改造しなくちゃ生きていけない

 リティミエレの言葉に、カイトは言葉を失う。

 改造と言ったか、今。


「改造……?」

「はい。これから調整室にご案内します」

「改造……」


 リティミエレは特に不思議なこととは思っていないようだ。

 カイトの意志を確認する様子もなく手を挙げると、入ってきた側とは別の壁が開く。


「さ、こちらへ」

「え、あ、はい」


 どう返事したものか考えていると、リティミエレはすでに壁の方に歩いていた。

 促されるままに後を追う。先ほど歩いたのと同じような、右にわずかにカーブした通路。ふと振り返ると、部屋への道は既に塞がれていた。

 エモーションがきゅるきゅると音を立てながら少し後ろをついて来る。改造という単語を警戒しているのは同じらしい。

 無言でいるのも不安なので、情報収集をかねてリティミエレに話しかける。


「不思議な通路ですね」

「ええ。この天体内部は用途に応じて構造が変化します。先ほどの面談室もミスター・カイトがこの天体に来た時に作ったのですよ」

「構造が変化?」


 つまり、この通路も普段は存在しない空間だということか。

 通路をきょろきょろと見回すカイトが愉快なのか、体毛を揺らしながらリティミエレが続ける。


「この天体内部では、居住用の個室と転送室、操作室以外は固定されていません」

「居住用の個室、ですか」

「ミスター・カイトの個室も後で作りますね。後でここに詰めているスタッフたちを紹介します。皆があなたに強い興味を持っているようですよ」


 転送室、操作室。調整室というのは挙がっていなかったから、カイトのために作成された部屋なのだろう。

 彼らはカイトの体を改造することが必要なことだと考えている。そして、それは悪意から生じるものではないのかもしれない。

 リティミエレの話し方からの推察だが、異星人の感情の発露が地球人と同じだとも限らない。わずかばかり不安は解消したが、それでも緊張感は残っている。


「さ、到着です」


 リティミエレの明るい声と同時に、壁がずれた。視線の向こうにあったのは、非常に広い空間。

 調整室という言葉のイメージに沿わない。大きな機械の製造工場と言われた方が納得できる広さと高さ。


「よう、初めましてアースリング。俺たちは君を歓迎するぜ」


 三メートルはあろうかという、巨大な作業機械。声はそこから聞こえた。

 滑らかな動きでこちらに進んでくると、渋い声で片側のアームを上げた。


***


 作業機械はディルガナーと名乗った。

 連邦の市民権を持つ機械知性だという。つまりはエモーションと同じ系統の存在であるらしい。機械知性に市民権というだけで、何やら進んでいる気がするから不思議だ。

 エモーションもカイトと同様に、連邦市民として迎え入れてもらえるのかもしれない。


「さて、これが改造カタログだ。こっちが遺伝子操作、これが機械化、こいつはあまり人気のないハイブリッドタイプ。あとこれは……一応規則だから用意してあるやつだ」


 ディルガナーが空中にいくつかのカタログを提示する。

 なるほど、改造というのは彼らにとって随分と一般的なもののようだ。驚いていると、リティミエレが口を開く。


「ディルガナー。ミスター・カイトは我々の常識とは違う惑星からやってきたんですよ。最初にカタログを見せてどうしますか」

「あ、そうか。済まない、俺はそそっかしいんだ」


 そそっかしい機械知性とは。

 あと、リティミエレ氏。そういう気遣いが出来るなら改造の理由や是非の方から気遣ってほしい。

 カイトは恐る恐る、リティミエレに聞いてみることにした。


「あの、改造というのは何故するのでしょう」

「え?」


 何を言われているか分からない、という様子のリティミエレ。今度はディルガナーがぷしゅうと排気口から湯気を吐き出しながら愉快そうな声を上げた。


「リティミエレ、そっちもちゃんと説明していないんじゃないか」

「え? え?」

「俺たちの常識が通じないんだろ? 体を改造する理由を教えてやらないとミスターだって不安だろう。事実、俺のセンサーでは筋肉と神経に緊張が計測されているぞ」


 リティミエレがこちらを見た。体毛が一斉にピンク色に変わる。


「こ、これは失礼しました!」


 羞恥か、焦りか。表情や口調以上にリティミエレの体毛は雄弁だ。

 きっと今後の生活には役に立たないだろう知見を追加しながら、カイトは彼らの説明を待つことにするのだった。


