初めまして異文明
第〇種接近遭遇
何分、何時間、あるいは何秒。時間の感覚が喪失している。
視界が徐々に鮮明になり、自分の体が何かに近づいているのが知覚できた。
星と星が、橋のようなもので繋がれている。立体的につながっている星の数はそれなりに多く、カイトには数えている余裕はない。
何しろ、そのひとつに激突しそうな勢いなのだ。
「おおっとぉぉぉぉおおお!?」
「マスター・カイト、落ち着いてください! このままでは我々は致死的な速度で激突してしまいます! どうにかスピードを落としてくださらないと!」
「スピードを落とせと言われてもさああ!」
自分でやっているわけではないのだから、減速のしようもない。いや、減速しているのは分かるのだから、間に合う気がしないというのが正解か。
体にかかる力が唐突に消える。
次にやってきたのは、ぐん、と引っ張られるような力。目の前の星が持っている重力なのだろうなと考えた時には既に遅く、一直線に地面へと引っ張られていく。
「死んだっ!?」
激突の瞬間、カイトは自分が摩擦で燃え尽きるより、激突で潰れたトマトのようになる姿を幻視した。
が。触れた地面は自分にいかなる衝撃を与えることもなく、まるで吸い付くようにぴたりとカイトとエモーションを迎え入れてくれたのだった。
「!?!?」
ものすごく目がチカチカして、カイトはしばらく起き上がることが出来ないでいた。目まぐるしく動く宇宙の様子を見たためだと思うが、それでも目が灼けていないのは、つまり人体改造の成果なのだろうか。
視界が正常に戻ってきたので体を起こし、周囲を見る。青色を基調とした地面に、地平線。建物らしい建物はない。空を見上げると、薄い緑色の空。自然の空というよりは、人工的な膜のようにも見える。太陽のような恒星も見えない。あるいは膜が薄く光を放っているような。そもそも、膜を抜けたような感覚はなかったように思う。
そもそもここは星なのか。観測用に人工天体を作るような文明だ、これも同じような作り物なのかもしれない。
恐る恐る立ち上がる。体が浮くこともなく、しっかりと足が地面を踏みしめた。
落下した位置の関係か、橋でつながった他の天体は見えない。ことごとくこれまでの常識が打ち壊されるのを感じながら、カイトは腰に手を当てた。
「マスター・カイト。一体ここは」
「彼らの拠点のひとつなのだろうね。おそらくここはエアポートのようなものじゃないかな」
よく見てみると、遠くで何かが上下動しているのが見える。周辺に下りてくる様子がないのは、カイトたちが突入したのを見ていたからか、あるいは別の理由か。
答えがどうであれ、することは変わらない。
呼吸が出来ること、体が思い通りに動くことを確認していると、エモーションが横から声をかけてくる。
「マスター・カイト? この後の行動予定は」
「迎えを待つのさ。段取りを考えれば、ここに放置ってことはないだろうから。それに……」
「それに?」
「正直なところ、肉体の改造の成果ってやつがいまいち実感出来てないんだよね。早めに自分の状態は知っておきたい」
ふらふら興味のままに歩き出しても文句は言われないだろうが、見渡す限りにおいてカイトが興味を持てそうなものはない。
むしろ、今のカイトが興味を持っているのは体の外ではなくて体の中だ。
代表がここまでふたりを送り込んだ力こそが、つまりはテラポラパネシオの超能力であるのだろう。
生身で宇宙空間を、どのくらいだか知らないが飛ばされて無事だというのは、果たして改造と代表のトンデモパワーとどちらの効果なのか。特に何かが変わったという実感もないカイトにとって、自分の体の現状を把握するというのは、極めて優先順位の高い問題だと言えた。
と、その言葉を受けたエモーションが、赤いランプを灯らせながら聞いてくる。そんな機能があったのか。
「マスター・カイト」
「なんだい?」
「お体に不調は」
「ないよ。……ここの大気は人類の生存が本来できる組成じゃないのかい?」
「はい。いくつか未知の元素が確認されましたが、酸素の含有量は地球人類の生存できる量ではありません」
「そりゃあいいニュースだ」
カイトの様子が変わらないのを確認してか、赤いランプが消える。
どうやら改造された肉体は、順調に働いてくれているらしい。
代表をはじめとして、連邦の人々を頭から信用することは出来ていない。それなのに何故状況に流されているかと言えば、どちらかと言えば開き直りに近い。
どうせここに受け入れられなければ死んでいた身だから、という奇妙な捨て鉢さが、今のカイトから自重やら慎重さやらを遠ざけている。
次は超能力の使い方だなと考えていると、エモーションが再び警告じみた声を上げる。
「マスター・カイト。前方から、何かがこちらに向かってきます」
「お迎えだろうね。さて、今度はどんな姿か」
「だから古典ムービーの……いや、いいです」
