよう」
破壊された鋼板の代わりになりそうな破片を、無事な鋼板に挟み込ませて引き寄せる。力を通せば、それだけで次なる働きバチの完成だ。
『……再利用は大事ですよね』
ギルベルトの乗った攻撃艇は、先程よりも光弾の密度を上げている。だが、カイトはそちらに一切注意を向けることなく、次の標的を探す。
ほぼ同時に、敵船からも砲撃が飛んできた。恐慌でも起こしたのか、ギルベルトごと沈めても構わないと思っているような勢いだ。
「次はこちらを試そうか」
鋼板を繋ぎ合わせて、拳をふたつ、形取らせる。
地球人が乗っていない一隻の、両側に移動させて拳を開くように指示する。
拳を形作っていた、鋼板が飛び散った。もしも力の形が見えれば、開いた手の、指先の部分に鋼板が集中しているのが分かっただろう。
力場で作った巨大な手が、敵船を包むように掴みかかる。障壁による干渉は先程よりも遥かに強く、指先へと砲撃も集中するが、残念ながら最後まで阻むことは出来なかった。
がっしりと両手で掴んだ敵船を、カクテルを作るように振る。まさか船の中も、シェイクされることを前提にした防御機構はなかったようで、ほどなく反撃が途絶えた。
そのまま、手近な敵船に振り下ろすようにして叩きつける。ふたたび二隻が撃沈。
「さて、地球人が乗っていないのはあと何隻かなと」
『乗っていないのは十六隻、乗っているのが十七隻です』
さっさと片付けよう。そんなことを考えていたところに、焦った様子で通信が繋がれた。真っ青なディーヴィン人の顔が表示される。
『何を考えている!? ひ、人質がいるのが分からないか!?』
「大丈夫だよ、地球人がいない船から狙っている」
名前も知らないディーヴィン人の脅しを、カイトは平然と切り捨てた。
***
「なんだあれは、あれが地球の船だと!?」
ピクラシカアは、言い知れぬ不安を感じながらも、その感情を惰弱とねじ伏せて攻撃を指示した。ギルベルトに乗ってしまった以上、最早どんな言い訳も通じないと分かっていたからだ。
船体から剥がれた破片が兵器となって僚船を撃沈した。地球に潜伏していた時に確認した限り、あのような兵器は存在していなかったと断言できる。だとすると、あの武装は連邦の技術だ。しかし、それにしても。あの戦い方はまるで。
「まさか……まさか」
画面の端では、強引に通信を繋いだ僚船と敵船の通話が流れている。
人質のいない船から狙っていると言い切った。つまり、どこに地球人が乗っているか既にばれている。はったりではない。撃沈された四隻は、確かに地球人が乗っていない船だった。
「おい、今すぐ撤退の経路を確保しろ!」
「何を言っているんだ、ピクラシカア!」
「信じたくはない……信じたくはないが、あれはディ・キガイア・ザルモスかもしれない」
「馬鹿な!? あれにテラポラパネシオが乗っているというのか!?」
「ならば、それ以外に考えられるか!? あの破片、材質は地球製だぞ!」
地球の合金程度では、万発当てられようとディーヴィンの船を傷つけることなど出来るはずがない。障壁もそうだ。明らかにあの船体には、別の力が加わっている。しかも、こちらの技術で解析できない何か。
ピクラシカアの知識において、連邦の技術といえども法則さえ無視する兵器への心当たりは一つしかなかった。
連邦に敵対する星団の、全戦力。それをたった一機で撃滅してみせた、銀河最強の種族。連邦在籍時代、当然だがディーヴィンでもテラポラパネシオの力を導入する試みはあった。失敗を重ね、ディーヴィンでは再現が出来ないと結論が出た頃、彼らは連邦から追放されたのだ。
「……ピクラシカア」
「どうした」
重い口調で、船の操舵を担当していた僚友が声をかけてくる。
不安を押し殺しつつ、問い返す。返ってきた答えは、考え得る限りで最悪のものだった。
「駄目だ。連邦の船が包囲している。逃走は出来ない」
「馬鹿なッ!」
何もかもが、予想を裏切る。自分たちは何か致命的な思い違いをしているのかと、再び強烈な不安が心に湧いてきたところで、画面の向こうが動いた。
「……嘘だ。地球人が、あの力を?」
***
『カイト
「リティミエレさん!」
通算で七隻目を撃沈させたところで、僚船からの通信が届いた。
こちらに脅しをかけてきた船からの通信は、先程途絶えたばかりだ。最後まで人質を殺すとか喚いていたが、ディーヴィン人というのは頭が悪いのだろうか。
人質を殺してしまえばカイトが沈める船を選別する理由はなくなるし、かといってこちらが止まらなければ人質にそもそも意味がない。躊躇して、相手に隙を見せることの方が自分にとっても人質にとっても遥かに危険なのだ。
『包囲は完了しています。彼らをここから逃すことはありません。人質の救出に、私たちも力を貸しましょう』
「助かります」
『あまりカイト三位市民だけに負担させるわけにはいきませんからね。では、我が船の力をご覧ください』
ディーヴィンの船を逃がすことがなくなったとあれば、手伝いを拒む理由もない。
頷くとほぼ同時に、斜め右上から真っ赤な彗星のような何かが敵船に激突した。障壁も外装も粉砕して、敵船に深々と突き刺さっている。
音は聞こえなかったが、カイトもエモーションも啞然としてそれを見守るしか出来ない。激突した部分から、何か泡のようなものが発生して隙間を塞いだ。
『突撃艇アガンランゲ。人質のことはこちらに任せて、カイト三位市民は残りの船を頼みます』
