決別・人質・尊厳
「馬鹿な!」
「事実だ。僕が連邦市民であると分かるのだろう? ならば僕が嘘をついていないことも分かるはずだ」
「くそっ!」
混乱するディーヴィン人と違い、ギルベルトの反応は早かった。
えずくレベッカに駆け寄って、抱き起こす。助けるためなどではなかった。そのこめかみに銃口を当てて、カイトを睨みつける。
今のカイトに、銃弾を止めることなど造作もない。たとえ撃たれるのがレベッカであっても、だ。
「お前、本当に地球人か」
「ああ。あんたと同じく、追放刑で宇宙にいたよ」
「なんだ、ご同輩かよ。……で、なんの幸運で宇宙人に拾われた?」
ギルベルトから同類扱いされるのは不愉快だったが、世間から見れば同じようなものか。カイトは溜息をこらえつつ、事実を告げる。
「地上に戻る気になれなかったから、木星軌道を目指しただけさ。あんたの言う通り、幸運にも無事にたどり着いてしまってね」
「イカレてんな」
「それに関しては、否定するのは難しい」
ギルベルトは話を聞きながら、ちらりとディーヴィン人たちに視線を向けた。レベッカを抱えたまま、じりじりとそちらに近づいていく。
何をするつもりかと油断なく見ていると、ギルベルトは抑えた口調で彼らを怒鳴りつけた。
「さっさと落ち着けよ面倒くせえな! おい、俺と今すぐこいつをお前らの船に転送しろ」
「何を言って」
「あの野郎を殺すんだよ! このままにしておいたら、俺やお前らにとって不利なんじゃねえのか!?」
「っ!」
ギルベルトの言葉に一理あると思ったのか、ディーヴィン人たちはさほど迷うことなく手元の端末を操作する。
瞬間、ディーヴィン人とギルベルト、レベッカの姿が消えた。転送と言っていたから、ディーヴィンの船に移動したのだろう。
オブジェのところに船はなかった。大気圏への突入前にも、ディーヴィンの船は見つからなかったはずだ。となると、余程遠くにあるか、あるいは――
「元々地球に隠してあった……?」
そんな結論に思い当たったところで、突如地面が大きく揺れた。
***
空中に出現した巨船の中に移動したギルベルトは、レベッカを乱暴に突き飛ばした。剣呑な視線を見せてくるディーヴィン人たちを、強く睨み返す。こういう時は、弱気になった方が危険だと経験上でよく分かっている。
「何でその女も一緒に連れてきた?」
「人質だよ。知り合いだったみたいだからな、念のためだ」
「だ、代表」
突き飛ばされた痛みで多少混乱が緩和されたか、レベッカが不安そうな顔を向けてきた。
まだ半信半疑といった様子だ。頭が良くても馬鹿な相手というのは、本当に取扱いが面倒で困る。利用しやすいのは利点だが、忙しい時には心底煩わしい。
「何だ? 善行だと信じてやっていたら、宇宙人に仲間を売り飛ばす手伝いをしていたってな。そんなに不満かよ」
「じゃ、じゃあやっぱり」
「自分は知らなかった、とでも言うつもりか? 最初の十万の中には、地球人を食材として買った奴らだっているだろうぜ。そんなところに送られた連中が、知らなかったと言うお前のことを許してくれるとでも?」
顔に絶望を貼り付けるレベッカ。床に突っ伏して嗚咽。つくづく面倒くさいが、人質である以上、今ここで殺すわけにもいかない。
と、そこまで黙っていたディーヴィンの一人が、怒りと焦りの感情も露わに問い詰めてくる。
「おい、ダモス。これからどうするつもりだ。貴様はあの連邦市民を殺すとか言っていたが……」
「落ち着け。あいつが連邦とやらの市民だっていうのは確かなのか」
「あの衣服は、間違いなく連邦の仕立てだった」
「そうだとしてもだ。いいか、半年前まであいつは俺と同じ立場だったんだぞ。半年でここから木星を目指した。地球の技術で木星辺りまで向かうとして、どれだけかかる? 連邦とやらに途中のどこかで拾われたとして、連中はそこまで簡単に地球人を市民と認定するのか」
「そ、そうだな。確かにおかしい」
ギルベルトの言葉には、一定の説得力があった。
ディーヴィン人たちも互いに顔を見合わせ、ギルベルトの言葉を咀嚼する。
「連邦に保護されることと、連邦市民になることは同じか? 違うだろ。最悪の場合、奴さえ始末できれば、連邦に言い訳の余裕が出来る。どうだ?」
「……分かった。お前の考えに乗ろう」
「おい、ピクラシカア!」
「どちらにしろ、あの地球人を殺さない限り我らの悲願は遠ざかるばかりだ。ただしダモス、奴はお前が仕留めろ」