宇宙クラゲを見てしまった以上、古典ムービーの見過ぎとも言い切れなくなってしまったようだ。エモーションもだいぶ染まってきている。
***
迎えに来たのは、ティークと名乗る機械知性だった。本体は車輪を持った機械なのだが、車輪は大型の一つが中央にあるだけで、地球にあった車とは似ているようで似ていない。機械知性は仕事用にいくつかのボディを所有するのが一般的だそうで、これが本体というわけではないという。
ティークはディルガナーと比べて礼儀正しく、そしてユーモアに富んでいた。先ほどカイトたちが降り立ったのはやはり空港のような場所だったようで、理論上は重力圏から生身で落下しても傷ひとつないように出来ているらしいが、試した人物はここ一千周期で五人目だそうだ。
自分以前の四人も気になるが、そもそもカイトも来たくて生身でやって来たわけではない。
「ゾドギアの代表さんから直接ここに送り込まれただけで、僕が意図して落下してきたわけではないんですが」
「あ、それは失礼しました。テラポラパネシオの方々は効率性を優先する傾向があるので、行動が相手にもたらす心理的影響を考えないことが少々……」
少々という言葉の意味が、カイトとティークの間で食い違っているような気がしないでもない。
ふたりの様子に気付いたのか、少しばかり震えた声で聞いてくる。要らないところで芸が細かいというか。
「ミスター・カイト。もしかして私の翻訳ソフトは正常に稼働していませんか?」
「いえ、問題ないですよティークさん。それで、僕たちはこれからどこへ向かうのでしょう」
「連邦議会のある、第一球体です。ミスター・カイトの来訪は我々にとっても一つの事件ですので、連邦議会の議員の方々が面談を望んでいるのです」
「事件?」
「はい。内容については議会で聞いていただけると助かります。私は内容を説明する権限を付与されておりません」
「分かりました」
何やら不穏な感じだ。監視されていた地球、説明されない事情。地球にいた時もそうだったが、大体こういう時はあまり良くない話がやってくる。
「ま、なるようになる……かな」
果たして天運、ありやなしや。
カイトはふと、ここに来たら誰にどう祈れば良いのか、などと益体もないことを思い浮かべた。
***
『先ほどはゾドギアの我々が失礼したね、ミスター・カイト』
「あっ、はい」
ほぼ無重力の個室にて、カイトはテラポラパネシオと対面していた。ゾドギアにいた『代表』の個体より遥かに大きい。つまりここに浮遊しているかれは、テラポラパネシオという種族の中枢なのだろうと当たりをつける。
『我々はほぼリアルタイムで、すべての個体の情報を交換している。いま君と会っている我々は、連邦議会の議員という役割を背負っている個体に過ぎないと思ってほしい。見下ろすような形になってしまって済まない』
『議員』の個体も中枢ではないという。中枢はまた別の場所にいるのか、あるいは彼らは全てが本体で全てが端末なのかもしれない。
手すりに掴まりながら、『議員』を見上げる。すると、その周囲にスクリーンのようなものが次々と現れた。相手の顔が見えるスクリーンと見えないスクリーンがあるが、カイトはこれまでの様子から、向こうの気遣いなのだろうと判断する。
『さて、それではこれよりカイト・クラウチ
「異議なし」
スクリーンからは次々に異議なしという言葉が聞こえてくる。誰かが異議ありと言うのではないかと気にしていたが、最後の一人まで異議が出なかった。と言うことは連邦の最高機関である議会から面談を希望された事情と、カイトの市民権とは関係がないということになる。
そうなると、本当にこちらには心当たりがない。地球で今も苦労しながら生きているであろう同胞を見捨てて来たかたちになっていることとか、片道切符で死に場所を求めて木星軌道まで向かったこととか、そういったところに不満があって市民権のランクダウンでも議題に上がるのだろうかと考えていたからだ。
首を傾げていると、『議員』の体がふらふらと揺れた。
『カイト
「僕個人の問題ではない? ということは……地球か、僕たち地球人に問題があるということでしょうか」
『総体としての地球人に直接問題があるわけではない。そして、君の生体改造時に取得したデータから、連邦が君たちを観察したことは正しかったことが証明された。君たちにとってはその程度のことなのだが』
だが、と『議員』はさらにふらふらと揺れる。
スクリーンに顔が見えている議員たちも、何となく不機嫌なような表情を見せているから、あまり触れたくない話なのだと察する。
『さて、これから話すのは連邦の歴史とその罪、そして恥をさらすことでもある』
「罪と、恥?」
『そうだ。そして連邦は君たちにそれを説明する責務があるのだ』
『議員』はゆっくりと話し始めた。
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