連邦知性体による地球人類の分析

 カイトの意向は、比較的問題なく受理された。値付けの最中だった地球の文化情報の売却は、終わり次第カイト本人ではなく連邦に参加した地球人の共有資産となる。


『今の時点でも、おそらくアースリング全員が十位市民になれる程度の資産になっていると見て良いだろう。七位市民以上であれば天然惑星への居住権が得られるから、そこからはアースリングの努力次第となるが』

「十分です。そこからは彼ら自身がどう生きるか決めればいい」


 人類の指導者たるべしと育てられたカイト・クラウチとしての、これはきっと最後の仕事だ。地球人類を連邦という新たな枠組みに導くという。

 地球への移動は、ゾドギアに先行してクインビーで向かうことにした。この巨体で乗りつければ、地球人を変に威圧しかねない。クインビーに乗り込み、意志を力に変えていく。リティミエレたちもすぐ後ろから来てくれるという。代表だけはゾドギアを移動させなくてはならないから居残りらしい。

 我慢が保ってくれるといいが。

 ディーヴィンと名乗る彼らの第一陣は、すでに地球から立ち去ったという。どうやらテラポラパネシオの助力が期待出来なくなったことで、別の移動技術を開発したものらしい。科学力で達成されるワープとなれば、古典SF好きの血は騒ぐが。


「行こうか、エモーション」

『はい、船長キャプテン

「キャプテン?」

『クインビーの主なのですから、こちらの方が良いかと。マスターの方がお好みであればそうしますが』

「いや、キャプテンの方がいいね。キャプテン・カイト……いいじゃない」


 画面に誘導路が表示される。どうやらゾドギア側の準備が出来たようだ。

 前進。カイトは強くそう念じた。


***


『成程。とても上手にあの船を扱っているな』

「ええ、驚きました」


 飛び去っていくクインビーを見ながら、リティミエレは自身の船の準備を進める。念話をかけてくるのは代表だ。正直邪魔だが、内容がカイトのことであるから会話に応じる。

 リティミエレの船、通称『突撃艇アガンランゲ』は船長であるリティミエレの他に、スタッフ四人で運用する船だ。出航準備が整うまでは、多少は余裕がある。


「あれは本当に代表たちの運用する船と同種なのですか? テラポラパネシオ以外の種族がまともに動かすことは出来ないと聞いていますが」

『あの船がディ・キガイア・ザルモスであるのは間違いない。カイト三位市民に適性があるのは分かっていたが、まさかあれほどとはね』

「……ふむ。そうすると、アースリング全体がそういう性質の種族であることは考えられませんか?」

『それはない。観察記録の中に、アースリングがこの力を日常的に使っていたという記載はない。あれはカイト三位市民自身の特異な才能であると考えるのが妥当だ』


 代表の言葉に、リティミエレは小さく安堵した。体毛が青く明滅する。カイトという個人は信頼のおける好人物だが、総体としてのアースリングは種としての成熟度を見れば信用できないと判断せざるを得ない。そんな種族がテラポラパネシオと同種の力に才能を持っていたら。

 ディ・キガイア・ザルモス。テラポラパネシオ以外が使えば単なる欠陥のある船に過ぎない。だが、超能力によって動くその船の力を十全に発揮出来た場合、星さえも破壊できる最終兵器になり得る。事実として、歴史として。テラポラパネシオはただ一隻の船で星団規模の軍勢を討ち滅ぼした記録が残っている。

