地球の行く先
邂逅・再会・接触
海中の探索はエモーションに任せて、カイトは低空を飛行しながら人類の密集圏を目指す。人が増えてきたら徒歩に切り替える予定だ。クインビーについては、地球の反対側程度の距離であれば呼べばすぐ来る予感がある。
地上に降りてみると分かるが、赤茶けている部分と自然の配色のままの部分が綺麗にコントラストになっている。まるで赤茶けた部分だけが、何かによって活力を奪われたように見える。
赤茶けた部分は、植物であれ被造物であれ渇き果て、風化し始めているようだ。通ってきた何ヶ所かでは、既にコンクリートの建物の残骸が風で崩れ始めていた。まだ活力の残っている部分についても、都市部に人の気配はない。
ライフラインが寸断されれば、街に残された命とはそこに置かれた商品程度しかない。電気や水、そういったものが機能している気配もなかった。
「しまったな、エモーションと一緒に来た方が良かったかも」
地球上から、九割もの人間が死滅した。人間以外の生物はどうなったのだろうか。呼吸できるのだから、植物はまだしぶとく生きているのだろうけれど。社会が壊滅したと聞いてから半年経つのだから、その間に食糧不足や病気で相当数の死者は出たのだろうが、それにしても。
こういう時こそ、エモーションのセンサーが役に立つのだが。
空から見える、赤と緑のまだら模様。放置された人骨がたまに風に吹かれて転がっていく。この辺りにはもう誰もいないようだ。
少し急いでも大丈夫だろうか。ディーヴィンとギルベルト・ジェインの観測された座標へと意識を向ける。
「飛ぶ!」
髪の毛だけでなく、全身から紫電が舞う。
次の瞬間、カイトの体はまるで弾丸のように天高く舞い上がるのだった。
***
安堵。
エモーションがまず感じたのは、テラポラパネシオの不興を買わなくて済むという安心だった。
地上と比べて、意外なほど海中は影響が少なく見える。もしかすると既に連邦の手が入ったのかとも思ったが、死んだ生態系がそれほど早く回復するわけもない。地上と海中では滅亡の比率が違うと見るのが自然だろうか。
「まあ、キャプテンの懸念は解消出来たから良いことにしましょうか」
エモーション自身にはカイトの使うような超能力はないが、ボディと頭脳はほとんど連邦製に置き換わった機械知性だ。地球製の被造物程度であれば、どのように加工するのも容易である。海面を漂っていた廃船を改造して、必要なものをでっち上げるくらいのことはすぐに出来る。
即席の、地球クラゲ専門の水族館。
こんな狭い空間に押し込めて、と違う意味での不快を感じさせてしまう恐れはあるのだが、その時には静かに海に戻せば良い。
「それ程待つ必要があるとも思えませんし、ね」
空を見上げる。
地上からは宇宙の動きは観測出来ないが、エモーションには分かる。
ゾドギアで焦れている代表。そしてそのゾドギアに急いでいるテラポラパネシオの大群。
宇宙クラゲの大群が地球に下りてくる様を見て、地球人たちはこの世の終わりだとか思わないだろうか。
「まさか、生身で降りてくることはないでしょう。……多分」
エモーション自身、テラポラパネシオの奇行に関してはカイトよりも信用出来ていない。この場合、種族的にまったく別の価値観を持つ宇宙クラゲと比較対象になってしまうカイトがおかしいのか、奇行度合いの比較でサンプルになるのがその二者しかいないエモーション自身の見識が狭いのか。
彼女はその答えを考えないことにした。
***
どうやらその集落にはそんな偉そうな呼び名がつけられているようだ。
そこに行けば食べ物に困ることはないらしい。そこに行けば天の使いに迎え入れてもらえるらしい。ぽつぽつと見かけた生き残りたちは、皆その噂話にすがって集落へと向かっていた。
向かう途中で力尽き、行き倒れた者の姿も増えてきた。倒れた者に手を貸す者はいない。この半年で、誰もが人に手を貸せる状況ではないと思い知ったのだろう。
人の視線を避けながら進むこと半日。街並がようやく見えてきた。
なるほど、人が多い。元々比較的被害の少ない都市に流れ着いたのだろう。ライフラインはともかく、久々に懐かしい街のすがたを見たような気がした。
地上に降りて、徒歩で街に向かう。同じように歩いている人々と比べると奇妙なほどに元気だが、これ以上の偽装は必要ないだろう。
「ようこそ、人類に残った最後の希望! 箱舟の港へ」
「よく生きてたどり着いたな。おめでとう」
街の外周でこちらを迎え入れてくれたのは、それなりに小綺麗な格好をした男二人だった。門番のつもりだろうか。血色は良いが、さすがに水は貴重らしい。塵埃と土のにおいが少しばかり鼻についた。
