罪の子たち

 連邦の発祥は、惑星としての地球の誕生より古い。

 恒星の死という避け得ない破滅から逃れるために、自分たちの惑星を捨てた者たちの寄り合い所。最初はそういう体裁で始まったのだという。

 恒星からの影響のない場所に人工天体を作り、宛がわれた人工天体をそれぞれの住みやすい環境に整える。

 地球でいう億年単位の時間をかけて、彼らは文明を発達させてきた。それでも資源や環境の問題から彼らが完全に解き放たれたのは、地球の基準で言えば今から何千万年か前の話であったそうだ。

 そこからごく最近――それでも十万だか二十万年前というから、彼らの時間と自分たちの時間感覚に大きな隔たりを感じる――まで、どうやら連邦市民は相当無茶をやっていたと『議員役の宇宙クラゲ』は語る。


『それまで、多少なりとも節制してきた反動だったのだろうな。随分と倫理に反する行いもあった。今回君を呼び出した理由は、文明への干渉や惑星への入植に関する我々の罪と恥について説明をしなければならなかったからだ』


 そういえば地球の神話にもいくつか『空の果てからやってきた神』の話があったな、などと思い出す。エモーションに聞けばいくつか見繕ってくれるだろうが、連邦が罪や恥と言っているものをここで確認するわけにもいかない。


『文明への干渉とは、空の果てから降りてきて原生生物に知性や文明を与える行為のことだ。君たちにとっての、いわゆる神のような行動を取って崇められたいなどと考えた者も多かった。だが、崇められることに飽きた者たちは、ほとんどが何やかやと理由をつけて立ち去った。勝手なことだ』


 思ったとおりだ。あるいは、地球人類もそんな誰かからの干渉を受けて今があるのかもしれない。神如きものは宇宙人だった、というのは何ともひねりが無いけれど。

 そういえば空からやってきた神の伝説をどこかの古い国だか民族だかの資料で目にしたことがあったような。


『入植については、特に原生生物の許可を得ず、あるいは得たという体裁をとってその星に住み着いたことを指す。我々が原始的に見える生活をすることと、実際に原生生物が行う原始的生活はまったく似て非なるものだった、と言える』

「それはそんなに悪いことなのですか?」


 どちらもそれ程悪いことではないように思える。

 カイトの問いに、『議員』はゆらゆらと触腕をくゆらせた。


『もちろん、それだけならばあまり問題はない。実際のところ、入植先の住人たちに連邦の市民権を与えるべきではないかという議論が発生したこともある』

「だったら……」

『問題は、そうした惑星のほぼ全ての原生生物が、連邦への所属資格を得る前に絶滅したということだ』

「絶滅!?」

『そうだ。そのため、当時の連邦議会は未開惑星への干渉や入植を原則的に禁じたのだ。だが、悪い方向に知恵の働く者はいてね』


 そこまで言われれば、カイトも彼らが抱えていた事情に察しがつく。

 地球が監視されていた理由、市民権を得る資格があるからと歓迎された意味。そして、地球の文明が今にも滅亡しそうだというのに、彼らが地球に手を貸そうとしなかった理由も、また。


「僕たちはつまり、違法入植者の子孫である……ということですね?」

『その辺りの解釈が難しいところなのだ、カイト三位市民エネク・ラギフ。法で入植を禁じた後、地球は発見された。そして、決してしてはならないことをした者が現れた』


 入植ではない。そして、どうも言い方の歯切れが悪い。

 後に滅亡を導く違法入植よりもまずいこととは何なのだろうか。

 自分たちを違法入植者の子孫として見なすか解釈が分かれているということは、単純な入植や干渉でないのは分かるのだが。


『時間遡行と、生命の入れ替えだよ』


 淡々と続けられた議員の言葉は、カイトの疑問への答えであるとともに、背筋が凍りつくような恐怖を感じさせるものだった。


***


 いかに連邦の技術をもってしても、時間遡行は難しい。何度かの実験により、ある一定量以上の質量を持つ生物は一瞬たりとも時間遡行に成功しないことが証明されている。逆に言えば、それより小さい質量であれば可能だった、ということだ。

