すたーしっぷ・でぃすかっしょん

 アップデートしたエモーションは、カイト好みの金髪美女になりました。わけがわからない。

 そしてどうやら、地球時間で一日半ほど寝ていたらしい。これは改造された肉体が落ち着くための休眠期間ということで、特別なことではないという。むしろ改造されてから休眠に入るまでが濃密すぎた。まだ何となく寝足りない気分だ。

 問題はエモーションだ。今は女性型のアンドロイド然とした姿だが、こちらを起こす際に驚かせた金髪美女の姿も偽装ではないらしい。


「予算に余裕がありましたので、全身を超微細の生体金属によって構成しています。連邦が地球調査の際に平和裏に獲得した地球人女性の遺伝情報を組み込んでおりますので、性質を変えればこの通り」


 音もなくメカメカしい外見と人間の外見を入れ替えるエモーションに、カイトはさすがに頭を抱えた。彼女のユーモアセンスは知っていたが、アップデートでここまではっちゃけるとは。


「さて、私のアップデートに関しては完了しました。では早々に次の工程に入りましょう」

「次?」


 地球人に期待するのをやめたとはいえ、異性への興味や関心がなくなったわけでも嗜好が変わったわけでもない。エモーションの姿に心臓が高鳴っているカイトは、何だかしばらく彼女に逆らえそうにない。

 特に、こちらの好みに合わせて地球人女性の姿でこちらに指を突きつけてくるのはどうなのだろう。


「船です。マスター・カイトがお休みの間にカタログを確認しました」

「あ、見たんだ。実は……」

「マスター・カイトが性質的に自分の趣味や嗜好を最優先する性格であるのは最早矯正の方法がないと判断しています。ですので、船についてはカタログの内容で結構です。ただし! 私が同乗する以上、半端な船にはしませんからそのつもりで」

「……はい」


 完全にカイトの意見を封殺してくるエモーション。

 あ、オペレータとして同行する気なんだね。

 そんな言葉を口の端から漏らさなかったことだけは、今日一番のファインプレーではなかっただろうか。


***


「おお、三位市民エネク・ラギフの旦那」


 造船ドックにはハマートゥが詰めていた。

 カイトの身長くらいある右のアームを挙げて、挨拶してくる。


「僕たちの船について打ち合わせに来たんですが」

「ああ、素体は用意出来てるぜ」

「えっ!?」


 驚くカイトを愉快そうに見下ろしながら、ハマートゥが種明かしをしてきた。


「既に代理のエモーション氏から返事はもらっているぞ? テラポラパネシオの旦那がたの手前、在庫はいつも確保してあるのさ。これを買おうなんて物好きはほとんどいないから、ほとんど置きっぱなしなんだけどな」

「失礼。私がマスター・カイトのサポートをしておりますエモーションです。在庫のままということは、船自体は型落ち品だということですか?」

「よろしくエモーション氏。いや、適宜アップグレードしているよ。細かい調整についてはこれからだが、この船自体はテラポラパネシオの旦那がたも運用している最新型だ。上手に使えば何でも出来る。言葉どおりな」


 ハマートゥが脳天から蒸気を噴き出した。溜息だろうか。

 ディルガナーは耳のあたりで、ハマートゥは脳天。その辺りは機械知性ごとの個性のようなものなのだろうが、どうにも慣れない。

 それにしても、エモーションの反応である。敵意という程ではないが、何だか空気が硬い。


「まず、内装についてですが、マスター・カイトの生命維持機能については私の管轄とします。エネルギーも私のボディから共有し、船体とは独立した機能として用意してください」

「ふむ?」

「船体を操作するための空間を覆うように、生命維持ブロックを設置してください。最悪の場合、船体を放棄して生命維持ブロックだけで連邦への移動が可能なように」

「おいおい、そこまでするのかい。俺としては構わないが、随分と丸々とした船体になるぞ」

「構いません。それでマスター・カイトの生命を保護できる可能性が上がるのであれば」

「エモーション?」


 随分と要求が具体的かつ入念だ。エモーションに問いかけると、エモーションは首だけをぐりんとこちらに向けてきた。せめて上半身も多少はこちらに捻ってください。怖いよ。


「マスター・カイト。これは連邦全体の性質のようなものですのでやむを得ないと思うのですが」

「うん?」

「命にバックアップがあるのが当然だからか、基本的に船内における生命維持の観念が希薄です。この機能を用意しない限り、私はマスター・カイトがこの船に搭乗することを認めることは出来ません」


