この船に名をつけるならば

 解体にはそれほど時間はかからなかった。愛用の端末だけを取り出した後で、無数のアームが船体に取りつく。

 無数のパーツに分解されたグッバイアース号が、それぞれ小さな鋼板へと加工されていく。


「この板を船体の外壁に吸着させるのかい。別に出来なくはないが、装甲の足しにはならないと思うぞ」

「別に構わないですよ。防御のために貼りつけるわけではないので」


 やるとなれば、新しいアイデアが湧いてくるのが想像力というやつだ。

 鋼板を超能力で操作して、人の手のような形を取らせる。カイトの想像力の限界なのか、腕の部分が変に細く、手の部分が奇妙に大きくなってしまった。


「ちょっとバランスが悪いかな……まあ、腕の太さは実用性に関係ないから別にいいか」

「諦めていなかったんですか、そのアイデア」


 エモーションが呆れ声を上げるのは今に始まったことではないが、隣でカイトの様子を見ていたディルガナーは感嘆の言葉を吐く。


「ほう、船体に貼りつけた鋼板を組み替えて形にするのか。面白い発想じゃないか」

「でしょう? 分かってくれますかディルガナーさん」

「一見無駄にも思えるが、自分の体に近い形の方が細かい操作も出来るものな」

「……まさか足まで生やそうとか考えていないでしょうね、マスター・カイト?」

「船に足なんていらないでしょ。どこを歩こうっていうのさ」

「何でしょう、正論を言われているのに納得いかないこの感じ……」


 おそらく皮肉だろうエモーションの言葉だが、今のカイトには届かない。眉間にしわが寄っているが、どれほど人体に似せたつくりになっているのやら。

 作った手を動かしてみる。指は動くし、握った拳だけを切り離すこともできた。意外と使い道は多そうだ。


「システムで応用できると面白いかもしれない。久しぶりにいい刺激をもらったよ、カイト三位市民エネク・ラギフ

「それは良かった」


 かけていた力を解くと、結合がほどけてバラバラの鋼板に戻った。地面にがらがらと落ちたそれを、ディルガナーの操る機材が船体に貼りつけていく。

 一度超能力を通したからか、鋼板は素直に船体の壁面に吸着していく。鋼鉄とは思えない柔らかさを見せて貼りつく様子は、これまでの常識を覆す光景だ。グッバイアース号だった鋼板の全てが船体に貼りつく頃には、船体は当初の倍ほどの大きさに膨れ上がっていた。


「腕になる時もあるし、船体表面に偽装している時もある、か。面白いな。だけど、これだと武装の追加は難しいぞ」

「武装かあ……まあ、分離した鋼板を高速で相手にぶつけるって方法もありますし」


 それらしく言い訳してみたものの。単純にあまり船に兵器を装着するのは、何だかそそられないと感じるだけだったりする。

 とはいえ、改造されてからこのふわっとした感覚はおおむね正解を引き当てているので、今回も直感を優先することにした。

 案の定、ディルガナーは虚空を見上げて固まったあと、まじまじとこちらを見下ろしてきた。


「あんた、案外えげつないこと考えるんだな」


***


 鋼板を貼り付けた後は、ある程度外観を整えたところで調整は終わった。

 丸々としていた船体は多少前後が分かる程度に流線形を取り戻し、船体前面には台座のような飾りをつけて。

 撃沈されない限り、永の相棒となる船がここに完成したことになる。


「あとは、船の名前を決めてくれ」

「船の名前」

「おう。カイト三位市民がオーナーであることを連邦の設備に周知しておかないといけないからな。頼むぜ」


 最大の問題だ。エモーションから大不評だった自分のネーミングセンス。船体のずんぐりとした形状と、貼りついた無数の鋼板。何となくイメージは湧いているのだが、エモーションからの支持が得られるものかどうか。