 その心配がなくなるだけでも、多少は安心できるというものだ。


「そうなると、なぜカイト三位市民だけに才能があったのでしょう」

『偶然……ではないだろう。我々は、彼が追放されたという境遇がその才能を後天的に獲得させたのだと思っている』


 テラポラパネシオを始めとした連邦では、その力を『外部空間への意志の発出による物理干渉』と名付けた。

 そういった能力を付与する系統の肉体改造は早期に開発されたが、どれほどの訓練を積んだ者でも、カイトのように自在にディ・キガイア・ザルモスを操る者はいない。


『地球の言葉を借りると超能力だったな。この力は、言葉で定義するならば『個の拡張』と表現するのが最も近い』

「個の拡張、ですか」

『例えば、伸ばした手が届かないところにある食物を取るために、知性体であれば道具を使うだろう。道具を作るという方法もある』

「はい。それはそうですね」

『木に登るために運動能力を高める者もいるだろうな。前者は知恵で、後者は成長で得られる。だが、それを待てない場合もある』


 知性体は大なり小なり社会性を持つ。だからこそ協力しあうことが出来るし、互いに負担を分担して、単独ではなし得なかったことを完遂することも出来る。

 種族の成長とは、個の成長よりも社会の成長という側面が強い。だからこそ、個の拡張とは社会の成長は相性がそもそも良くない。


『個の拡張とは、自分以外に頼れない者が、知恵も肉体の成長も待てぬ時に、ただ意志の力で肉体より外に己の枠組みを広げること。我々の力を研究していた学者はそう言っていたよ』

「だから、連邦に所属している私たちにはその能力は根付きにくいと?」

『そうなる。我々は群体であるが、それゆえに全ての個体が意志を共有している。つまり、社会性を持ちながらも個であるのだ。だからこそ個の拡張が可能だった、ということらしい』


 超能力を会得するには知性体であることが必須条件だが、同時に社会と切り離された個としての拡張が必要とされる。自由であるが、同時に完全な保護のうちにある連邦市民では個の拡張が難しい。リティミエレはその学説に深く納得を覚えた。


「そうなると、カイト三位市民は」

『勝手に利用され、謂れなき罪で逮捕され、追放刑に処された。本人に自覚があるかどうかは分からないが、彼はおそらく』


 同種である地球人を、既に心底から見限っている。

 地球人の肉体を持ちながら、その精神は既にカイト・クラウチという個の生命として完成してしまっている。だからこそ、カイトは超能力を会得し、テラポラパネシオさえも驚く水準で運用出来ているのだろう。

 だが、それはとても悲しいことではある。せめて、連邦の仲間達に心を許してくれればとリティミエレは思う。


「代表。カイト三位市民の力は、連邦市民として生きていれば弱まっていくのでしょうか……?」

『さあな。案外、連邦の庇護すら求めないかもしれんよ』


 突き放したような代表の言葉を、否定したくてもその言葉は出てこない。


「副代表、準備出来ました!」


 リティミエレはそれを、船の出港準備が整ったからだと自分に言い聞かせた。


***


 行く道では半年かかった距離も、船の性能が上がったことで帰り道は半日も経たずに辿り着くものとなっている。

 とはいえ、ディーヴィンに気付かれるのは良くない。カイトはクインビーを小惑星に偽装させるべく、近くを通っていた岩石を引き寄せようと試みた。

 外壁から剥がれた数枚の鋼板が、カイトの力を受けて空間を飛翔する。互いを不可視の力場で繋いで岩石を取り囲み、クインビーへと移動させる。合わせてクインビーも減速し、岩石に寄り添うような機動を取った。