ここの代表であるピクラシカアが決断したことで、ディーヴィン人たちの考えも固まったようだ。多少の反発はあったが、それもすぐに収まった。それでも、ギルベルトに手を下させることで保険をかけるのを忘れない辺り、小賢しいというか。
最悪の場合を想定しておく必要があるかもしれない。
「構わないが、どうするんだ? 攻撃艇でも貸してくれるのか」
「仕方ない。最新鋭のやつを貸してやるから、さっさと終わらせてこい」
ギルベルトの要求に、ピクラシカアはあっさりと応じた。地球人ごときには使いこなせないと思っているのだろうか。あるいは、連邦とやらの介入をこちらの考えている以上に不安視しているのか。
打てる手は打っておく必要があるか。視界の端にレベッカの姿が映った。あの男とは親しくしていたようだから、知っていることもあるだろう。
「おい、レベッカ。あの男の身内は生きているのか」
「……えっ」
「その顔、生きているんだな。……そうだ、お前が自分で面倒を見ると言っていた家族がいたっけなあ」
「待って! やめて!」
当たりだ。
ギルベルトは表情を邪悪に歪めると、ピクラシカアに笑いかけた。
「おい、ピクラシカア。下の連中、ちょっと無理してもいいから吸い上げろ」
「何を――」
「なんだ、思ったより据わってねえな」
この期に及んでまだ商売を優先させられると思っているのか。思った以上に鈍い。
「悪だくみなんてのはな、バレたら出来るだけ証拠を隠滅して、利益を引っ掴んで、とっとと逃げるに限るんだよ」
***
建物から出ると、空に巨大な船が浮かんでいるのが見えた。
あれがディーヴィン人の船か。なるほど
人々はみな同じように空を見上げ、跪いている。
と、箱舟の周囲に同じようなデザインの船が次々と現れた。地球に隠してあったという予想は当たったらしい。一隻からばさりと土が流れ落ちるのが見えた。
建物の中から、次々と人が出てくる。このままここに居てはいけない。自分がギルベルトの立場だったら、何よりまずは自分のことを狙うからだ。何も知らない住人たちが巻き込まれてしまう。
カイトは一人、街の外へと走る。住人たちが祈りを捧げているのが救いといえば救いか。
「あれは……!?」
何隻かの箱舟から、青白い光が地面に向けて照射された。光に照らされたところから人が浮かび、船に吸い上げられていく。
人質のつもりか。カイトの奥歯が思わずぎしりと軋んだ。
街の出口が見えてきた。
「来い、クインビー!」
意志を込めて叫ぶ。必要なのは声ではない。ここへ来いという強い意志。
東。地平線の彼方から、緑色の光がこちらに向かって飛んでくる。光を見据え、乗り込むという強い意志をぶつける。
カイトの髪から、紫電が舞った。
『お待たせしました、キャプテン』
「ギルベルト・ジェインとディーヴィン人は明確に僕に敵対した。これより本船は戦闘態勢に入る!」
『了解しました。連邦にはどのように通達しますか』
「地球人が人質に取られている。一隻たりとも太陽系から逃がさないこと、協力を請うと」
『送信しました。ご存分に、キャプテン』
「ああ」
***
一手遅れた。どうやらあの男も船を呼び出していたらしい。出来れば生身のうちに仕留めておきたかった。
攻撃命令は間に合わなかったが、駒は手に入った。ギルベルトは脳をフルに回転させながら、ピクラシカアに問う。
「おい、ピクラシカア。あの船の材質は分かるか」
「待て、今調べている。……外装は地球で造られた金属だな。内部構造は分からんな。連邦の改造を受けているのかもしれない」
「そうか。それだけ分かれば十分だ」
「何?」
「つまりあれは、連邦製の船じゃないってことだろ」
「そうだな? ああ、そうだな……!」
ピクラシカアも気づいたようだ。ギルベルトに負けず劣らずの歪んだ笑顔を浮かべ、周囲に指示を出す。
「このまま重力圏から離脱しろ」
「まだ定命人を積んでいない船もあるが」
「構わん。重力圏から出た後、船を破壊すれば確実だ」
「ついて来なかったら?」
「この星ごと破壊して逃げるさ。どうせ、これ以上地球人を連れて行くのは難しいだろう?」
損切りというやつだよ、と笑うと、周囲も同じような笑い声を上げた。
最悪の場合でも、連邦の介入を避けるには諸々全て破壊して有耶無耶にしてしまえば良い。ピクラシカアも中々分かってきたじゃないか。
