いるよね、オススメを選択肢から外すやつ
カイト・クラウチの趣味は地球の西暦年代――すなわち古典芸術の鑑賞である。一口に古典と言っても範囲は広い。彼の好みはインターネットの普及した西暦2000年代前後の芸術作品であり、分野を問わず映像作品や文学、コミックといった作品群を(特に宇宙で過ごしていた期間)時間の許すままに楽しんでいたのだ。
エモーションに言わせると、もっと新しい年代の文芸作品や芸術作品にも興味を持つべきとのことだが。西暦年間の作風が自分に合うのだ、仕方ない。
そして、そんな懐古主義のカイトにしてみると、この改造プランは実にそそる。これ以外はないというくらいに。
「な、何か駄目そうですね」
「いや、駄目とは言わないが……」
「ええ。駄目とは言いにくいのですが」
ディルガナーもリティミエレも実に分かりやすく言いよどんだ。
オススメではない。しかし、それを口に出しては言いにくいというような。
理由があるのであれば教えて欲しいが、どちらも言いたくなさそうだ。が、カイトの期待を察したのか、リティミエレがようやく重い口を開いてくれた。
「その……技術体系は完全に完成しています。改造自体も短時間で済みますし、負担も少ないでしょう、が」
「いくつか問題があってな」
「問題?」
「ああ。この技術……というか能力は、連邦成立以前から存在が確認されていた。連邦の設立に多大な役割を果たしてくれた種族が得意としていて、今も彼らは連邦で高い立場にある」
「あぁ、僕では資格がないとかそういう?」
なるほど、言いづらい理由にも納得だ。文化の尊重か、あるいは由緒のない未開の蛮族では嫌がられるか。どちらもありそうな理由ではある。
だが、ディルガナーがいやと言いながら頭部らしい部分を左右に揺らした。どうやら彼らの文化でも否定を示すのは横への首振りであるらしい。
「そうじゃない。むしろ、彼らはこの能力を広めたくて仕方ないらしい。改造の際にカタログを必ず入れろと圧力がかかっているくらいだ」
「おや。それならいいのでは」
「安定しないのですよ」
リティミエレが辺りを見回しながら、心なしか小声で続ける。
何やら誰かを気にしているように見えるが、隣にいるディルガナーも似たような様子だ。ほかに誰かがいる様子もないのだが、一体何を気にしているのだろう。
「この能力は、本人の精神状態に大きな影響を受けます。それと、ほかの種族では能力の規模が明らかに小さくなるのが確認されているんです」
「大元の種族……テラポラパネシオの方々は、他に関してはこだわりがないんだが、ここだけは譲らなくてなぁ」
テラポラパネシオ。言い方から察するに種族の名前だろうか。表情の存在しないディルガナーだが、口調から嘆いているらしいのは分かる。
ともあれ、ふたりがこれだけ態度に示しているのだ。どうやら自分が選んだ改造プランは止めておいた方が良い選択肢なのだろう。
そそられるのだが。実にそそられるのだが。
では別のプランにと言おうとした、ちょうどその時。
『そんなに毛嫌いすることはないと思うのだが』
声が聞こえた。初めて聞く声だ。どこから聞こえてきたのかも分からない。スピーカーらしきものもないし、どことなく合成音のような響きだ。機械そのものであるディルガナーの発声に違和感がないだけに、奇妙にその異様さが際立つ。
視線の端でリティミエレが体毛を逆立てているのが見えた。どうやら怒った時だけでなく、びっくりした時にも逆立つものらしい。体毛の立ち方がちょっぴり違うような気がしないでもない。
そんな意味のないことを考えていると、声の主がカイトに声をかけてきた。
『ミスター・カイト。我々は君のその選択を歓迎する』
「ええと?」
『我々はテラポラパネシオ。君に語りかけているこの個体は人工天体ゾドギアの責任者を務めている。姿を見せずに挨拶する無礼を許して欲しい』
「あ、いえ」
テラポラパネシオという種族は、どうやらこの人工天体にも居住しているらしい。しかも、責任者ということはディルガナーやリティミエレの上司にあたるということだろう。ふたりが言いにくそうなのも理解できる。