『器用なものですね、キャプテン』

「まあね。よし、確保」


 腕を生やしたクインビーが、しっかりと岩石を掴む。

 あとは地球に向かって飛ぶだけ。大気圏まで突入したら、手を放して地上に向かえば良い。

 方向を転換し、地球へのコースを取る。エモーションのナビゲートは完璧だ。


『キャプテン。かつての発言を撤回します。便利ですね、腕』

「だろう?」


 パチパチと髪が紫電を纏う。

 次の段階はどうすればいいのかな、と髪を触りながら考えていると、エモーションが呆れたように言ってくる。


『ところでキャプテン。その髪ですが……力の無駄使いなのでは?』

「何を言ってるんだエモーション。超能力は想像力がモノを言うんだ、カッコよさを追求すればするほど強くなるに決まっているじゃないか」

『……きゅるきゅるきゅる』


 とうとう音ではなくて言葉として使いはじめた。

 言いたいことがあるなら言えばいいと思う。聞き入れるかは別問題として。カイトは取り敢えず話題を変えることにする。


「さ、これが最後のお勤めだ。終わったらこの船で色々なところに行きたいねえ」

『色々なところとは?』

「まずは連邦の他の居住星団だろ、居住惑星にも興味はあるね。あらかた見回ったら、今度は連邦の領域の外にも行ってみたいかな」

『それは面白そうですね。ところで、ディーヴィン人に連れ去られた地球人のことはどうしますか』


 その疑問に、カイトは思わず頭を抱えた。

 どれくらいの人数が連れて行かれたかは知らないが、さすがに見捨てるのは寝ざめが悪い。


「それがあったかあ……。そっちを優先しないとね」


 まあ、全員カイトが助ける必要はない。連邦の力も借りて助け出すのが最も効率的だろう。


『おや』

「どうしたのさ?」

『いえ。連邦を頼るとは思いませんでしたので』

「連邦市民なんだから、頼るさ。僕は別に孤立主義者じゃないよ」

『……それは失礼しました』


 心底意外そうに言ってくるエモーションに、カイトもまた「きゅるきゅるきゅる」と言ってやろうかと思うのだった。


***


 地球が近づいてきた。赤茶けた色合いが増しているように見える。周辺には人工衛星のたぐいが見えているものの、ディーヴィンの船と思しき船体はなさそうだ。

 後ろからはリティミエレを始めとした、連邦の船がついてきている。地上にどれだけディーヴィン人がいるかは分からないが、遠からずリティミエレ達には気づくだろう。そちらに意識が向いているうちに降りておきたい。


「エモーション。このまま大気圏に突入する」

『分かりました。地球での行動方針は』

「着陸よりは着水の方が自然かな? 無事に着いたら別行動だ。僕は地上に降りて連中の集落に合流するけど、エモーションには別途頼みたいことがある」

『別行動ですか? あまり推奨できませんが』

「大事なことだよ。かなり大事だ」


 ある意味では、地球人の保護よりも大事かもしれない。


『それは?』

「地球クラゲの保護。あの海の様子だ、テラポラパネシオの皆さんが来る前に絶滅していたなんてなったら……」

『了解しました。最優先で保護します』

「分かってもらえて嬉しいよ」


 即答だった。エモーションも正しく現状を理解しているようで何よりだ。

 普段、過剰なほどに理性的で合理的な彼らがあれほど狂乱するのだ。既に絶滅していたなんて話になったら、地球人の保護という話自体が吹っ飛びかねない。

 と、岩石と船体に引き込むような力がかかるのが分かった。地球の影響下に入ったようだ。

 揺れはない。岩石は赤熱を始めているが、クインビーには一切の影響がないようだ。今更ながら、連邦の技術力の高さを思い知る。


『キャプテン・カイト! 減速を――』

「いや、必要ないよエモーション」


 ほぼ自由落下のクインビー。エモーションから警告が飛ぶが、カイトは自信を持って画面の向こう、近づく海面を静かに見やる。


「静止しろ、クインビー」


 びたり、と。あらゆる法則を嘲笑うかのように、クインビーは海面すれすれでその動きを止めた。


「ね?」

『……一応言っておきますが、キャプテン』

「何だい?」

『カタログスペックを確認する限り、連邦の船でもこんな無茶な制動は普通はありえませんので、クインビー以外ではやらないように要請します』

「大丈夫だよ。クインビー以外を操縦するつもりはないから」


 ぎゅるぎゅるぎゅるる、と。

 何やら歯ぎしりをするような音がエモーションから響いた。アップデートは表現方法まで豊富にするのだろうか。

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