「了解しました。ではちょっと、本気を出しますか」
心強い。味方というのは本当に心強いものだ。
カイトは笑みを浮かべて、席から体を起こした。高揚している今なら、きっと何でも出来る。そんな確信があった。
『キャプテン、何を!?』
「外で直接働きバチを操ることにする。エモーション、サポートを頼むよ」
船の外、台座へと短距離転移を行う。
まるで吸い付くように足が台座を踏みしめ、宇宙空間に生身で立っていることへの不安もまったくない。
『キャプテン!』
「大丈夫さ、エモーション。クインビーと僕が揃っている限り、この『力』が届く範囲は全て、僕の法則の支配下だ!」
髪から走る紫電が増し、カイトの体が薄緑色の光を纏う。台座を構成している鋼板以外が船から剥がれ、クインビーの本体が露わになった。
前傾姿勢を取り、狙うのは敵の旗艦。
「突っ込め、クインビー!」
『きゅるきゅるきゅる! ああもう! 何があってももう知りませんからねええ!』
機械知性に悲鳴を上げさせるなんて、そうそうないだろうな。
船体前面に集結した鋼板が、壁のような槍のような、そんな形を取った。
***
「ご期待通り、だったかな。レベッカ、アリサ。あと残りの二人」
「か、カイト……?」
「荒っぽい運転で済まないね。古式ゆかしきラムアタックってやつさ」
旗艦の艦橋を突き刺したクインビーの台座から降りて、レベッカと妹に手を差し伸べる。両親――いや、後ろの二人はおまけだ。
おずおずと伸びてきた二人の手が、カイトの手に触れる。その寸前に、カイトは四人を短距離転移でクインビーに放り込んだ。
銃撃があったからだ。光線が、カイトの防壁に触れて消失する。光線銃とは。古典SF愛好家としては色々疼くのだが、残念ながら今はそんな場合じゃない。
「さて、この船の人質は今の四人だけ……じゃないのか。流石に全員をクインビーに収容するのは無理だね」
このまま感情のままに吹き飛ばしてしまいたいところだが、ままならないものだ。
溜息をついていると、見覚えのあるディーヴィン人が声を震わせた。
「何なのだ、貴様は! 地球人でありながら、何故」
「ああ、連邦でも使いこなせる人が少ないんだっけ?」
「馬鹿を言うな! 中にテラポラパネシオを乗せているのだろう? この短期間でどうやって彼らに取り入った!?」
「はぁ? あぁ……うん。答える意味を感じないね」
どうやらカイトが超能力を使っている事実を、目の前のディーヴィン人は認めることが出来ないようだ。テラポラパネシオを懐柔したと考える方が、確かに可能性としては高い。
だが、そういう答えが出てくるということは、地球人を格下に見ているということでもある。そうであるならば、カイトはディーヴィン人と会話を成立させる必要性を認めない。
「ま、早めに降伏するのを勧めるよ。降伏の連絡はリティミエレさんにどうぞ。あそこのアガンランゲって船に乗っているみたいだから」
「リティミエレ……絶対要塞ゾドギアの副代表まで駆り出したか。地球には一体何があるというのだ!」
リティミエレは副代表だったのか。親切な人という印象しかなかったのだが、相応に立場のある人物だったらしい。
カイトは色々と幸運を掴んだのだなという実感も含めて、端的にこの幸運の端緒となった事実を教えてやることにする。
「クラゲかなあ」
「何? 一体何を」
クラゲについて知っているかどうか、その反応からは分からなかった。だが、どうでも良いことだ。台座に戻って、船体を引き剥がす。ひゅごうと、空気が勢いよく抜けた。
混乱に見舞われているであろう船内には構わず、クインビーを次の標的に向ける。
背後からギルベルトが懲りずに光弾を発射してくるが、無視だ。
「ふむ……あの岩がいいかな」
地球の重力に引かれたか、戦場を横切ろうとしている巨岩に目をつける。ディーヴィンの船の高さの半分ほどはあるだろうか。これほどの大きさの岩でも、大気圏に突入すると削り取られて燃え尽きるというのだから、自然というのは凄いものだ。
働きバチを巨岩に取りつかせて、勢いを止める。カイトは自分の頭上に来るように位置を調整してから、超能力で外側から圧をかけた。
鋼板で包み込むようにしながら、数十メートルはあった岩塊を圧縮していく。
髪から舞う紫電が、まるで電流のように迸った。意外と力を使う。
逃げ場なく圧縮された岩が、密度を増しながら縮む。
小さく小さく、包囲した鋼板にぴったりと包まれ、隠れてしまってもなお、更に極限まで圧縮を続ける。
満足な小ささまで圧縮したところで、岩を包囲する鋼板の群れを、円筒状に成型する。圧縮された岩くれを弾頭とした、即席の砲台だ。
旗艦を狙いたかったが、人質にされた地球人が乗っているからそれは出来ない。地球人が乗っていない中で、最も大きな一隻に狙いを定める。
「回転を付与。加速。加速。加速。……発射」
極限まで圧縮された弾頭は銃弾のように回転しながら、まるで何の障害もないとばかりに障壁と装甲を貫き、船を斜めに貫通して弾ける。
弾頭は高速回転のせいか超能力の効果か、見た目以上の破壊をもたらした。引き千切られた船体は、程なく内部からひしゃげるようにして轟沈する。
『降伏……降伏する。どうか、命ばかりは助けてくれ。頼む』
次弾を装填しようと次の巨岩に視線を向けたカイトの耳に。
旗艦から力なく、絶望の声が届けられた。
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