彼らとは実に仲良く出来そうで
「僕が望めば、市民権をもらえるということですか?」
「はい。ミスター・カイトは連邦のエネク・ラギフを得る条件を満たしています」
カイトには理解出来ない単語が出た。リティミエレの発音が変わったから、翻訳出来ない単語だったのだろう。
文脈からすると、市民権の一種であるとは思うのだが。
「エネク・ラギフ?」
「そうです。連邦議会の議員選挙の被選挙権と、その生体情報を中央保管室に無期限かつ無制限に同期する権利を与えられます」
生体情報の同期というのは分からないが、議員選挙の被選挙権は分かる。
「それは随分と上等な権利のように感じますが」
「はい。権利としては十四の段階のうち三番目に上位のものです。私たちが観測を開始してから現在までに、ミスター・カイトの母星である地球には連邦に参加できるだけの政治的知性を持った国家体が存在していません。この場合、最初に連邦に能動的に接触したミスター・カイトを地球の代表として扱うことになります」
「なんとまあ」
地球の現状がどうなっているのかが少しだけ気になった。カイトとしても、まさかリティミエレから地球の国家にダメ出しをされるとは思わなかったのだ。
とはいえ、地球の文明か環境が崩壊するような結果を招いてしまったのだから、その批判自体は妥当なのかもしれない。
カイト自身は地球を捨てたようなものだ。異文明に拾われた先で地球の代表として扱われるというのは、皮肉が効いているというか何と言うか。
「ミスター・カイトの思考パターンは現在進行形で観測されています。あなたの知性と理性は連邦市民として迎え入れる条件を十分にクリアしています」
「一応、地球では思想犯罪者として投獄されていた身なのですが」
「そうなのですか? 差し支えなければどういった経緯か教えていただきたいのですが」
「エモーション。僕の裁判記録は保存されているかい?」
「保存されています。リティミエレ氏に提出するのですか?」
「そのつもりだけど?」
「マスター・カイトの権利を制限する結果になるおそれがあります。私としては賛成できません」
珍しく、エモーションが明確に反対の意向を示してきた。主人の不利益に通じるという分析だが、カイトの判断はそうではなかった。
「何よりも今この場で必要なのは誠実さだよ、エモーション。僕は情報の提出によって生じる不利益よりも、それを拒むことで発生するリスクを重要視している」
「……分かりました」
きゅるきゅると音を立てて――おそらくこちらへの声なき抗議なのだろうが――から、エモーションがリティミエレに問いかける。
「データを提出します。どちらにどのように転送すればよろしいでしょうか」
***
「何ですかこれは! 冤罪ではありませんか!」
怒りの感情を発露すると、リティミエレの体毛は逆立つ。そんな知見を得たカイトだが、その知識が今後の人生に役立つ場面はあまり期待できそうにない。
情報提出は映像での投影という形で行われた。ある程度地球の技術は吸い上げられていたようで、それほど時間がかからずに裁判記録は彼らに共有されたようだった。
「まあ、そんなわけで僕は大気圏外に追放されていたのですよ。そうでなければ皆さんと出会うこともありませんでしたので、それはそれで幸運だったのかもしれませんね」
「ガマハデッグ! 孤独な生活を強いられたことを幸運と言うべきではありません」
「いやあ、地上で暮らしている頃より快適でしたよ。何しろ誰からもあらゆる意味で利用されない」
「ミスター・カイトの人格に問題がないことが確認出来たと思うことにします。……話を戻しましょう」
リティミエレの体毛が元に戻る。多少落ち着きを取り戻したか。
市民権。向こうが提示してきたのは思った以上に高いレベルの市民権だ。大きな権利には大きな義務が発生する。カイトは少しだけ気が重くなった。
「確認します。連邦の市民権を希望しますか?」
「その前に、連邦市民としての権利と義務を教えてください」
「あ、そうでしたね。まだ完全に冷静ではないようです」