 生命の入れ替えは、連邦政府が知る限りで十五の惑星に対して行われた。

 数が少なかったのは、単純にそんなことを目論んだ者が例外なく皆死んだからだ。バックアップされていたはずの生体情報も完全に破損し、再生さえ出来なかったという。

 根拠はまったくないが、当時は入れ替えられた生命の呪いであるという噂さえ流れたようだ。確認の方法も再現する必要性もなかったので、本当に呪いだったのかという検証は行われず、その行為が禁忌とされただけで終わっている。

 生命の入れ替え。その惑星に命が発生する前の時間軸に、自分たちの生命の情報が含まれている生命の種と言えるような原始生命を送り込む行為。時間遡行と、生命に対する技術さえあれば可能だったわけだ。

 時間遡行によって発生した生命の入れ替えは、歴史そのものの改変でもある。発見が極めて難しい犯罪として、現在は時間遡行の技術とともに厳重に封印・監視されている。


***


『歴史の改変とは、数億年にわたる命を殺し尽くす、とても表現できないような大量虐殺だと我々は考えている。連中の悪辣な点は、連邦が関与したことのない未発見の惑星を対象にしたことだ。連邦市民の生命に直接の影響がなかったので、発覚が遅れた』


 生まれてから追放されるまでを過ごした星の様子を思い返す。

 動物たちも植物たちも、自分さえも。本来この星に生まれ、芽生え、育つはずではなかったということか。本来そこにいるはずだった無数のものを永久に喪わせながら、自分たちは星を食い潰した。見も知らぬ誰かからじっと背中を見つめられているような、そんな薄ら寒い錯覚を覚える。


『地球は、生命の入れ替えが行われた十五の星のひとつだ。既に十二の惑星が滅亡しており、地球ももうすぐ滅ぶことになるだろう。連邦は全ての星の滅亡によって自分たちの罪を償うこともできず、ただその過ちを記録として残すばかりとなるはずだった。だが、君が間に合ってくれた』

「間に合った……とは」

『償いの機会だ。君が連邦市民となったことで、地球は連邦の一員となり、我々は介入する名分を得た。ゾドギアはこれより地球の監視任務から解かれ、地球の環境回復と保全の任務に就くことになる』


 地球環境の回復と保全。良いのだろうか。人間だけではなく、動物も植物すらも、地球にとっては異物なのではないか。

 そんなカイトの疑問に、議員ではない声が挟まれた。画面のどこからかは分からないが、女性的な響きの声だ。


『アースリングを始めとした全ての地球生物は、地球に命の種を撃ち込んだ種族とは違う形での進化を果たしている。カイト三位市民エネク・ラギフ、君たちは加害者ではない。君たち地球の生命もまた、正常な形での進化を生まれながらに禁じられた被害者であると我々は結論づけた』

「そう言われましても」

『これは我々の罪であって、君たちの罪ではない。それに本来、君たちが彼らと同様の進化を果たしていたとしても、彼らの罪を君たちに適用するのは正しくない。あくまでこの話は君たちが観察されていた理由と、君の母星の滅亡を前にして我々が介入出来なかった事情の説明に過ぎないと思ってほしい』


 何とも重い話を背負わされたものだ。割り切れと言われても軽々に割り切れる話でもない。カイトが唯一彼らに接触できたとはいえ、地球人もまた自分たちの星を滅びに向かわせてしまったのには変わりない。

 既に滅亡した十二の他の星との違いは、カイトのような向こう見ずがいたかいなかったか程度の話でしかないのだ。

 だが、あまり内罰的なことを考えていても仕方ない。取り敢えず祖先のことで罪に問われなかったことを幸運だったと思おうかと気持ちを切り替えたところで、『議員』が話しかけてきた。


『さて、カイト三位市民エネク・ラギフ。本題はここからだ』


 ここまでは本題ではなかったのか。

 内心でちょっと身構えながら頷いてみせると、


『地球を我々テラポラパネシオに売却するつもりはないかね?』

『ちょっと待てぇ! 抜け駆けは許さんぞ!?』


 何やら思いもしなかった発言が飛び出してきた。

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