***


「はあ、なるほど。納得しました」


 リティミエレとディルガナーの説明は、十分に納得できる内容だった。

 そして、言われてみれば当たり前だと思う。


「さっきから言われていたのに気づきませんでした。確かに改造しないと生きていけない」


 別の星で生まれた種族は、当たり前だが必要な空気組成が異なる場合がある。呼吸が不要な種族もいるのだろうが、カイトは呼吸が必要で、いま彼らは地球人が生きていけるような空気組成を用意してくれている。空気だけではなく、気温も。全ての居住地で自分のためだけに空気組成を変えてくれるわけがない。カイトは連邦市民として生きる以上、適切な肉体改造を受けなければならないのだ。

 それに、とディルガナーは続ける。


「今でこそ転送装置の発達で長距離の移動も短時間になったが、それまでは移動時間は大きな問題だったんだ。生体の自然寿命だけでは、一回の移動で一生を使い切ってしまう種族もいる。当時は生体情報の登録と体の改造によって、寿命の幅を広げることで俺たちは解決を図ったわけだな」

「はあ、なるほど」


 一人や二人が寿命を延ばすのではなく、全員の寿命が延びれば移動時間がどれほど永くても問題は少なくなるということか。

 とはいえ、それも遠い昔のこと。転送装置の発達で移動に時間はかからなくなったが、全員の寿命をなくす改造は今も続いているという。


「特に寿命を短くする理由もありませんでしたから」


 確かにそれはそうだ。

 ひとまず彼らの善意を受け入れることにして、カタログをそれぞれ見る。地球の文字を使ってくれる辺り、本当にありがたい。

 カイトの知識で分かるものもあれば、まったく理解の及ばないものもある。


「オススメは全身の完全機械化だな。極限環境下での生存確率も段違いで高いし、接続できる武装も豊富、何よりカッコイイ!」

「ふむ……」


 ディルガナーの説明は男子として実にそそられるものだ。が、それをリティミエレが鼻で笑う(そういう表現をしていいのか分からないが)。


「機械知性というのは、どうしてこうも機械化を推しますかね。気をつけてくださいね、ミスター・カイト。完全機械化は連邦市民にも人気がありません。人気が高いのは遺伝子操作と超微細マシンの移植です。どちらもメンテナンスの頻度が少なくて済むのが良いですね」

「生身出身の存在というのは、どうしてこうも中途半端な改造で済ませようとするかね。実に合理的ではない。定期的なメンテナンスの必然がある以上、丈夫で汎用性が高い方が良いのは自明の理だというのに」

「当たり前です。改造後に精神の均衡を崩し、中央ステーションでの人格メンテナンスまで必要になるのは機械化だけじゃありませんか。リスクの完全排除が出来ていない以上、非合理なのはそちらですよ」

「何を言う。中央ステーションに生体情報が完全保存される以上、リスクは排除されたと見なされているのは過去の判例からも明らかだ。それを言うならば超微細マシンは拒絶反応のリスクが――」


 何やら言い合いを始めた二人の横で、カイトはじっくりと一つひとつのカタログを読んでいく。注意事項は出来るだけ読んでおく性格なのだ。

 個人的には、メンテナンスが多いのはあまりそそられない。ワガママだと分かってはいるが、出来るだけ誰かの世話にはなりたくないという思いがある。ここに来るまでの時間は、極めて自由なものだった。

 カイト自身の心に灯ったほんの小さな夢。あるいは、連邦市民として生きることで追い求めることが出来るのかもしれない。


「おや?」


 ふと、カタログのひとつが目に留まる。ディルガナーがあまり気乗りしない様子で提示してきたものだ。

 じっくりと読み進めて、何度か頷く。

 この改造プランは実に好みのものだった。


「済みません。このカタログは何か良くない理由とかあるんでしょうか」


 言い合いを続けていた二人に聞くと、二人はこちらに視線を向け(ディルガナーはカメラアイを向け)てきて、リティミエレは実に名状しがたい表情を浮かべ、ディルガナーは分かりやすいほどに分かりやすいアームの動きを見せた。

 どうやら、彼らにとってこのカタログは明らかにハズレであるらしい。


「善意から言っておくが……やめておいた方がいいと思うぞ、ミスター」

「ええ、こればかりはディルガナーに同意です」


 だからせめて、理由をちゃんと説明してくれというのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る