リティミエレが手元の体毛を弄る。先ほどからの様子で、同じように感情があることを知ることが出来て何となく安心する。文明がどれほど進んでいても、心のあり方が近いひとがいるというのは。
空中に投影される形で、権利と義務が表示される。地球の言語だ。
「思った以上に権利も義務も少ないですね。勤労の必要もない?」
「はい。先ほども言いましたが、私たちは資源や環境に関して既に完全に解決しています。勤労と資産形成は、上位の市民権の取得や制限型娯楽の提供を目的に行うことが多いですね」
制限型娯楽には、惑星での居住などが含まれるという。宇宙空間に人工天体を用意しているのだ、そういったものも娯楽の範疇なのだろう。
連邦市民の義務は、『個人の嗜好や種族の文化・民族性への理解と尊重』『他者の権利を出来る限り阻害しないこと』が基本理念であるらしい。
文化や民族性として認められるならば、他者への暴力の行使さえも許容されるという。
「ただし、他者の権利を阻害する可能性がある文化の場合は、その文化を尊重するための特区が用意されています。暴力に関して言えば、防衛行動としての行使は特区以外でも認められます」
「例えば特区の外で家族が不当に殺害された場合に、復讐したいと思うひとも出るのではないでしょうか」
「私たちの生体情報は、中央管理室に保管されています。それは記憶も含まれます。不当な暴力の行使や不慮の事故により生命活動が停止した場合、中央管理室から情報を転送されて再生されます。私たちの社会では復讐という概念は発生しにくいと言えるでしょう」
これにはカイトも驚いた。
彼らの命にはバックアップがあるのだ。リティミエレはこちらが驚いたことが何やら嬉しいように見える。少しばかり状況をするすると受け入れ過ぎていただろうか。
「生体情報の同期は定期的に行われます。その期間は市民権の段階によって異なりますが、私たちにとっては死も選択的に行使される権利と言えます」
「おおう」
話を聞く限り、市民権のランクが低いと生体情報を同期する機会が少なくなるようだ。
カイトの理解では、ランクが低いほど再生した時に記憶の欠落が発生することになる。上位の市民ほど同期の機会が多いのは、重要な情報を記憶する可能性が高いからなのかもしれない。
「先ほどの疑問に補足しますと、特区の外で不当に暴力を行使した者は犯罪者として登録されます。犯罪者は中央管理室との接続を断たれる、登録された生体情報の消去などの罰が適用されることもあります」
それは連邦市民にとっては怖い罰則だ。
カイトにしてみれば死んでしまえばそこで終わりという意識があるが、命のバックアップがあるのが当然という社会では、再生できないという方が何よりの恐怖だろう。
義務が少ない一方、権利も実に少ない。要約すれば、『他の連邦市民の権利を不当に阻害しない限り、あらゆる行動を行う権利がある』ということだ。
文明が進むと、権利も義務もずいぶんとシンプルになるようで。
「つまり、僕が連邦市民になったとしても、何をするかはおおむね僕の自由意志だということですか」
「その通りです。ミスター・カイトに一般的ではない嗜好がある場合は、その嗜好を行使できる特区で行っていただくことになりますが」
「そういうのは特にないと思いますが、連邦の常識と僕たちの常識が異なることもありますから、断言は出来ませんね」
カイトの言葉に、リティミエレが体毛を軽く震わせた。愉快、だろうか。
市民権の取得を断る意味はなさそうだ。断ったらどうなるかわざわざ確認するほど子供じみてもいない。
「それでは、改めて。ミスター・カイト、あなたは連邦の市民権を希望しますか?」
「はい。ぜひ」
「ありがとう、連邦はあなたを歓迎します」
確認は実に穏やかに終わった。個人的な感覚だが、彼らとはこれから実に仲良く出来そうな気がする。
安堵した様子のリティミエレは体毛を軽く震わせながら、朗らかに言った。
「ではまず、その体を改造しますね」
「は?」
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