最後の枷
不思議と懐かしい太陽系
想像力と意志の力が届くかぎり、何でもできる。
カイトに付与された超能力というのは、要するにそういうものだそうだ。
「残りの調整や改造は、ゾドギアでディルガナー氏とやればいい。ま、それまでは武装がないから戦闘行為は厳禁だけど」
ハマートゥの言葉に頷いて、自分の内面に意識を向ける。改造を受けた時にある程度の説明は受けているが、自分の意思で超能力を使うのは初めてだ。
これまでに鑑賞した古典文学の数々。その記憶と知識を総動員して、カイトは自分がどう超能力を行使するのか、自分自身に定義していく。
毛髪から紫電が走った。
「マスター・カイト?」
「よし」
思い描く。ふわりとカイトの足が地面から離れた。
開けと願えば、船体の一部が迎え入れるように開く。ゾドギア同様、船体のパーツそのものが動いて空間を調整する仕様のようだ。
船内に入るように意識を向ければ、浮いた体が何をせずとも前に進む。ハマートゥが感心するように蒸気を噴いた。
「へえ、上手いもんだ。来る前に練習したのかい」
「まさか。思い浮かべただけだよ」
「そりゃすげえ。もしかすると
「……はっ! マスター・カイト。ちょっと待ってください」
船に乗り込むカイトの様子を呆然と見ていたエモーションだったが、再起動したのか慌てた様子で乗り込んでくる。エモーションが船内に入ったのを見届けてから、空いたパーツに閉じろと意識を向ける。
一瞬だけ真っ暗になった船内が、柔らかい光に包まれた。
用途のよく分からない機材が周囲に積み上がっている中、中央には座り心地の良さそうな椅子がひとつ。特に何も考えずに腰を下ろすと、それぞれの機材にエネルギーが入るのが分かった。
「おおお」
ぶるりと、全身が高揚に震える。新しい電化製品に初めてスイッチを入れる時のような、自分の趣味にぴたりと合致した作品を初めて読んだ時のような手応え。
周囲の壁面が透過して、周辺の様子が見えるようになった。姿を維持しているのは座っている椅子だけ。
興味深く見回して、一緒に乗り込んだはずのエモーションの姿がどこにもないことに気付く。
「あれ、エモーション?」
『……機能掌握完了。呼びましたか、マスター・カイト』
椅子の陰から、馴染み深い球体姿のエモーションが姿を見せた。
「エモーション、縮んだ?」
『やはりオペレートにはこちらの方が楽です。人の姿だとどこにいても視界を遮りますしね』
「それは確かに」
連邦の謎技術で、人型の体を構成していた微細マシンは邪魔にならないところに隠しているのだとか。不思議なものだ。
エモーションが横に浮いているだけで、妙な安心感がある。カイト好みの人型も、アンドロイド姿も嫌ではないのだが、安心感ではこの球体がダントツだ。
『マスター・カイト。私からも質問があります』
「なんだい」
『先ほど、マスター・カイトの毛髪部から放電現象が起きていました。超能力とは、行使するとあのようになる仕様なのですか?』
「いや、カッコイイかなと思って」
『……そうですか』
きゅるきゅるきゅる、と。
もう必要もないはずなのに、エモーションが総身から音を立てた。
***
このように動け、と思うだけで船体は旋回した。
ハマートゥから通信が入る。ドックからの出方についてのルートマップがエモーション宛てに転送されている間、カイトは手持無沙汰なので雑談に興じる。
「
「いや、考えるだけである程度動いてくれるから楽なものだよ」
「そうかい。その船を動かす上での、テラポラパネシオの旦那がたからのヒントを伝えるぞ。『この船は、それ自体が自分の力を増幅するための拡張装備でもある。自分の体の一部のように使う限り、必ずその想いに応えてくれる』とさ。正直なところ、俺たち機械知性にも他の種族にも、あの旦那がたの表現の意味がよく理解出来ていない。だが、もしかするとあんたなら理解できるかもしれない」
「体の一部のように、ね。参考にするよ」
何となくだが、理解できない話でもない。
カイトは言葉の通り、船自体が自分の体の一部であるように意識する。それだけで、まるで船の周りの空気の対流まで感じ取れるような気がして。
『準備出来ました、マスター・カイト。ガイドを表示します、その通りに』
「了解だ、エモーション。さあ、行ってみよう!」
ハッチが開き、空が見える。
進め。カイトは船にそう命じた。
***
ガイドに応じて宇宙空間に出るまでは、特に何の問題も発生しなかった。ハマートゥのヒントの通りに意識したら、この船は実に素直にカイトの思考をくみ取って動いてくれる。
このまま行こうか、とゾドキアの方向に船首を向けたところで、ふと重要なことに気付く。
「そういえばさ、エモーション」
『何でしょう?』
「ここからゾドギアまでの距離って、どれくらい?」
『……何光年と説明したらイメージできますか』
「僕ら、ゾドギアからここまで何分で来たっけ」
『あの時は計測関係は完全に異常値でしたから分かりません。日単位はともかく、月単位まではかかっていないと思いますが……』
もう一度地上に戻って、ゾドギアに送ってもらおうか。
