生き残った地球人たちは今

 無言で踵を返そうとしたところで、リティミエレがこちらに気付いた。残念ながら目が合う。

 体毛の色が虹色に輝いたのには一体どういった意味が。


「カイト三位市民エネク・ラギフ! 良かった、待っていました!」

「ど、どうも」

『カイト三位市民、行ったり来たりで済まないな。本当はもうしばらく中央星団でゆっくりしてもらおうと思っていたのだが、相談しなくてはならないことがいくつかあったのでね』


 代表も落ち着きを取り戻したようで、触腕の一本をふよふよと振ってきた。

 相談しなくてはならないこと。ひとつはグッバイアース号の処遇だったのだろう。他にいくつあるのか。


「カイト三位市民も止めてください。代表は自分の船で地球に先行すると言って聞かないのです。地球環境の回復はゾドギアで向かうと議会から指示があったのに!」

『生き残ったアースリングのこともあるから、ゾドギアで行く前に誰かが様子を見に行かなくてはならない、それは分かっているだろうリティミエレ君』

「だから! それに代表が向かわなければならない理由はないでしょう!? ただでさえ代表はアースリングと姿が異なるのですよ!? 内規ではそれなりに外観が近しい種族であることが絶対条件ではないですか!」

『そっくりだろう、クラゲと!』

「知性体と似てないでしょうがああ!」


 二人の言い合いで、何となく代表の主張が透けて見えた。頭の中は地球クラゲ一色なのだ。代表がこれでは、おそらく各地のテラポラパネシオも同じ状態だろう。まさかとは思うが、揃いも揃って地球に集結したりしないだろうな。

 そして。それはそれとしてカイトにも聞き逃せない発言があった。話が進まないので二人を止める。


「リティミエレさん、落ち着いて。聞き捨てならない発言が聞こえたんですが。生き残り? 地球人の?」

「はい。現在、地球上にはおよそ六十万人のアースリングが生き残っています」


 聞き間違いではなかったようだ。それにしても六十万人とは。カイトが逮捕された年には、地球上の人口は百三十億を数えていたはずだ。カイトが俗世から切り離されていた間に、そしてそれからの半年ほどの間で何と二万分の一にまで減ったことになる。こうやって聞いてしまうと、地球が何故滅亡したのかが気になってくる。

 リティミエレによると、いくつかの地点で十万人ほどの人口が集結しているグループが三つほど、二十五万人の大集団が一つ。残りは地球各地に点在しているらしい。

 特に郷愁もないと思っていたが、ある程度詳しく聞くと何とも言えない寂しさを覚える。木星を目指すと決めた時の自分は、こうなることが分かっていたのだろうか。


「相談、というのは彼らの処遇ですか」

『そうなる。実際に地球での立場がどうだったとしても、連邦はカイト三位市民を地球の代表として認定している。我々――連邦としては、同胞を不当に犯罪者に仕立てて宇宙空間に放逐した者たちだ、見捨てても構わないと思っているのだがね』

「それは……お気持ちはありがたいと思います」


 代表の言葉に、リティミエレも同意を示す。カイトの境遇に同情的だったこともあってか、地球に住んでいる者たちにはあまり良い印象がないようだ。

 代表にしても、地球クラゲに意識の大半を持って行かれていることを差し引いても我々ではなく連邦と言い直している。彼らの生態を考えると、その言葉は連邦の総意と取っても問題はないことになる。

 自分の感情だけで発言してはいけない。視線を伏せて、どうするのが最善かと考える。


「……その六十万人に、連邦の市民権を付与することは出来ますか」

『不可能ではない。市民権は年齢などを問わず十三位に固定となるが、六十万人を収容できる居住区も即時用意できるだろう。良いのかね?』

「エモーションが保持していた地球の文化は、僕の所有物というよりは地球人の共有財産だと思うんですよ。クインビーの代金は大目に見てもらうとして、彼らに還元しておけば気が楽というのもあります」

『成程。つくづく君は連邦市民向きだよ』

「本当ですね。どうせあいつらに回収されるみたいですから、放っておいても良いくらいですのに」

「え?」


 またひとつ、リティミエレの言葉を聞きとがめる。あいつら。文脈からすると地球人のことではないようだが。


「リティミエレさん、あいつらとは?」

「連邦に所属していない連中ですよ。どこで聞きつけたのか、少し前から地球に下りてアースリングと接触しています」

「別の文明人……?」

『厳密には別ではないな。彼らは元々連邦に所属していた種族だ。度し難い禁忌を犯したのでまとめて放逐されたがね。……議会で聞いたろう、君たちの星に細工をしたという連中の縁者だ』


 代表の補足にふむと唸る。

 実際に接触を始めたのは、カイトが中央星団に向かったすぐ後らしい。文明が崩壊して半年は様子見だったのだろうとはリティミエレの言葉だ。ゾドギアが監視を続けていたから近寄らなかっただけで、観測は続けていたようだ。

 地球に踏み込んだのは、ゾドギア内部に動きがあったのを確認したからのようだ。滅亡した『罪の子の星』からは連邦は撤退するのが常だから、撤退の準備を始めたと判断したと見える。

 実際は地球環境の再生に向けての準備だから、見当違いも甚だしいのだが。


「何故、彼らは地球人を回収するんでしょうね」

『神様ぶりたいのだろうさ。救いの手を差し伸べて、救ったふりをして連邦に加盟していない文明の好事家どもに売り飛ばす。希少人類、などと銘打ってな』

「それは……」

「そういうことをしたがるから連邦から追放されたと聞いているんですけどね。そのくせ連邦への再加入申請は何度もしてくるんですよ。調子が良いったら」


 リティミエレが毒づく。地球人にも、その異星人にも良い印象がないというのはよく分かった。

 だが、地球人の先行きが人売りの末路となるなら尚更だ。自らその道を選ぶならともかく、先達としては選択肢を用意するのが筋だろう。


『連中の傲慢も目に余っていたところだ、都合が良いと考えよう。カイト三位市民の選択により、アースリングは連邦市民となった。人身売買などという不当な扱いを許すわけにはいかない』

「その通りですね。どうやら、既に連れて行かれた人間もいるようです。急ぎましょう」


 連邦の側も既に行動には移していたらしい。カイトが連邦と接触して、地球時間で三日ほど経っている頃だ。一日や二日で既に人を移動させ始めているとは、流石に宇宙規模の人さらい、行動の速さもカイトの常識を上回っている。

 監視ドローン(地球人の語彙ではそう表現するしかない何か)が映している映像を見て、カイトは自分の表情が凍りついたのを自覚した。


「マスター・カイト?」

「エモーション。映像の真ん中右奥、白髪の男……僕はあれに見覚えがある」

「……確認終了。マスター・カイト、あの男はギルベルト・ジェインです!」


 エモーションも珍しく声を荒らげる。

 人当たりの良さそうな、白髪の男性。多少老いた風貌ではあるが、間違いない。カイトよりも七年早く地球から追放された、そして量刑は終身刑だった男だ。

 ふたりの様子に、リティミエレが体毛の色を白く変えた。


「知り合いですか?」

「直接は知りません。ですが、僕たちの世代では教科書に載るほどの重犯罪者として裁かれた人物です」


 ギルベルト・ジェイン。

 思想犯として濡れ衣じみた形で追放刑に処されたカイトと違い、明確な証拠と証言によって裁かれた男だ。

 その罪状は。


「人身売買と、戦争幇助。この男の舌先だけで、百万の人間が命を落としました」


 奇妙なほどに今の地球人の状況に近しいものだ。

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