銃とも杖ともつかない道具を提げているが、三年前のカイトの記憶にもないデザインだ。崩壊前の地球製武装というより、ディーヴィンから与えられたと見た方がしっくりくる。
思ったよりすんなりとカイトは中へと通された。周囲を見ると、通されたのはカイトだけではない。基本的には全員受け入れるつもりのようだ。
「最後の希望、ねえ」
何となく、彼らの後ろにいるディーヴィンの意図を察する。地球人はみな商品なのだ。多少暴れても、制圧して大人しくさせてしまえば良いという考えなのだろう。
この状態の地上を棄てて、宇宙に行けるのであれば確かに希望と言っても良いだろう。生きるか死ぬかの状態だ。宇宙人に売り飛ばされたとしても、食うに困らないなら構わないという者だっているかもしれない。
だが、同じく食うに困らないなら、ある程度は自由であった方が良い。それ以外に方法が存在しないのならともかく、連邦市民になる道があるのであれば、選択肢くらいは与えられても良いはずだ。
「さて、偉ぶりたい奴ほど真ん中に住みたがる……っと」
街の中央に見える、Y字にもT字にも見える巨大なオブジェ。形から判断するに、空から降りてくる船をつける港の役割なのだろう。
オブジェに向かって跪いている者もいる。連邦の記録映像で見たディーヴィン人の姿は、翼の生えた人間のようだった。意外と似ていると思ったカイトだったが、連邦の判断基準ではディーヴィン人は腕と足と羽とで機能肢が六本、地球人は腕と足で四本だから全然似ていないという評価らしい。彼らの基準だと地球人はディーヴィン人などより、リティミエレの種族であるギミ人の方がはるかに似ていることになるようだ。種族数が多いと、基準も違うのだなあと感じたカイトである。
ともあれ、ディーヴィン人の姿を見て救いの天使などと感じる地球人はかなり多いだろう。比較対象がテラポラパネシオだったりすると、同郷のカイトであっても自信を持って連邦においでと説得できる自信がない。そういう意味では最初に出会ったのがリティミエレで本当に良かった。
そんなことを考えながら歩いていたからか、カイトはすぐ近くにいる気配に気付けなかった。
「待ちなさい。そこから先はダモス代表に近しい人か、箱舟に認められた人しか入れない区画よ」
かけられた声に、済まないと返そうとして振り返り。
「……レベッカ?」
「カイト? カイト・クラウチ?」
それが知人だったことに気付いて、カイトは思わずその名を呼んだ。
レベッカ・ルティアノ。カイトと同じく、結社によって育てられた指導者候補であり、次期指導者の座を最後までカイトと争った女性。
驚いたのはこちらだけではなかったようだ。大きな目を更に見開いて、レベッカはこちらに歩み寄ってきた。腕を掴まれる。
「生きていたのね……!」
「ああ、どうにかね」
感極まった様子のレベッカに、カイトの胸にも温かいものが広がる。
自分を利用しようとした大人たちと違い、同じ時間を過ごした仲間でもある。ライバルのような立場でこそあったが、感情的には最も近しいと言っていいだろう。
しばらく立ち尽くしていたレベッカだったが、頭を振ると掴んだままの腕を引いてくる。
「ついてきて。ダモス代表に紹介するわ。私と一緒に宇宙へ行きましょう」
「何だって?」
「私は次の船に乗る予定なの。最初の船では十万人が先行したわ。次で二十万。見知らぬ新天地に向かう人たちをまとめるには、私たちのような優秀な人間が必要だわ。違う?」
「君はダモス代表に近い立場なのか」
「ええ。貴方がいなかったからね。私はあの後、次期指導者の最側近としての教育を徹底して受けたから。補佐役として優秀なのよ、私」
「君が優秀なのはよく分かっているさ」
最後まで次期指導者の立場を争った相手だ。カイトはむしろ、彼女こそが次期指導者に選ばれると思っていた。誰よりも向上心が強かったからだ。だが、そんな彼女が側近としての教育を受けた。それを誇らしくすら感じているようだ。カイトが自分の上に立つことを受け入れていたのだろうか。
レベッカはダモスがギルベルト・ジェインであるとは気づいていないようだ。ディーヴィン人との交渉をまとめ上げ、地球人を次なる居場所へと導く聖人と思ってさえいるようで、歩きながらダモス代表の素晴らしさを説明してくる。
「ダモス代表は素晴らしい人よ。貴方にも劣らないくらい。ディーヴィン人の皆様も代表の素晴らしい人柄を知ったから接触したに違いないわ」
人は自分の信じたいものだけを信じる。そんな言葉をふと思い出した。誰の言葉だったか。レベッカの目が曇っているとは言いたくないが、事情を知っていると少し可哀想に思えた。
だが、ここでそれを言っても仕方ない。
「それで? 貴方はどうやって生き延びたの? 苦労したでしょう」