 と、悩んでいるカイトにエモーションが優しく語りかけてきた。


「私のことはお気になさらず」

「エモーション」

「たとえ私の美意識とかけ離れた名前であっても、オーナーはマスター・カイトですから。場合によっては時々笑ってしまうかもしれませんが、気になさらないでくださいね」

「プレッシャーかかるなあ、もう!」


 とはいえ、思いついてしまったからには口に出すほかない。駄目だと言われればもう一度考えれば良いのだから。


女王蜂クインビーはどうだろうね」

「クインビー……? 何故その名前を」

「船体がハチの巣みたいだなっていうのがひとつ。貼りついた鋼板が働きバチみたいに見えたっていうのがひとつ。あとはまあ、フィーリングかな」

「ほほう」


 意外なことに、エモーションの反応はそれほど悪いものではなかった。

 うんうんと頷きながら、噛み締めるように何度も名前を呟く。


「クインビー、クインビー。見た目のイメージにも合っていますし、確かに鋼板を働きバチに見立てるという連想も良いですね。意外です。とても良い」

「そ、そりゃ嬉しいよ。ありがとう」

「グッバイアース号といい、クインビーといい。マスター・カイトは船へのネーミングセンスについては疑いようがありませんね」


 ついては、のところに奇妙なアクセントを入れるあたり、エモーションは自分の名前については未だに根に持っているようだ。

 複雑だが、馬鹿にされないのであればそれで良い。さっさとディルガナーに頼んで船名を登録してもらうことにする。


「クインビーね。登録完了……っと。それではカイト三位市民、クインビーはあんたの連邦内での資産として登録された。あんたとエモーション六位市民アブ・ラグの仲間として、永く大事にしてやってくれ」

「もちろんだ。ありがとう、ディルガナーさん」


 いつの間にかエモーションには六位市民の市民権が与えられることが決定したようだ。カイトと比べると低いが、それでも十分に上の市民権だ。議員の皆様がたは随分と骨を折ってくれたのだろう。

 ようやく二人とも連邦内での立場を確たるものにできた。カイトは何となくエモーションへの恩返しがひとつ出来たような気分だ。


「さてと。それじゃあ代表のところに向かってくれ」

「もうひとつの用件でしたっけね」

「ああ。ちょっと困ったことが起きていてな」

「代表が地球に抜け駆けしようとしました?」

「それは何とかうちのスタッフが総出で止めてる。実はな……いや、聞くのは代表からの方がいいか。取り敢えずカイト三位市民の判断を仰ぎたい案件があるとだけ頭に入れておいてくれればいいか」

「僕の判断? 分かりました。色々ありがとう、ディルガナーさん」


 ディルガナーが言い淀んだということは、ここで追求すると彼にも迷惑だろう。頷いたカイトの視界の端で、壁面が動いた。通路が出来ているから、代表たちの方でもこちらをモニターしているようだ。

 カイトはディルガナーに頭をひとつ下げてから、エモーションを促して通路に向かった。


***


 相変わらずの、少しカーブのかかった通路をふたり歩く。前と違うのは、エモーションが飛んでいないことか。


「マスター・カイト。代表の用件は何だと思いますか」

「さてね、見当もつかないや。僕の判断が必要って言うからには地球絡みなんだろうけどさ」

「まさか、抜け駆けに付き合えとか?」

「あり得るね。クインビーに乗せろとか言われるかもしれないし」

「クインビーの容積だと代表殿の体は入りきらないように思いますが」


 雑談を交わしながら、緊張感なく。

 酸素が、重力がと言っていたのは、ほんの少し前のことだったはずだが。随分と連邦慣れしてきたと言うか。

 通路の終わりが見えてきた。体が軽くなってくるが、超能力で上から押さえることで浮かぶのを防ぐ。

 壁面の前に立つと、静かにが足元が動く。壁面が横にずれ、奥にいる代表とリティミエレが――


『ええい、私の船の準備を進めるくらいはいいだろう!』

「絶対ダメです! 中央星団からの指示はゾドギア単位での移動です! 代表が先行してどうしますか!?」


 何やら大声で怒鳴り合っているのが見えた。

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