『我々は君たちのように声帯と言語でのコミュニケーションを取らない。そのため、君の周囲の空気を振動させて意志を伝えている』
合成音のような、という印象は間違っていなかった。それにしても、離れた場所の空気を振動させて音を作り出すとは、すごいことをする。
カイトが内心で感動している間に、周囲にあったカタログの殆どが姿を消した。
どうやらテラポラパネシオの仕業らしい。ディルガナーが頭部から蒸気を噴き出した。
「ちょっと、代表! まだ最終確認は取ってないんですよ!? のぞき見は良くないと思いますが!」
『それでは最終確認といこう。君の希望する改造プランはこちらで構わないかね?』
「ええ、是非」
『なら決まりだ』
「ええっ!?」
不満そうなディルガナーとリティミエレ。ふたりの様子から見るとこの改造プランは相当に地雷っぽいのだが、古典SFが大好物なカイトにはこれ以外の選択肢はないと言っても良い。
若干の申し訳なさを感じていると、代表は鷹揚な様子で続けた。
『心配せずとも、気に入らなければ再改造をすれば良いだろう。最初に生体情報を保存するのだから、問題はないのではないかな』
「初回はともかく、二回目以降は有料でしょう! ミスター・カイトは連邦の資産を所有していないんですよ!?」
『む』
リティミエレの抗弁は、少しばかり刺さる発言だったようだ。同時にそれはカイトにも刺さる。
考えてみればカイトは一文無しなのだ。所持品と言えそうなものはグッバイアース号くらいだが、あの程度のものは彼らにとってはガラクタ同然だろう。
ふたりの言葉が善意から来ているのは分かっている。自分のワガママで彼らに余計な負担をかけるのも良くないと、翻意を口にしようとしたところで。
『うむ。それではミスター・カイトがこの改造を気に入らなかった場合、我々が彼の再改造費用を負担することにしよう。それで問題はないだろう?』
「勝手にそんなことを決めて良いのですか!?」
『心配せずとも、他の個体群の許可は下りた。……いま、議会に参加している個体が議長からの承認を取った。問題はないね』
「ああもう、行動が早い!」
リティミエレが悲鳴じみた声を上げる。どうやら代表は課題を強引に解決に導いてしまったようだ。たかが改造プランひとつでここまでする理由というのがカイトには分からないのだが、翻意したと口にするのはもう無理だなと諦める。
代表たちテラポラパネシオの方々がこちらの選んだ改造プランに並々ならぬ執着を持っている。ディルガナーの言葉を噛み締めつつ、カイトは何やら弱々しく耳辺りの排気口から蒸気を漏らしている彼の元に歩み寄った。
「では、ディルガナーさん。よろしく」
「ああ、うん。こっちだ」
大いなる諦めを背負いながらブースへと進むディルガナー。その背を追いつつ、何だか迷惑をかけていると申し訳ない気分になるカイトだった。
***
改造自体は本当にものの数分で終わった。技術体系として完成しているという説明は嘘ではなかったようだ。自分の体にも特に違和感はない。頭の片隅には実験動物扱いされるのではないかという危惧がわずかにあったのだが、どうやら彼らは本当に好意的な存在であるようだ。
「さて、調整は完了だ。取り敢えず最低限の処置として、遺伝子操作及び超微細マシンの移植を行っている。これで少なくとも連邦の居住地であれば問題なく行動できることは保証する」
「ありがとう」
「で、メイン改造についてだが――」
ディルガナーがぷしゅうと耳辺りの排気口から蒸気を吐き出した。どうやら人間でいう溜息のようなものらしい。
一瞬言い淀んだディルガナーだったが、すぐにカイトの前に説明書を提示する。
そこに書かれていた最初の文字。
「『外部空間への意志の発出による物理干渉』。ミスターの星では、これに特別な名前でもあるのか?」
「うん。超能力、って呼ばれているね」
あえて古式ゆかしい表現で、カイトは言った。
あわよくば、この呼び方が連邦に定着するといいな、などと思いながら。
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