 エモーションの言葉になるほど、と思う。死んでも新しいボディで自分という存在は復活するから、船体の生命維持機能は最低限で構わないという考えか。当然、船体の性能自体は地球の基準とは比べ物にならないほどに高水準だから事故のたぐいはそれほど起こらないとは思うが。

 カイト自身、地球時代の生命観から完全に逸脱したとはとても言えない。同じ細胞、同じ記憶を持った別のボディがあるからと言って、それが本当に自分であるのか確証は持てない。


「マスター・カイトが命を失っても構わないから、もっとスタイリッシュな外観を望むというのでしたらこの提案は撤回いたしますが」

「いや、この案で行こう。僕もまだそこまで連邦の考え方に染まったわけじゃない。バックアップはあるかもしれないけど、出来ればこの体で長生きしたいさ」

「安心しました」

「……なるほどねえ。命に限りがあることが前提の種族ってのはそういう考えなんだな。了解、早速とりかかるよ」


 ハマートゥは特にこちらの考えが遅れていると言うでもなく、納得したように作業を開始する。

 動いている作業を興味深く眺めていると、エモーションがすっと近づいてきた。

 ぼそりと囁くように耳元で伝えてくる。


「ちなみにですね。あの船体……テラポラパネシオが扱うのと同じ基準なので、マスター・カイトが居眠りをするなどで出力が低下した場合、生命維持そのものが出来なくなる仕様でした」

「まじか」


 そうか。テラポラパネシオの連中は群体だから半分ずつ入眠するとか出来るのかもしれない。

 改造でカイト自身もそれなりの長時間、飲まず食わず眠らずで生活出来る体を手に入れてはいるようだが、それにしたって限度はある。


「ありがとう、エモーション。肝が冷えたよ」

「はい」


 何となく胸を押さえて、カイトは大きく息を吐いた。ある意味で、今日この瞬間が最も自分たちと連邦の違いを実感した瞬間だったかもしれない。


「あとは船の装備ですね。マスター・カイトの超能力を使うのが船体操作の基準となりますが、武装とかはどうされますか」

「武装? 武装か……」


 接触しそうな小惑星の破壊とか、あまり考えたくはないが別の文明や宇宙海賊みたいな連中との戦闘とかか。そういう連中がいれば、だが。

 当初の平べったい戦闘機のような形から、ずんぐりと丸っこい船体になろうとしている将来の愛機をぼんやりと見やる。あれ、何かに似ている気がする。何だっただろう。

 ともあれ、カイトは船体を見て強くインスピレーションを感じた。自信を持って口にする。


「手とか、欲しいね」

「……手!?」


 今度はエモーションが驚いた声を上げる番だった。


***


 ああでもない、こうでもないとエモーションと船のデザインについて話していると、作業を続けていたハマートゥが奇妙な音を上げた。こちらに向けたものではないようだが、いつの間にか作業自体も止まっている。

 何があったのかと聞こうとする前に、ハマートゥが頭部ユニットをこちらに向けた。エモーションの時ほど怖くないのは、彼の姿がエモーションほど人間ぽくないデザインだからだろうか。


「三位市民の旦那。ゾドギアのディルガナー氏から連絡だ。一旦戻って来てもらえないか、ということだが」

「はて。ディルガナーさんが?」


 用件に心当たりがない。

 エモーションと顔を見合わせていると、忘れてないかいと声を上げる。


「あんたたちがゾドギアまで乗りつけた船があるだろう。あれの処分をどうするか、相談したいんだとさ」

「あっ!」


 グッバイアース号のことだ。

 すっかり失念していたと頭を掻くと、横のエモーションが顎に手を当てて首をかしげた。


「それについては私も気になっていましたが、今はこちらの中央星団を離れないで欲しいと議会から要求されていたはずです」

「そこは確認してる。ゾドギアの代表殿から、議会への許可取りも済んでいるみたいだ。それ以外にも相談したいことがあるのかもしれないな」

「そうですか。どうしますか、マスター・カイト?」


 呆けている場合じゃない。答えないと。

 慌てて頷く。


「許可があるならもちろん行くよ。エモーション、では手の空いているテラポラパネシオの方にアポを――」

「いやいや、三位市民の旦那」


 エモーションに指示を出そうとしたカイトの言葉を遮り、ハマートゥがアームで作業途中の船を示した。


「エモーション氏のご要望にあった生命維持ブロックの設置と動作確認は済んだ。せっかくだから、この船で向かったらどうだい」

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