戦闘艇の使い方についての指導を受けながら、レベッカと他の人質を一か所に集めさせる。
景色が変わって行く。半年前は嫌で嫌で仕方なかった殺風景な宇宙の様子が、ギルベルトには何とも言えず懐かしく思えた。
***
「宇宙に出る、か。是が非でも僕をこの場で殺したいらしい」
『それなら宇宙に出なくても良いのではないですか? 単純に非効率だと思いますが』
カイトの呟きに、エモーションが反論する。
だが、カイトには確信があった。ギルベルト・ジェインは自分が生き残るための嗅覚には自信を持っているタイプだ。
「僕を殺して、色々と有耶無耶にして逃げるのであれば宇宙に出てからの方がやりやすいだろうさ」
『ディーヴィンの技術水準から考えますと、地上からでも宇宙からでも大差があるとは思えないのですが……』
「宇宙空間でこの船を破壊すれば、僕は即死するだろ?」
『はあ。出来るとは思えませんが』
「向こうは出来ると思っているんじゃないかな。僕が連邦市民になったことも、おそらく信じていないよあれは」
人は自分の信じたいことしか信じないし、信じたいようにしか信じない。
カイトが連邦に引き取られて数日の間に、改造を受け、市民権を手に入れ、船まで買った。カイト自身、自分のことでなければ多分信じない事実の羅列だ。
ディーヴィン人たちもギルベルトも、そんな奇跡じみた事実を信じるよりも、納得しやすい予想の方に目を向けたことだろう。
「エモーションを連れていなくて良かった。君の存在は言い訳が効かないから」
『……キャプテンのカムフラージュに協力出来たのでしたら何よりです』
ディーヴィンの船を追うように、クインビーもまた宇宙空間へ上昇する。
地球を足元に眺めながら、ディーヴィンの船と対峙する。
思ったよりも多い。
「エモーション、全部で何隻ある?」
『三十七隻です』
地球人の生体反応は、と続けようとしたところで、通信が入る。相手はディーヴィンの船の一隻だ。
繋ぐ、と意識を向けると壁面の一部が画面に切り替わる。
『よう、カイト・クラウチ。よく来たな』
「もう少し離れてくれないか? そのむさくるしい顔は、近くで直視するのは耐えがたい」
『チッ! 心配するな、どうせすぐ見られなくなる』
嫌そうに舌打ちしたギルベルトが、少しだけ画面からずれた。
奥にいる数人が映し出される。
「レベッカ。それに……そこにいるのは」
『カイトッ! ごめんなさい。貴方のご両親と……妹さんまで』
「アリサ、か」
年の離れた妹。両親から結社に売られてからは一度も会うことのなかった少女が、怯えた顔でこちらを見ていた。
『分かったか? 抵抗なんぞしないことだ。しても構わないぞ、可哀想なご家族まで死んじまうけどなあ!』
「なるほど、下種の中の下種とは何一つ同情が出来ないものらしい」
額に青筋が浮かぶのを自覚する。
だが、感情とは裏腹に口調は荒れない。静かに、ただ静かに、事実だけを紡ぐ。
「両親に関しては、僕を安くない金で売り飛ばしたんだ。親子の縁は切れたものと思っている。レベッカ、君は自分が人質にされるくらいなら諸共に撃てと言う、そんな人だと知っている。だが、アリサは確かに人質としての価値がある」
『だろう?』
「で、どうしろって? あんたに素直に撃たれてやればいいのか」
『そういうわけだ。ちょっと待ってな』
「なるほど。あんたたちは僕と徹底的に敵対するつもりらしい。そう理解させてもらうよ」
画面からギルベルトの顔が見えなくなった。蒼白な顔でこちらを見る両親、抱き合って泣くレベッカとアリサ。
カイトは特に構うことなく画面を切った。安心させてやりたいと思わなくもないが、それ以上に次の指示を聞かれるのはあまりよろしくない。
「エモーション、オーダーだ。連中の船で、地球人が乗せられていない船をピックアップしてくれ」
『了解。すぐに』
中央の船から、クインビーと同程度のサイズの小型船が一隻飛び出してくるのが見えた。
前面が輝き、何やら飛んでくる。あまりの分かりやすさにカイトは口許を緩め、次の指示を口にした。
「クインビー。鋼板の十五パーセントをパージ」
光弾が障壁に触れて消失するのと、まるで攻撃が当たって破裂したように貼りついた鋼板が剥がれるのはほぼ同時だった。
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