「いや、そうでもない。思ったより快適だったよ」
「無事なプラントでも見つけたの? まあ、貴方のことだから、いつだって余裕な顔で乗り越えてきたんでしょうけど」
「買い被りだよ」
勝手にこちらが生き延びたストーリーを組み立ててくるレベッカ。特に否定する必要もないので、特に否定するでもなく話を合わせる。
と、レベッカが足を止めた。その視線の先にあるのは、街の中でもそれなりに大きな建物だ。中央のオブジェとは比べるまでもないが、権力者の屋敷として見るならば、それなりの規模だと言えるだろう。
物々しい雰囲気をさせている門番たちの前に立つと、彼らはレベッカに揃って敬礼する。
「これはルティアノ様。そちらは?」
「優秀な人材よ。私なんかより遥かに、ね」
「まさか! ルティアノ様より優秀な人材など」
「通してもらえる? ダモス代表に紹介しなくちゃならないの」
「……代表は今、天使様方と打ち合わせの最中ですが」
「それなら尚更ね。彼の力があれば計画は加速するわ」
「分かりました。お通りください」
どうやら、レベッカは本当にダモスの側近であるらしい。カイトは名前すら聞かれることなく建物に入ることが出来た。
最悪、どうやって忍び込もうかと考えていたところだ。嬉しい誤算だと言える。
多少埃っぽいが、掃除の行き届いた廊下を歩く。
会議室と書かれた部屋のドアを、二回ノック。入れと、しわがれた声が聞こえた。
「失礼します、代表」
「ルティアノ。何か急用か……誰だ?」
「天使の皆様、会議中失礼します。彼を紹介したいと思いまして」
「……連邦市民?」
羽毛の多い翼を背中から生やしたディーヴィン人の一人が、ぽつりと口にしたのをカイトは聞き逃さなかった。
ディーヴィン人は四人。顔立ちは地球人と変わらないが、偽装だろう。映像で見たディーヴィン人は鼻がなかったからだ。翼の形状はそれぞれ違うが、これは元々の個性だろうか。
レベッカから少しだけ離れ、カイトはまずはディーヴィン人ではなくダモスに話しかけた。ダモスの正体をこの場で看破する予定はなかったが、何より先にレベッカの目を覚まさせてやらなくてはならない。
「随分と痩せたもんだな。髭と髪も伸ばし放題、昔の写真を見たことがなければ、誰も気づかなかったのも仕方がない」
ダモスが勢いよく振り返った。眼光鋭く、カイトを睨みつけてくる。
レベッカは二人の間に走った緊張感の意味が分からないようで、ダモスとカイトとを交互に見ている。
「どうしたの、カイト? 代表を知っているの」
「僕だけじゃあない。君だって知らないわけがない。人相は随分変わったし、昔の写真を見たことがなければ、僕だって気づかなかった」
「チッ」
「代表?」
「人の命と戦争は金になる、だったか? 今度は異星人相手にそれをやろうとは面の皮が厚いな、ギルベルト・ジェイン」
「え」
ダモスは否定しなかった。
決して素早くはないが、躊躇なく懐から銃を抜き、こちらに突き付けてくる。引鉄を引こうとしたところで、ディーヴィン人の一人が鋭く制止した。
「待て、ダモス!」
「何故だ、こいつを生かしておくと厄介だぞ。レベッカ、面倒ごとを持ち込みやがって」
「うそ、カイト? 代表? ギルベルト・ジェインって……」
「本物だよ。人売り、ウォーメイカー、ガムジンの悪魔。それがダモスの正体だ」
「嘘よ、嘘……ウブッ!」
レベッカがこらえきれず嘔吐する。この様子だと、敬愛の末に体まで許していたのかもしれない。哀れなことだ。
ギルベルトはディーヴィン人を問い詰めていて、レベッカに注意を向けることもない。そしてディーヴィン人はギルベルトの言葉には答えず、こちらに丁寧な口調で話しかけてきた。
「そ、それで。連邦市民の方が一体なぜこんな未開惑星に。絶対要塞ゾドギアは撤収するのではありませんので?」
「僕が連邦市民であるとすぐ分かったようだが」
「え? ええ。その衣服の材質を見ればすぐに。もしかして連邦以外の文明と出会われるのは初めてでしょうか。私どもディーヴィンもかつては」
「ディーヴィン人も元々は連邦市民だったことは知っている。追放された理由もな」
「そ、そうですか」
頬を引きつらせるディーヴィン人。
彼らの悪だくみもこれまでだ。静かに最後通告を行う。
「僕はカイト・クラウチ。地球人だ」
「なっ……!?」
「地球はこのほど、連邦の管理下に置かれることが決まった。君たちの行為は連邦への敵対行為に当たる。即刻止めてもらおうか」
ディーヴィン人の顔が、目に見えるほど青ざめた。
偽装かもしれないが、彼らの感情表現は地球人とよく似ている。
吐き気がするほど不愉快だった。
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