そんな考えが頭をよぎった所で、いやいやと頭を振る。テラポラパネシオの使う力と同種の力をカイトは使えるはずなのだ。ということは、あの理屈を超えた超光速移動も使えるはず。
あの時の様子を思い出し、ゾドギアの形をイメージする。この先にあるのだ、そこに向かって、とにかく速く進むようにと。
「つまりあれだ、ワープってやつをやれってことだね」
『テラポラパネシオの方々からの課題というやつでしょうか』
「そうなんじゃない? ちなみに普通の船にワープ的な装置はあるのかな?」
『いえ、開発されてはいないようです。急ぎの仕事などの場合、船団にテラポラパネシオの方を最低一個体、雇って同行するのが一般的なようです』
「そうじゃなければ地道に船のスペックで飛べってことか。寿命がない種族特有の気の長さだね」
ということは、普通の船だったら移動にも難儀していたことになる。浪漫志向のつもりで、いつの間にか正解を引き当てていたようだ。
脳内での何度かの試行錯誤を経て、手ごたえを感じる。忘れないように、狙いを定めて力を行使していく。
『まったくです』
エモーションの呆れたような同意が、少し前に見たような景色に流れて消えた。
***
勝手知ったる、などと言うほど慣れ親しんだものではないが、太陽系の形が見えてくると何故だか懐かしさを覚える。
木星は見えないが、木星軌道付近にあるゾドギアが近づいてくる。
あちらもカイトを捕捉したのだろう、ある瞬間から引っ張るような力が船の周りを取り囲んできた。
「あとは誘導に従う感じかな。エモーション、所要時間は?」
「およそ二時間、といったところでしょうか。これは解析する気が起きないはずです」
コントロールを預けたからか、人の姿に戻ったエモーションがぼやく。
ゾドギアが近づいてくる。宇宙の黒に紛れるような、黒色の巨大天体。
「おや、最初に入ったところとは違う場所に誘導されているようですね」
「そうなの?」
「ええ」
カイトには全部同じようにしか見えないが。
ともあれ、グッバイアース号の時と同じように、船は人工天体の中へと静かに吸い込まれていく。
***
船を下りると、そこにはグッバイアース号だけでなく複数台の船があった。
「よう、おかえりカイト三位市民」
「ディルガナーさん。ただいま戻りました」
出迎えはディルガナーだった。リティミエレは代表と一緒にいるらしい。ディルガナーの用件が終わったら向かって欲しいとのことだ。
「ここは、船着き場ですか」
「ああ。連邦市民向けのな。この前のところは、別の区画ってことになる。ほら、見た目が全然違う種族と最初に出会うと色々ややこしいらしいじゃないか」
「ご配慮いただいたんですね。ありがとう」
エモーションの言う通り、収容された場所が違っている。信頼の証と前向きに受け取ることにして、本題であるグッバイアース号の方を見やる。
特に何の手も加えられていない船体は、周りと比べると残念ながら貧相に見えてしまう。ディルガナーはアームを悩ましげに揺らしながら、
「元々、船の件はこっちから言い出すつもりだったんだよ」
「そうだったんですか」
「ああ。このグッバイアース号とやらを材料にして製造、無償で提供しようって話が固まってたんだよ。テラポラパネシオの旦那たちが余計なことをしなければな」
ぷしゅうと耳辺りから湯気を吐き出すディルガナー。やはりこちらでも彼らの奇行には予定を狂わされることが多いらしい。
ちなみにリティミエレが代表の下にいるのも、誰かが見ていないと代表が勝手に地球に向かってしまう恐れがあるからだという。地球のクラゲに対する彼らの情熱を考えればありえる話だ。
なお、代表を監視するのを指示したのは連邦にいる他の宇宙クラゲ。全員意識が繋がっているくせに、抜け駆けは許せないらしい。よく分からない。
「で、どうする? まさか向こうで資産をさっさと増やしてくるとは思わなかった。ここからどう改造しても連邦製の船より高性能にはならないから、船についてはここでそのまま調整した方がいいだろう」
その辺りは、本職のディルガナーに任せる領分だ。カイトも特に否やはない。
グッバイアース号への感傷と、あと思いつくのは文化的な側面くらいだが。
「まあ、資料的価値もなくはないが……。スキャンは済んでるから傷まで含めて再構築も簡単でね。正直残しておく意味はないんだ。好事家のコレクションにでもしない限り、このまま解体しても問題はないよ」
「そうですか……」
売っても意味はない。
船に改造するにも使い道がない。解体してしまうのが最善なのはカイトにも分かっていた。自分のこれからの相棒になる船と、グッバイアース号を交互に見やる。
ふと、脳裏に閃くものがあった。
「なあ、エモーション」
「なんです?」
「これを分解して、新しい船につけられないかな」
「また妙なことを」
妙だろうか。感傷ではあるが、グッバイアース号はカイトが追放刑以来過ごした家であり、故郷を離れる時に使った船であり、場合によっては墓標にも棺桶にもなっていたはずだ。
ただ解体して破棄するのではなく、意味のある形で。
カイトの考えを、だがエモーションも否定はしなかった。
否定はしなかったのだ。
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